※臨也は高校生設定



コツコツ、コツコツ。靴を鳴らせながら、階段を一段一段ゆっくりと登る。高い靴音とは裏腹に、足取りは軽いものではなかった。

俺は先日、情報屋として粟楠会の依頼を受けた。そして、軽いものではあったが、一応被害と呼べるものがある程度の失敗をしてしまった。まだ慣れていないから、という言い訳が通じる相手ではないが、今回はこちらだけに非があるとも思えない。依頼と実際の状況とがかなり違ったのだ。
だから、きっと大丈夫。俺だけが悪い訳じゃないし、きっとそんなに怒られない。
そう自分に言い聞かせながら、ゆっくりと階段を上る。

目出井組系、粟楠会。階段の上の事務所はやくざのそれだった。俺の着ている学ランがひどく不釣り合いな気もするが、前も後ろもスーツのオジサンに固められているので、それほどでもないかもしれない。
簡素な扉を開け、前を歩いていたオジサンが俺を奥の部屋へと誘った。小さくお辞儀をしてドアを開けると、高そうなソファーに白いスーツを着くずした男がどかりと座っていた。
名を、四木と言う。
下の名前は知らない。名乗らなかったし、別段聞く必要もないと思ったからだ。
四木さんとはそれなりに良い関係を築けている、と自負している。彼が求めたものはなんだって捧げたし、俺もまんざらでも無かった。今回俺を起用したのも彼の推薦によるものらしい。四木さんとうまくいっている事の証明にもなるそれは、同時に、俺の失敗はそのまま彼の失敗となる―つまり、俺と四木さんの関係に亀裂が入ってしまうという可能性も孕んでいた。

四木さんとの関係が壊れたらどうしようか。粟楠会とうまく、いや、この池袋という街で情報屋として生きて行けるのだろうか―などと内心びくびくものだったのだが、当の四木さんは俺の顔を捉えるとふっと笑んだ。

「そんなにビクビクしなくても。……どうぞ、おかけになってください」
「あ…はい」

向かいのソファーを勧められ、俺は大人しく腰を下ろす。
四木さんは俺を送った舎弟たちを顎で追い払い、応接室は二人きりになった。そして、彼は苦笑いしながら、「やっちまいましたね」と言った。

「次からは気を付けてくださいよ……?庇いきれなくなる」

四木さんは胸ポケットからタバコの箱を取り出しながら、ガラスのテーブルに肘をついた。
すっかり意気消沈してしまった俺の眼前にタバコが突き付けられ、俺は慌てて尻ポケットをまさぐった。人差し指が探り当てたジッポーを夢中で掴む。それは初めて会ったときに四木さんから貰ったものだった。高価なものらしいが、俺には価値はわからない。火が点けば何でもいいじゃないですか、というと頭をこづかれたのを覚えている。片手で火を点ける四木さんに憧れて練習し、今では片手でも一秒とかからずに点火できるようになった、のだが。

「…っ…」

指が震えてうまくフリントホイールが回らない。
カチカチと爪を鳴らしていると、不意に、手が重ねられた。おそるおそる視線をあげると、四木さんのタバコを挟んでいる方の手が、いつかみたいに俺の頭をこづいた。

「焦らなくていい」
「……四、木さん…」

ちいさく深呼吸し、落ち着いてからもう一度回すと、シュボッという小気味のいい音を立ててオレンジの炎が点いた。四木さんは今度はタバコを突き出さなかったので、俺は一旦火を決して向かいのソファーに移動した。
一度自分の手元で火を点けてから、四木さんの指に挟まれたタバコにそれを沿わせる。いつも、火を点ける時はすこし離せときつく言われているのでその通りにすると、タバコが煙を放ちはじめたのを確認してから、四木さんはぐいと俺の肩を引き寄せた。

「…これからもこっちの世界でやっていくつもりなら、覚悟はしとけよ」

がしがしと頭を撫でられる。かき回す、といった方が正確かもしれない。その乱暴さが心地よくて、俺は四木さんの首に腕を回した。
目を閉じて、彼の香水の匂いを肺いっぱい吸い込む。タバコの匂いの混じったそれは不思議と俺を落ち着かせるものだった。心地よさにおもむろに瞳を閉じる。
と、同時に、応接室のドアが開いた。

「あれ、四木さん。何してるんですかい」
「……赤林さん」
「おかしいですねぇ、四木さんは情報屋の若造を折檻しているもんだと――」

明るい口調とは違い、赤林と呼ばれた男の顔は全く笑っていなかった。

「――思ってたんですがねぇ。それがまさかこんな、イチャイチャしてるなんてねぇ。びっくりしちゃいました」

四木さんを見上げると、なんとなく、表情が険しい気がした。焦りの表情ではなく、どちらかというと忌々しい、という表情だろうか。四木さんから男に視線を戻すと彼はへらへらと笑いながら「どうも」と挨拶した。

「こんばんは、お若い情報屋さん。はじめましてだよねぇ、おいちゃんのことは赤林って呼んでくれればいいから」

にこにこと笑いかける彼にどうして返していいかわからず、四木さんのスーツをくしゃりと掴んで額を彼の胸元に擦り付けると、赤林は大げさにため息をついた。

「……おいちゃんの入る隙間はないってか。寂しいねぇ」

両手を上げて降参のポーズをとる彼に、四木さんは俺の肩にまわした手に力をこめながら「赤林さん」と苦々しげに呼び掛けた。

「なんですかい?」
「この件は」
「…内密にって?そりゃあ虫が良すぎるって話ですよ」
「それなりの代償は覚悟してますよ」
「それなり、ねぇ」

赤林は何かを考えるように首をかしげながら、子供がネットをつけたサッカーボールでやるように、右足で杖を蹴りあげた。

杖がくるりと周り、再び彼の足元に帰ってくる。

「まあ、考えときますかね」

にこり、と彼は笑ったが、サングラスの下の目は結局一度も細められる事は無かったように思う。
バタンと音を立てて閉められた扉を見つめる四木さんは俺の知らない表情をしていて、まるで彼に咥えられたタバコのように、じわじわと、俺の胸で訳のわからない感情が燻った。


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