色々と捏造







人間は好きだ。人間という、ひとつの種族は好きだ。愛してる。
でも、一個人としての人間は、どうにも好きにはなれなかった。なぜかはわからない。ただ、好きになれなかったのだ。

初めて告白されたのは小学校三年生の時だった。いや、正確にはそれ以前にも好きだの結婚するだのは言われていたが、あくまで子供の言うことで、あまり真剣味がなかったのだ。小学校三年生の夏、クラスの女の子が俺を放課後のグラウンドに呼び出した。いたく真剣な顔をしていた。名前は忘れてしまったが、なんとなく爽やかな印象を与えるものだったような気がする。いつも笑顔を絶やさず、さらさらの長い髪を二つにくくり、大きな瞳が印象的な、学年でも人気のある女の子だった。俺は西日から逃げるようにして木にもたれかかり、彼女が口を開くのを待った。彼女はジワジワという蝉の声が一瞬鳴き止んだ、その瞬間に「臨也くんが好き」と、そのような事を言った。正確な言葉は忘れてしまったが、とにかく、まあ、そのような意味の事を言った。そして、走ってどこかへ行ってしまった。蝉の声がうるさかった事がひどく印象に残っている。俺は額の汗を拭い、木の影から抜け出した。愛しいとか恥ずかしいだとかの感情は湧いてこなかった。ただ、気持ち悪いと思っていた。

その後も俺は何人かの女の子から告白された。顔も声も言葉も異なっていたはずだが、一人としてその一つも思い出せなかった。

そして、俺は中学校へと進学した。

環境は少し変わったが、状況は同じだった。どうやら俺は「かっこいい人」として有名になっていたらしい。遊びで付き合ってみたりもしたが、そのどれもが二日ともたなかった。

「ねえ、きみは俺のどこが好きなの?」

一度、聞いてみた事がある。中二の二学期だっただろうか。いや、三学期だったかもしれない。告白直後の女の子に質問してみた。その女の子は少しきょとんとした顔をしたが、すぐに自信に満ち溢れた顔をして「全部」と言った。俺は笑ってしまいそうになるのを必死で抑えて、彼女をふった。そして、ジワジワと込み上げてきた吐き気と闘った。

気持ち悪い。
全部だって?笑わせる、お前が俺の何を知ってるって、いうんだ。

人間の、一番汚い部分を無理矢理見せつけられてるような気がした。俺は恋愛というものが嫌いで嫌いで嫌いで仕方なくて、その全てから背を向けた。
その反動なのだろうか。中学二年生の俺は、まるで、足りない何かを埋めるかのようにセックスに没頭した。そこに恋愛感情などは無い。相手は誰でもよかった。男でも女でも、突っ込んでも突っ込まれても、どっちでもよかった。毎日毎日学校が終わったら池袋駅に行って、一番初めに声を掛けてきた奴とホテルへ行った。幸いというか何というか、俺はいたく顔がいいらしく、声を掛けられないなどという日は無かった。俺は女の香水の匂いはあまり好きではなかったので、自然と男を相手にするようになった。男の中には酷い事をする奴もいれば、ビデオを回す奴も居た。俺はただ、相手の好きなようにさせていた。セックスは例に漏れず気持ち悪いものだったが、快楽は得られた。人間を愛している俺にとって、人間を愛せない俺にとって、気持ち悪いだけでないセックスは麻薬のようなものだった。毎晩違う相手と寝る日々が続いた。
やがて傷や痕が目立つようになった俺を心配して、数少ない友人が忠告してきたが、俺は聞く耳をもたなかった。
だって、気持ち良いんだもの。気持ち悪いのくらい、我慢できる。


セックスにも飽きてきた頃、俺は高校に進学した。

中学の担任からは、お前ならもっと上を目指せるだとか熱弁されたが、自宅から近いというそれだけの理由で来神高校に進学を決めた。

そうして、平和島静雄と出会った。

彼は初めての人だった。

初めての、俺の思い通りにならなかった人間だった。
人間なんてちょろいものだった。ちょっと笑顔をつくってやればころころとバカみたいに騙された。手の平で踊らされているのにも気付かないまま、面白いくらいに言うことをきいた。なんて愛しい存在なのだろう。
だが、彼は違った。
そう、彼は初めての人だった。


「シズちゃんは俺の、初めての人だよ」
「……気持ちわりい言い方すんな、死ね」

来神の屋上からは何にも遮られる事無く、真っ青な空が見える。俺はこの場所を気に入っていた。そして、彼も気に入っていたらしい。彼の「お気に入り」は俺のとは少し意味が違うかもしれないが。
俺はここから見える景色なんかが好きで「お気に入り」だったが、彼はあくまで「お気に入りの喫煙所」という意味でここを使っていた。今日もシズちゃんは隣で―といっても、人二人のスペースをあけた、「隣」でタバコをふかしている。視線はあわなかったが、構わずに続けた。

「……ホントに、初めてだよ。俺に籠絡されない人間がいたなんて、さ」
「驕ってんな」
「やだな、事実さ」

カキイン、と小気味のよい音がグラウンドに響いた。あのジャージの色は三年生か。野球の授業らしく、ヒットを打った男が二塁ベースでガッツポーズをしていた。
シズちゃんは短くなったタバコを靴の裏で消し、吸殻を空き缶に突っ込みながら俺に背を向けて、階段への扉に手を掛けた。
俺はなるべくシズちゃんを見ないようにしながら、口を開いた。

「俺は人間が好き。シズちゃんは、きらい。きらいだ」

一語一語、自分自身で確かめるようにしながら声を出す。シズちゃんは動かなかったので、俺はそれを良いことに言葉を続けた。否、言葉が堰を切ったようにあふれ出た。

「シズちゃんはきらいだ。思い通りにならないんだもん。……人間は好きだ。思い通りに動く、どうしようもなくバカなところが愛しい。でもシズちゃんは全然思い通りにならない。だからシズちゃんはきらいだ。でもおかしいんだ。人間は好きなのに人間を好きになれないんだ。きらいじゃないはずなのに、気持ち悪いんだ。俺は人を愛せないの?こんなに、こんなに好きなのに!思い通りにならないならみんなきらいだ、きらいッ、きらい!きらいだ、きら」

言葉が遮られたのは、俺の意志じゃなかった。
正確には、遮られていなかったとも言えるかもしれない。言葉にはならなかったけど、音にはなった。もごもごと籠もって聞き取りはできないものだったが。
どうやら俺は胸ぐらを捕まれて思い切り引き寄せられたらしい。
俺の口はシズちゃんの堅い胸板あたりにあたっていた。カッターシャツのポケットにはタバコの箱が入っていたので、抱かれ心地は悪かった、悪かったけど、気持ち悪くはなかった。俺はシズちゃんの胸でちょっとだけ、泣いた。そういえば、人前で泣くのは初めてだった。

彼は、初めての人だった。



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