静雄→保育園の先生
臨也→園児








「大きくなったら静雄先生と結婚する」

保育士という職業に就いてはや一年。大学は普通の短大で認定校ではなかったため、難関といわれる保育士試験に三度目にしてようやく合格できた時の喜びといったら、もう死んでもいいとさえ思えた。同僚のほとんどが女だったためか、出勤一日目は質問攻めにあった。好奇心で満たしたような目で、なぜ保育士になろうとしたのかなどと皆から聞かれた。なんとなく恥ずかしかったので、その場は苦笑いでごまかしたが、俺が保育士を目指したのは、ただ単に、子供が好きだから、子供の、無邪気で無垢な笑顔が好きだからという、それだけの理由だった。

だから、仲良くなった女の子がはにかみながら俺と結婚するなどと言ってくれるのは、半ば目標のようなものだ。もちろん嬉しい。しかし、これはどうだ。

「おれ、おっきくなったらシズちゃん先生のお嫁さんになる」

…嬉しくなくはない。が、複雑だ。
そう言ってのけた園児は、ピンクのスモックを着てはいるが、チューリップの形の名札には「ももぐみ おりはらいざや」と、およそ女の子の物とは思えない名前が記されている。それも当然、おりはらいざやはまごうことなき男の子だ。
俺は「いいでしょ?」と言いながらちょいと首をかしげる臨也に視線を合わせるようにしてしゃがんだ。

「臨也、あのな、俺はお前とは結婚できねえの」
「なんで?みきちゃんとかまゆちゃんはいいのに、なんで?」
「お前、男の子だろ」
「だから?なんでダメなの?」
「なんでって…」

園児に男と男が結婚できない理由を説明する、という講習は受けていない。特に偏見はもっていなかったが、ヘタに説明してしまうとなんだかまずい気がして、俺は臨也の小さな肩を掴んでくるりと回れ右させ、砂場へと続くガラスの扉を開いた。

「…ほら、お友達と遊んでこいよ」
「ヤダ!」
「…、あのなあ」
「シズちゃん先生と遊ぶ!だっておれ、友達いないもん」
「居ないんじゃなくて、作ろうとしねぇんだろ…」

無理に外に放り出そうと首根っこを掴むと、臨也はいやいやと首を振りながら暴れる。
臨也はけして嫌われているという訳ではなかったが、いくら遊ぼうと誘われても俺から離れようとしなかったため、友達と呼べるような園児はいなかった。俺になついてくれるのは嬉しいが、臨也のためにも、友達を作ってほしかった。
臨也を抱えなおしてこちらを向かせる。赤い瞳はうっすらと透明な膜に覆われていた。泣かれては色々と面倒なので、よしよしと頭を撫でてやる。

「臨也、友達ができないと寂しいぞ、小学校に上がったらずっと一人だぞ」
「シズちゃん先生がいるもん、へいき」
「…あのなあ、俺は小学校にはいねぇよ」
「えっ?なんで!」
「俺は保育園の先生だからな」

だから、ほら、行ってこい。
そう言って臨也を下ろして背中をぽんと叩いてやるが、臨也はてこでも動こうとしなかった。

「…臨也」

ぷく、と頬を膨らませる。拗ねているようだった。口をきゅっと結んで、涙を必死で堪えているようだった。きゃっきゃと、他の園児達の楽しそうな笑い声が響く。ちいさな教室には俺と臨也のふたりきりだった。その、ふたりきりの空間の生み出した気まずい沈黙に耐えかねた俺が、何か気のきいたことが言えないか真剣に頭をめぐらせた頃に、ようやく臨也が顔を上げた。

「おれ、小学校行かない」
「…お前、あんなに楽しみにしてたろうが」
「シズちゃん先生がいないと意味ない…」

そう言って、臨也はすんすんと鼻をすする。
その形の良い頭を撫でてやると、指をちいさな手の平でぎゅうと握られた。目をやると、何かを訴えるような瞳が俺を映す。

「…シズちゃん先生はおれがきらいなの?」

縋るような目付き。とても園児のものとは思えないが、そんな表情をするのが臨也だった。触りごこちのよい猫っ毛をわしわしと撫でてやり「きらいじゃねえよ」と呟くと、臨也はしゃがんだ俺の首に手を伸ばし、ぎゅうと抱きついた。シャンプーの匂いだろうか、花のような香りが鼻腔を擽る。ちいさな臨也の体を抱き上げてやると、臨也は至近距離で、「じゃあ、」と切り出した。

「じゃあ、じゃあシズちゃん先生はおれのこと、すき…?」

ちょっぴり照れくさそうに、ほんのりと頬を染めてそう言った臨也につられるように、俺の顔も熱く火照る。
…なんでだ。俺は馬鹿か。何考えてんだ、相手は園児で、男で、それなのになんでこんなに緊張してるんだよ、俺…!

「…す、き…だ…」

やっとの思いで絞り出した三文字の言葉に、臨也はぱああと顔を明るくして、「シズちゃん先生、まっか」とからかうように笑った。



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