「こんにちは、折原臨也さん」

初対面の少年がニコリと人懐こい微笑みを浮かべる。その表情だけみれば、童顔であることも相まってか、人のよさそうな少年だなあと惑わされてしまいそうなものだが、その瞳の奥の煮えたぎらんとする憎悪を読み取れない程臨也は馬鹿でもお人好しでもなかった。

「…はじめまして、だよね。黒沼青葉くん」

雪合戦の雪玉に石を入れるように、トゲをやわらかな笑顔で包みつつ、はじめましてを強調する。
初対面で名前を知られているというのは臨也にとっては珍しいことではなかったが、いかんせん、相手が幼さの残る少年だと違和感を抱かずにはいられない。
黒沼青葉の事はよくよく知っていたが、青葉が自分の顔を知っているとは思っていなかった。
―まあ、想像の範囲内だけど。
負け惜しみにもとれる呟きを心中でこぼしつつ、臨也は意識的に表情を柔らかなものにした。
青葉は演技臭い、「驚きましたという表情」を顔に貼りつける。普段大人達を相手に演技を続ける臨也には猿芝居にさえ見えた。

「あっ、やっぱりすごいですね。名前。知ってるんですね、情報屋さん、ですもんね…」

情報屋さんなんですもんね。
そのフレーズを繰り返し、ふっ、と鼻から息を出すようにして笑った青葉は臨也と同じような思考回路を辿ったのかは定かではないが、まだあどけなさの残る笑顔は確かにトゲを孕んでいた。

「あは、喧嘩売ってるの?」
「ああ、はい」

けろりとそう言ってのける青葉は相変わらずのニコニコ顔で、いい加減に腹のたった臨也は逆に笑みを消し、「そう」と出来るだけ興味なさげな声を出すように努めた。

「やだなあ、怒らないでくださいよ大人げない」

からからと上機嫌に笑う黒沼はひらひらと手を振った。ケガでもしたのだろうか。その手には包帯が巻かれているようだったが、それ解けかけており、白い布が風にたなびいていた。

「別に、怒ってないよ?」
「顔が笑ってませんよ」
「君もね」

ぬめりあうような均衡。そうとしか形容できなかった。

黒沼青葉との初対面は最悪だった。






「ねえ波江さん、君がシズちゃんを殺すとしたらどうやって殺す?」

夕暮れの光が差し込むマンション。青葉との邂逅から早くも数時間が経過していたが、臨也の心中では未だにイライラという名の艾のようなものが燻っていた。
ひたすらに黙々と無駄なく動き回り作業を続ける波江とは対照的に、臨也の格好はひどくだらけていた。背もたれに全体重を任せ、携帯をいじる。波江はそんな臨也に見向きもせず、資料に目を通しながら「毒殺かしら」と、物騒なセリフを吐いた。

「それはシズちゃんの膂力を憂慮してのことかい」
「そうね」
「なるほど、でもそれは無理なんだ」

来神の時からシズちゃんのお昼ご飯に、ざっと30種類くらいかな―毒薬を仕込んでみたけど、よくて腹が痛くなったくらいみたいで、けろりとしてたよ。うん。お金もかかるし、毒殺は駄目だ―
滔々と話す臨也はまるで罪悪感などというものは微塵も感じていないようだった。読みおわった書類をとんとんと机の上で整えた波江は虫でも見るような目付きで臨也を見た。

「外道ね」
「いまさら」

辛辣な波江の言葉にも、臨也はたいして気にしたそぶりを見せない。ふんふんとでたらめな鼻歌を奏でた後、「あ」と何かを思いついたような感嘆を洩らした。

「生意気なやつがいるんだけど、どうすればいいと思う」
「罠にでも嵌めたら?あなたの得意分野じゃない」
「それじゃ足りないんだよね…なんだろう、シズちゃんとは違うけど、なんっか、むかつくんだよね…」

むかつく、とはいささか大人気ない言葉だとは思ったが、それが一番あっている気がする。黒沼青葉の薄っぺらな笑顔を思い出してそう感じた。

「毒殺すれば」
「波江さんは、そればっかりだ」

なげやりとも取れる波江の発言に、臨也は苦笑した。苦笑して、机の中から小さな瓶を取り出した。細く長い指で小瓶を揺らせば、小さく水音が響く。臨也はそれに耳を傾けて、ゆっくりと瞼を下ろした。

「…まあ、考えとこうかな」





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