音に形容するなら、とろとろ、だろうか。
疲れ切った二つの肢体は静雄のベッドにそろって横になっている。川の字には一本足りない、そう、まるで片仮名の「リ」のようにごろんと横たわった二人の間にはとろとろとした甘い雰囲気が流れていた。
お互い、何も話さない。つい先刻の激しい行為を微塵も感じさせないようなゆったりとした感覚がまるで昼寝のように気持ち良くて、臨也は静かに目を閉じた。
瞬間、その甘い雰囲気を壊裂したのは、ブブブブという低い振動音だった。マナーモードにしていたのだろう携帯がサイドテーブルに触れて出した音は、この場ではマナー違反だと言えよう。臨也は柳眉を歪めつつ、静雄がサイドテーブルから携帯を掴むのをうらめしげに見ていた。

「なに?メール?」
「ああ、迷惑メールだった」
「あ、そう…」

カチカチと暫く携帯を操作した後、ぽいとそれを放り投げた静雄がベッドに体を戻し、体重でベッドが少しばかり沈む。静雄は臨也に手を伸ばし、その艶やかな黒髪を梳いた。二、三回、その節ばった指を細い絹糸のような髪に通しながら、「あ」と、何かを思いついたような感嘆を漏らす。

「なに?」
「なんつうか…手前ってよ、迷惑メールみたいだよなあ、って思った」

―なにそれ。
ぽつり、と呟かれた言葉に臨也は一瞬驚いたような顔をしたが、すぐにいつもの表情に戻った。しかし臨也の顔を見慣れている静雄が、そこに僅かに愁嘆を含んでいることに気付く事は容易だった。「あ、いや」ととっさに言葉を濁そうとしたが、むっとしたような臨也の尖った唇のほうが先に言葉を紡いだ。

「俺が迷惑ってこと?」
「違えよ。そういうんじゃなくて」
「じゃあ何だよ」

理由を説明するまで、臨也の機嫌は直らないだろう。静雄はままならないという風に頭を掻いた。静雄がそういう意味で言った訳ではないだろう事は臨也もわかっていた。しかし、それでも迷惑という静雄の言葉が胸を刺したのは確かだ。
暫しの沈黙のあと、「うまく言えねえけど」と前置きして話し出した静雄を横目で見て、臨也は静かに顔を上げた。

「こないだよ…迷惑メールがあんまりうぜえから、まとめて受信拒否にぶっこんでやったんだよ…したら、あんだけ届いてたメールがぱったりって来なくなってよ」
「…まあ、そりゃあそうだろうね」
「ちょうどそん時、手前も来なくなったんだよ」
「…まあ、……仕事忙しくなっちゃってね」
「そんでよお…仕事も休みで、手前も居なくて、メールも来なくなった時に、俺は、さみしいって、思ったんだよな…」
「…へえ」

迷惑メールなんぞと同列に考えられていることに臨也の中の癇癪玉がぴくりと蠢いたが、さみしかった、という静雄の言葉がそれが破裂するのををやさしく包み込んだ。
臨也が静雄に捧げる愛情と、静雄が臨也に与えるそれの比重が違うのは百も承知だったが、臨也はそれでもいいと思っていた。与えてくれるなら少しでも、何でもいいんだ。そう思っていたが、実際こうやって一緒に時間を過ごすと、どんどん我儘になっていく自分がいた。もっと俺を見てほしい。もっと、俺と一緒に居てほしい。人間の汚い所を見たような気がして、静雄から遠ざかろうと無茶に仕事を入れたのは最近のことだ。
そして静雄は、その間さみしかった、と言った。
―追い掛ければ手に入らず、逃げれば手が届くなんてまったく矛盾しているな。
臨也が苦笑いを洩らすと、静雄もそれに合わせるように柔らかく笑んだ。

「手前はよ、うぜえ」
「よく言われるよ。主にシズちゃんに」
「でもよお、やっぱり、居なくなるとさみしいんだよな」
「…なにそれ」

笑いながら、臨也は静かに立ち上がった。一糸まとわない白い肌には行為の後が僅かに残っていたが、静雄はぼんやりと、それすらも綺麗だと考えていた。
立ち上がった臨也が向かった先は、先ほど静雄が投げた携帯の転りついたテレビ台の脚だった。よいしょとかがんで、オレンジ色のそれを拾う。


「……いまさら、でしょ」

アトモスフィアがとろとろと溶けて、ぼろいアパートの天井から滴ってくるように見えた。




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