実にうららかな朝だ。
先程まで浴びていたやわらかな日差しの名残を背中に感じながら、マンションのパスワードをプッシュして自動ドアの扉を開かせる。
エレベーターに乗るまでもないが、ウイインと機械音を響かせるそれを降りてすぐの所に折原臨也の事務所はある。人間を観察したいからというわけのわからない欲求のために、彼の事務所は比較的下の方の階に位置するのだ。
部屋のグレードが推し量られるドアにキーを差し込んで開き、意味があるのか解らないタイムレコーダーにカードを挿入しながらコートを脱ぐと同時に視界に飛び込んできた臨也は、秘書であるとはいえども一応来訪者である波江に目もくれずに年代物のゲーム機と四角いカセットに交互にふーふーと息を吹き掛けていた。埃を飛ばしているらしい。

「…あら、懐かしい」
「あ、これ?やっぱり波江さんもやってたんだねえ。流行ったし」
「誠二が持っていたのよ」
「…またそれ?」

……相変わらずのブラコンぶりで。
そう、語尾を小さくしながら呟いてにやりと笑んだ臨也が手にしていたのは、彼が小学生の頃に発売されたゲームだった。
往年、倒すという目的のために存在していたモンスターを仲間にするという、その発想の秀逸さからか、それとも、そのモンスターのデザインの愛らしさによってか。とにもかくにもそのゲームは瞬く間に世間へと広がった。二十年近くの時が流れた今でもその人気は色褪せる事なく、未だに続編が発売されているらしい。

「掃除してたら見つけてさあ。ホンット、何で残してたのか分からないけど……あ、やっぱデータは壊れちゃってるか。仕方ない、はじめから」

からからと笑いながらボタンを操作する臨也を見ながら、波江は在りし日の愛する弟―誠二を思い出していた。
――コイツとは比べることが失礼なほど(もちろん誠二に)全くもって異なるが、誠二もゲームに夢中になっていた頃があったな…。
目を閉じて過去に意識を飛ばせば、今より幾分か幼い誠二が自分に微笑みかけているような気がして波江は顔を赤らめた。

「名前…は…い、ざ、や…でいいか。……ライバルの名前…何にしようかなあ、誰にしようかなあ。ねえ、波江さん。何かいい案は無い?」

楽しげに、そう、まさに今握っているそれ―紫色のゲーム機を初めて手にした少年の頃と寸分違わぬ、無邪気だが邪気に満ち満ちた微笑み(矛盾しているようだが、実際そうなのだ)で問う臨也とは対照的に、蜜のようにとろりとした妄想の中から強制的に引き戻された波江は不機嫌を隠そうともせず眉をきつくよせた。
どうでもいいわよ、と言わんばかりの冷たい瞳が臨也を捉える。臨也は凍てつく視線を気にする素振りもみせず軽く鼻で笑い、小さな画面に視線を戻した。

「へいわじま、しずお、シズちゃん。どれがいいかなあ。せっかく五文字までいけるんだからシズちゃんにしようかな」
「どちらにせよ平和島静雄になるのね」
「当たり前じゃないか。だって主人公―いざやのライバルだよ。…好敵手だなんて思った事ないけど、こういうゲームのライバルは、どう足掻こうと主人公には絶対に勝てないんだもん。ざまあないよね」
「性格悪いわね」
「あなたに言われたくはないなあ」

ポチポチとボタンを押す臨也はにっこりと笑い、どこか懐かしさを漂わせるBGMにあわせて鼻歌さえ歌いだした。
一方の波江は彼から渡された書類を片付け、言い付けられたクロスワードパズルの空欄に答えを埋めようとしていた。記入するためのボールペンを探しに腰を浮かせた、その瞬間に臨也が「ああ」と呟いた。

「名前何にしよう」

――無視するか。
いや、それもいいけれど、こいつはほっておいても1人で会話するからどっちにしても一緒か。
波江は嘆息を吐いて臨也の方を見やった。

「…"シズちゃん"じゃなかったの」
「やだなあ、シズちゃんはライバルの名前だよ。…こんどはこれ、の名前。モンスターだよモンスター。まあ、シズちゃんでもいいけどねえ、モンスターだし。…そうだ、そうしよう。全部シズちゃんにしちゃおう。ありがとう波江さん」

なにやら自己解決したらしい臨也は、満足そうに笑みながら荒いドットで形づくられた平和島静雄に「俺の言うことちゃんと聞けよ」などと囁いたかと思えばいきなり高らかな声を上げて(「アッ、アハッ、ハハハ、は、バッカじゃないのシズちゃん!ちょ、ほんと、シズちゃんが尻尾振るとか…あーもう、腹痛い…!」)腹を抱えながらごろごろ転がったりしている。波江はそんな臨也を視界から消して、ただひたすらにクロスワードの答えを埋める作業に集中した。

実にうららかな朝だ。



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