どうせ死ぬのなら天国に行きたいと思う。

別に天国という天上の理想郷なんぞを信じているわけではないのだが、半ば自由業のような仕事すら、その一切を秘書に任せ、これといってする事も無い昼過ぎの、暇を持て余した独身の男のただの呟き―そう、要するにただの呟きだから何を口走ったとしても咎めるものなどいないだろう。昔から人は暇になると何かをしだす性質にあるらしい。何もしないという選択肢は選ばれにくいのだ。そして実際、暇を持て余した結果、随筆文学の傑作なんていうものもできてしまった事があるのだから人間というものはかくも素晴らしい。
閑話休題、それはさておいて冒頭の話にもどろう。
天国というものについてだ。天国に行ったことがあるという人には、あくまでも趣味の範疇ではあれど情報屋を生業としている俺ですら出会った事がない。天国を彷徨っただの、川があって対岸に先祖が手を振っていただの、いまいち信憑性に欠ける話はヒーリングだとか自己啓発なんかを目的とした深夜の番組で聞いた事があるが、そんな話を聞いただけでその存在を信じる人などはけして多くないだろう。
人間は、自分が経験した事以外は認めないというのが普遍的ならしい。
神やら幽霊やらの類も同じく、信じていない人が殆どだろう。それでも、信じたくなるのが人間という生き物だ。自分に都合のいい事を信じるのが、人間という生き物だ。神社な行けば賽銭箱に金を投げ入れて必死に姿すら見えない何かを必死に拝む。自分の未来が書いてあるという紙切れに金を出す。不思議だ。人間の金が神に何の価値があるのだろうか。願いを叶える代償というものが必要なほど、神という存在はゲンキンなものなのだろうか。
―閑話休題、無駄な話はやめよう。
天国というものについてだった。天国。人によって理想郷というものはまちまちであろう。例えば、虫が嫌いな人もいれば好きな人もいるように、理想郷の形は一定ではないのだ。俺にとっての理想郷は…そうだな、それを考えて暇を潰そうか。

冷め切った紅茶をすする。カチャリ。ティーカップとソーサーが触れ合い無機質な音を立てる、そんな現実が俺を引き戻そうと、どろどろとした思念を引っ張った気がしたが、俺は構わずに思考を巡らせる。

やっぱり人間は多い方がいい。沢山のパターンがあったほうが楽しめるし、なにより、いい意味で予想を裏切る逸材に出会う可能性が増すのだろう。だからといって逸材ばかりでは面白くない。普通の中に埋もれたそれを探すのが楽しいのだ。
あとは、ひとつまみのスパイス―不確定要素があったほうがよりスリリングだろうから都市伝説の類にも俺の理想郷の住民票を与えてやってもいい。首なしのあいつや妖刀のあいつは嫌がるだろうが、あくまでも俺の天国なんだから従ってもらわなくちゃ困る。
…なんだ、結局、いつもと変わらないじゃないか。

ゆっくりと、脳内で理想郷の池袋を歩く。行き交う無数の人々の影に埋もれ、ちらりちらりとバーテン服が映る。

……ああ。
平和島静雄はどうしてやろうか。

いい加減、飽きてきた気もする。ちょっとからかってやると本気で俺を殺そうとする、どうにも純な反応が面白くてなあなあに済ませてきたが、そろそろ捨ててやってもいいかもしれない。
家族思いで、友達思いで、並々ならぬ膂力を思うままに操る平和島静雄。暴力は嫌いだと豪語し、その力を使った後に必ず苦い表情を浮かべる平和島静雄。皆が皆、面白いくらいに接触を避ける俺に真っ正面からぶつかる平和島静雄。
目を閉じて想像してみる。いつも通りの日常に、平和島静雄だけが居ない世界。それはあまりに平和的で、あまりに淋しい世界であった。理想郷とはそんなものなのだろうか。





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