折原臨也を視界に捉えた、その瞬間に平和島静雄は仕事の事も周りの事も何もかも意識の彼方へと追いやって、手近にあった道路標識を圧し折り、コンクリートという桎梏から解き放たれたそれをまるで主婦が蝿叩きを持ち、そうするかのように軽々と振り回した。

「池袋には二度と来るなって言わなかったっけか、ああ?性懲りもなく来やがって、臨也くんよお」
「うっわ、シズちゃんじゃん、最悪」

臨也の柳眉が歪められたのとほぼ同じように、静雄の眉間にも深い皺が刻まれた。静雄の額には青筋が浮かび、沸き上がる嫌悪感を隠そうともせずにぎりりと歯をこすりあわせた。

静雄は臨也が好きではない。
嫌いであり、憎んでおり、殺意の対象にまで至るほどに、ただ純粋に嫌っている。
煮えたぎる怒りをセーブする事を忘れかけながら、グッと、標識を握りなおし、持つ手に力をこめる。

「殺す」

ああそうさ、俺は殺れる。

そう、まるで自分に言い聞かせるように心の内で呟いた静雄は、闇に溶け込むような黒髪に向けて強く握り締めた標識を投擲でもするかのような勢いで投げた。
その瞬間。
背景の夜空に溶けかけていた臨也の黒髪がくるりと姿を隠し、代わりに憎たらしい顔が静雄の方へと向けられた。

「ああ、残念」

心底愉しそうに笑いながら、ひょいと身を捩って投げられたそれを容易く躱した臨也は「残念」だと、確かに言い放った。
何が残念なのか。少しばかりは疑問に思ったが、そんな事はどうでもよく、ただ臨也を殺したいというその強い思いだけを原動力にして、二本目の標識を圧し折った。

「残念」

繰り返し同じ言葉を紡ぐ臨也の唇は瞳と同じ赤色で、どちらも三日月型に歪んでいた。残念だと、口ではそう言ってはいるが、至極愉しそうなその表情につい静雄の動きが止まる。

「気持ち悪い、なんだよ手前」
「気持ち悪いはないでしょ。俺傷ついた」
「傷つけ、寧ろ傷だらけになれ」
「うわーシズちゃんってそういう趣味なんだっけ」

いい趣味してるねえ、と間延びさせた声で呟きながら、静雄は確かに憎たらしい顔で笑う臨也の顔面にぶつかるように狙いを定めたはずだったのだが、二本目の標識は一本目のそれと同じ運命を辿った。

「…怖あい」

そう呟いた臨也は、ひゅー、とうまくもない口笛を吹きながら、至極楽しそうに縁石の上を歩く。

「シズちゃんってさあ、好きな子ほどいじめたくなっちゃ」
「ねえよ」
「…うタイプ…じゃないんだ。へーえ、」

ぴょんと縁石から飛び降り、袖に隠していたのであろうナイフを一瞬にしてその手のひらに収めた臨也は、一瞬で間合いを詰め、静雄の喉元にそれを突き付けた。月の光と街のネオンに照らされたナイフはきらりと光る。

「残念」

臨也の顔は泣きそうなくらいに歪んでいて、どうしようもなく










なんともいえない気持ちになった。
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