「新羅、新羅あ!」

ドンドンバンバンと、粉骨砕身の力でドアを叩く音に起こされたのは、深夜二時。

新羅、新羅と僕の名前を連呼するその声は厄介事と同棲しているような同窓生の男のもので、出ようか出まいか思案することもなく、僕は布団をかぶりなおして寝返りを打った。

「新羅、新羅、新羅、新羅」

ドンドンバンドンバンバンバンドン新羅新羅新羅…リズム感もへったくれもない、ドアを叩く音が響く中で寝られる訳、ないだろう?
僕だけならまだしもセルティの睡眠を妨げる事になってはいけない、と切歯扼腕しながら玄関の扉を開けた。

「はいどうぞ臨也」
「新羅しん…あ、新羅あ…!」

とたんに臨也の痩躯が傾れ込み、器用に靴を脱いで勝手にリビング消えていく。

「なに、臨也、人でも殺したの、それともケガした?」

心の中で盛大な青息吐息を吐きながら、救急セットを手に、ソファーで丸まりながらクッションを抱き締める臨也に近づいた。

「新、羅!どうしよう…!」

近づいてみてようやくわかったが、臨也の顔はひどく赤かった。その年で伝染性紅班ー…俗に言う林檎病にでもかかったのかと思う程に。
ひとまず、忙しなくクッションをいじくりたおす臨也を落ち着かせるためにホットミルクを作ろうと冷蔵庫から牛乳のパックを出した。

「臨也、とにかく落ち着いて…もう遅いし、セルティ寝てるし、ね?」
「うん!わかった!!」

…わかってないだろ。

思わずそう突っ込みたくなるほどの大声を聞きながらレンジに牛乳の入ったマグカップを突っ込んだ。ブーン、とレンジが回る音と、どこか興奮したような臨也の呼吸が響く。俺は臨也を静かにする薬をほんの少しだけ牛乳に混ぜて、蜂蜜と一緒にかき混ぜた。

「はい」
「ありがとう!」

臨也は大きな声で感謝を述べた後、ずぞぞと音をさせながらまだかなり熱いはずのそれをゴクゴクと飲み干した。

「ごちそうさま」

先ほどより幾分か落ち着きを含んだ臨也の声に安心しつつ、空になったマグカップを確認する。
ある程度の薬には耐性があるとは思うから割と盛っちゃったけど大丈夫かな、なんて今更ながら思いつつ、いまだ興奮冷めやらぬ臨也に「何があったの」と問うてみる。

臨也は再び頬を赤く染め破顔一笑しながら話しだした。

「シズちゃんが、ね」
「静雄が?」
「シズちゃん俺の事、すきなんだって…!」

ドンカラガッシャン、と派手な音を立てて僕の中のゲシュタルトが崩壊した。

「すきなんだって…」

重ねられた言葉に目の前が真っ暗になる。
嘘だろう嘘だろう、だって君たちは不倶戴天の敵じゃあなかったのか。というか、男同士じゃないか。いや、まあ、僕は偏見はないけれど。融通無碍な方だと自負しているけど。

とにもかくにも詳しく事情聴取せねば、と臨也に向き直ると、

「ねえ臨也…、って。臨也」

彼はクッションを抱き締めてグースカと寝ていた。
ああそういえばさっき薬盛ったんだった、くそう、詳しく聞きたいのにと自業自得に嘆きながら隔靴掻痒の感を抱く。

気持ち良さそうに眠る臨也の口から「シズちゃん」などと寝言がこぼれ落ちて、

ああそうか、僕はまだ夢を見てるのか。




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