「あくまでも俺の独り言だから。シズちゃんー…君は聞いてくれるだけでいいんだ」

両手を肩の高さにあげて、そう、ちょうど深夜に外国人がやっているテレビショッピングのように大げさに手を広げてみせる。そんな大仰な仕草で、いつもの、人を苛立たせる笑みを顔面に貼りつけた臨也は唐突に切り出した。
ああ、人を苛立たせる、っていうのは語弊があるかもしれない。顔だけは無駄に、まさしく無駄に整っている臨也は学生時代から女にはもちろんのこと、あろうことか男にももてた。
ぱっと見は普通の奴に見える、臨也の事が好きだと、何故だか俺に告げた男は臨也の笑顔が好きだなんだと言っていた。そういう奴らから見れば臨也の笑顔というものはまさにギリシャの彫刻が浮かべる微笑のようにでも思えるのかもしれないが、俺にとって、コピー・アンド・ペーストのような、ニコリ、とでも音のしそうなその笑みは俺を苛立たせる、ただそれだけのものだった。

いつもそんな感じの笑みを貼りつけてたいした会話も交わすことなく逃げていく臨也が、街灯の根元のコンクリートにちょいと飛び乗りながら話しだした事に僅かばかりの違和感を感じ、それが俺の動きを止めた。引っ込抜こいてやろうと力を込めていた標識から手を離す。

「…ありがとう」

あくまでも標識から手を離しただけで、戦闘意欲はあるのだが、いつもとどこか違う気もする臨也の笑みにどことなく調子を狂わされている事に気付きながらも、大げさに前置きしたにも関わらず未だ話を始めない臨也に「なんだ」と続きを促した。

「焦らないで。独り言だって言ってるでしょ?……ああ、怒らないで」

「うるせえ、命令すんな。聞いてやってんだからとっとと話しやがれ」

「ハイハイ」

俺はこきこきと首を鳴らし、あの話しだしたら止まらないノミ蟲のことだ、どうせ長くなるのだろうと、胸ポケットからタバコを一本取り出して口にくわえる。
臨也は小さく深呼吸し、俺をきりりと見据えてゆっくりと話しだした。

「…アポリア、ってわかるかな。ギリシャ語で道が無いことっていう意味で、まあ簡単に言えば難問って意味なんだけど、哲学的には一つの同じ問いに対して二つの合理的且つ相反する答えにぶちあたること、なんだよね」

「…で」

「うん、そのアポリアにぶちあたっちゃったんだよね、俺」

あーあ、などと芝居がかったセリフと同時にコンクリートから飛び降りる臨也がいつになく自信なさげ顔つきをしている事にようやく気付いた。
いつも自信いっぱい皮肉たっぷり120%な顔をしてやがるせいかもしれないが、自嘲するような笑みを浮かべどこかうかない表情の臨也はキモチワルイものだった。

「…で、何なんだ。俺に哲学を教えにわざわざ新宿くんだりから遊びに来やがったのか、ああ?」

「まさか。…まだ、本題には入ってない」

「じゃあさっさと言え、手前がそういう悩んでますみたいな顔すんの、気持ちわりいんだよ」

「…ひどいなあ。…まあ、俺も今、あんまり余裕、無いからね」

あはは、と形式的な笑いを零して「ここから本題」と、ワントーン下げた声を出した。

「俺はシズちゃんが嫌いか?」

…いや、声を出したというよりも、一音一音をハキハキと発音するように出されたその言葉は、出したというよりも突き出したと言うべきかもしれない。よくとおる声が俺の脳みそに音を届け、固まって一つの意味をなす。
俺が何か言葉を発するのを打ち消そうとするように、臨也は話を続けた。

「ー…という、問いに対する二つの合理的、且つ、相反する答え。何だと思う?」


始めにあれだけ、これは独り言だと銘打っていたくせに俺に何か意見を求めるのはおかしいんじゃないか。
そう思い、「独り言じゃなかったのか?」と告げると臨也は驚いたように目を見開き、「そうだね」とだけ言って、それきり黙りこくってしまった。
臨也の次の言葉を待った代償と言わんばかりに短くなったタバコを携帯灰皿に突っ込む。

「…シズちゃん」

「なんだ」

「俺はどちらを選べばいいのかな」

困ったような、それでいて縋るような赤い瞳が俺を捉える。さすがの俺も、臨也の言わんとする意味がわからないほどガキじゃない。
俺はただ、臨也の言葉を待った。いつになってもいいから、奴の口から聞きたいと思った、ただそれだけだった。

「自分で、考えろ」

俺は新しいタバコに火を付けた。


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