ぱちり。

昼寝から目が覚めると、そこには確かに何かが足りなかった。
何かが足りない。それはわかるのに、何が足りないのかがわからないのだ。

(ヘッドホン…は、あるし)
(コードもちゃんとつながってる、よ、ね)

何が足りないんだろう。
見慣れたはずなのに何だか広い気がする部屋を、ぐるりと見渡してみる。
テレビ、パソコン、本棚、テーブル―…

(…あ、れ?)

おかしい。おれは今までずっとひとりだったはずだ。なのに、ダイニングのイスは2つある。コップも、お皿も、みんな2つずつ。

(なんでだろ)

不思議に思いながら、食器棚から取り出した青いコップを指でなぜる。買った覚えもなければ、使った覚えもない。
もやもやとした感情に包まれながら、再び、部屋を見渡す。戸棚の隣には、和式の扉があった。なぜだかそこだけが異質だった。
まるでなにかに引っ張られるように歩いてゆき、ゆっくりと扉をひらく。
煙草の匂いと、真新しい畳の匂い。
おれは煙草なんて吸わないのに、この四畳半ほどの和室はその匂いで満たされている。部屋の中心には文机があり、そしてそれにそうようにして、紫色の座布団があった。座布団の上には一枚の着物が脱ぎ捨てられていた。

(…おれのじゃない)

見るだけで上質だと思うそれは、厳しく凛とした冬の海を連想させるかのような濃紺に染め上げられていた。

(おれの、じゃ、ない…の、に)

見たことも使ったこともないはずなのに、心臓が、まるで氷水に浸されているかのように、冷たく痛い。痛い、痛い、いたい、いたい、いたい、あいたい、あいたい、会いたい、会いたい!
会いたいよ、

「つがる!!」

(どうして忘れていたんだろう!)

おれは和室を出て、部屋中、津軽が隠れられそうなところは全部探した。がしゃん。テーブルの上に乗っていた花瓶が割れて破片が飛び散るのも気にせず、おれは必死に津軽を探した。トイレ、お風呂、キッチン、ベランダ、押し入れの中…どれだけ探しても、津軽はどこにもいなかった。

「つがる、つがる…!」

それでも、つがるがどこにもいなくても、おれはつがるを探し続けた。

「やだ、つがる、つがる」

ぽろぽろと、冷たい液体が頬を伝っている。その水が何なのかは知らないけれど、とまれ、と、どれだけ念じても止まらない。呼吸がくるしい。こころが痛い。

「ひっく、つ、つが…っ」

我に返ると、毎日津軽と一緒に掃除していた綺麗な部屋の面影はまったくなかった。床はタンスからひっぱりだした衣類や、割れた花瓶からこぼれた花でぐちゃぐちゃになっていた。つがるを探したいのに足は言うことをきかず、その場にへたりこんでしまう。

つがるはたぶん、怒ってるんだ。おれがつがるの事を忘れちゃってたから、怒ってどこかにいっちゃったんだ。おれのことが、きらいになったんだ。

「ごめんな、さいっ……」

ごめんなさい、ごめんなさい。おれ、いい子になるから、もう一度だけでいいから、あいたいよ、おれの大好きな声で、名前を呼んでよ、

「つがる…!」


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