「別れよう」

口にすれば、たった一秒もかからないくらいの言葉。それだけで、なんだかんだ続いていた俺と臨也のだらしない関係は終わりを迎えた。


そもそも恋人らしい恋人でもない。もう始まりもあんまり覚えちゃいないが、なんとなく、成りゆきで付き合っただけだったように思う。
付き合ってからも臨也のクソみてえな性格は相変わらずで、そのたびに殴りあいのケンカをするのも変わらなかった。恋人らしいことなんて何一つしなかった。
……いや、俺と臨也のセックスが恋人らしいことだとするなら、一つだけはしたと言えるのかもしれない。
だがやっぱり、背中に縋ったりお互いの名前を呼んだり、抱きしめてやったり体を気遣ってやったりすることの無かった、そういうのは恋人同士のするセックスじゃないと思う。
俺と臨也のは、内臓を穿つように、絞め殺すようにするだけ。
ああ、今気が付いたが、俺と臨也の関係は恋人以下でセフレ以下だったらしい。

そして、友人以下。
俺は臨也が心底嫌いだった。というか現在進行形で嫌いなのだが、まあ、名ばかりではあるが、まがりなりにも、一応、恋人同士だった訳で。
臨也が俺の事をどう思ってるのか、気にならないと言ったら嘘になるが、気にしていると思われたくはない。だから今までずっと、臨也に聞くことは無かった。俺と臨也の関係なんてそんなもんだった。
まあ、普段と何ら変わらない表情で、まるでひとりごとでも呟くみたいに「別れよう」だなんて言ってのけたくらいなのだから、奴にとっても俺という存在はたいしたもんじゃなかったんだろう。
それに、別れたからといって、特に何かが変わる訳でもないだろう。ただ恋人という表札を下ろすだけだ。肩書きが無くなっただけで、今までと何か変わりがあるのだろうか。
寂しいだとか、未練だとかよりも、
もう恋人じゃねえんだな。
それだけ、他人事みたいにそう思ったから、それがそのまま声に出たんだと思う。

「そうか」

ひどく抑揚の無い声だった。
俺も臨也みたいに、普段と何ら変わらない表情をして、ひとりごとでも呟くみたいに言ったのだと思う。そんな俺を、臨也は相変わらず、哀しみもせず笑いもせず怒りもせず泣きもせず、ただじっと見続けている。別れようと言ったのは臨也なのに、なぜだか俺のほうが気まずくなって目をそらしてしまう始末。
情けねえ、心底情けねえが、こんなことは初めてだから、勝手がわからないのだから仕方ないのかもしれない。そういや、誰かと付き合うのもセックスするのもなにもかも全部、臨也が初めてだった。

高校に入ってすぐ、俺は臨也とセックスをした。エービーどころか特に変わった言葉すらなく何もかもすっ飛ばして、セックスから、俺と臨也の関係は始まった。
俺にとっては初めての関係。童貞喪失には少し遅いかもしれないが、珍しい事でもないだろう。
他は最悪なのに体の相性だけは最高だ、と臨也が言っていた。比較する相手が居ないので何とも言えないが、臨也とするセックスはかなり気持ち良かった。
学校、その辺の路地裏、公園。やりたい時にやりたい分だけやりたい事をしてきたが、臨也以外とそういう事はしていない。
当然といえば当然なのかもしれないが、しかし、臨也は違った。
臨也は俺が初めてでもなけりゃ、俺と付き合ってる間、俺だけとヤってた訳でもなかったらしい。
調べてもいないし、他人から聞いたわけでもなく、臨也本人がそう言ってたのだから間違いないだろう。聞いてもいないのに自分からペラペラと性生活を話し出す臨也は正直ウゼェ以外のなにものでもなかった。
「知らない人とした。」に始まって、「シズちゃんで口直しさせてよ。」で終わる。カギカッコの間に挟まる知らない男のスペックは老若男女様々だったが、最初と最後の一文だけは毎回同じだった。何だっていちいち、報告でもするかのようにそんな事を俺に言うのかは知らない。調べる気も聞く気も無く、臨也も言わなかったからだ。
何で俺と付き合ってるのかも、何で俺とセックスするのかも、全部知らない。臨也が言わなかったからだ。

聞いておけばよかったなんて後悔しても、もう遅い。臨也は俺の目をしっかりと見、無表情のままでゆっくりと口を開いた。

「だから、これで最後」

最後。始まりは何もなかったくせ、最後だけはこんな儀式が必要だというのか。そもそも、一体何が終わるというのか。何がだよ、と聞けば、表情の変わらない人形みたいな顔がグニャリと歪んで、へたくそな笑みを作った。

「ぜんぶ」
「全部 って」

――俺と臨也を繋いでるものなんて、何もないのに。
思わず聞き返すと、臨也は少しびっくりしたような顔をした。昔、まだ俺がバーテン服を気がねなく着られた頃、店にふらっとやってきた臨也に作ってやったカクテルと同じ色をした瞳を丸くして、すっかり閉じてしまった俺の唇の動きを待つかのように、臨也は黙ったまま俺を見つめる。
なんとなく居たたまれなくなり続けることは躊躇われたが、しかし、俺と臨也の間に何があるのか、臨也が俺との関係をどう考えていたのか知りたい。
どもりながらも「何があるんだ」と続けると、臨也は少しだけ眉をひそめつつも、やっぱり顔を歪ませて微笑んだ。

「ああ、何もなかったね」
「……そうじゃねえよ」

全部終わりにしようと言うから、何があったのか知りたかっただけなのに、臨也は何もなかったのだと言う。なかった事にしたいのか、それとも本当に何もなかったのか。けして短いとは言えない期間恋人でいたのに、何もないなどとは思いたくなかった。
臨也は黙ったまま、赤い瞳を揺らがせることもなく、俺の言葉を全身で待っていた。
まるで氷柱のような視線だ。あたためたらきっと―そのスピードはゆっくりでも―溶けるのだろう。
でも、俺にそれだけの温度があるのかわからない。腰の横で握った拳は冷たかった。
気圧されないようにと口を開いてみたものの、結局何といえばいいのかわからずに疑問で返してしまう。

「……何も、っつう事はねえだろ?」
「……じゃあさ、何があったって言うの」

臨也は不機嫌そうに眉をひそめて失望の色を浮かべ、責めるように質問を重ねた。
何が。何かあったはずだ、アイツに何もしてやれなかったなんて事はないはずなのに。

答えられないまま、時間だけが無情に過ぎていった。

「――ほら、答えられないだろ」

弧を描くすこし小さめで濡れた唇に、どうして今まで吸い付かずにいれたんだろう。お互いの呼吸を奪うみたいに口付けたり、意味もなく手を握ってみたり、もっと何か色んな事してやればよかったのか な。


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