「新羅はずるい」
臨也はことあるごとにそう呟いた。セルティが予定より早く帰宅したために臨也との約束を破ったときも、臨也の言うままに唇を重ねたときも。いつだって臨也は「新羅はずるい」と、ただぽつりと呟くだけだった。その様子はどことなく寂しそうだったが、新羅が特に気に留めることはなかった。
臨也がそのように言うのは自分の気を引こうとしているからだとわかっていたし、敢えてそれに乗ってやるほど、新羅は善人ではなかった。かといって突き放すほど悪人でもない。新羅の世界は一人の女性を中心に回っている。いや、新羅の世界には一人の女性しかいないと言っても過言ではないだろう。「それ以外」はどうでもいいのだ。臨也も外側の一人であり、いくらベクトルを向けられても新羅がそれに応えることは決して、無い。臨也が脅迫まがいの事をして、結果唇を重ねることになっても、新羅はコップに口をつけている程度にしか感じなかった。それを臨也に告げる事はなかったが、臨也ほど頭のいい人間ならば、新羅の気持ちがきっと未来永劫臨也に向くはずがないことくらいわかっているのだろう。
それでも臨也が新羅を好きなままでいるのは、新羅が臨也を、臨也の気持ちを突き放さないという、ただそれだけの理由だった。

「新羅はさぁ、ずるいよね」
「ええ、臨也にそんなことを言われたらおしまいだなあ」
「ずるいよ。ほんと、ずるい」

その気持ちがゆらぐ事などないのに、突き放してさえくれないなんて。ずるい、ひどい男だ。やさしさなんて、向けないでほしい。そう思うのに、突き放されないという新羅のやさしさに甘えてしまう。
だれよりも残酷で、ずるくて、ひどくて、それでも優しい男を、臨也は愛した。





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