執着


じゃらりと、両腕に繋がれた鎖が重い音を立てる。この程度の硬さの金属を破壊することくらい簡単だが、ベジータは破れた戦闘服もそのままに冷たい床に座り込んでいる。
彼を苛んでいた傷の痛みは漸く癒えようとしていたが、逃げる素振りをもう一度でも見せたら次は殺されるに違いない。
小さな窓しかない、暗い部屋はまるであの男の心をそのまま映しているかのようだった。ここに拘束されて、どのくらい経ったのだろうか。
自由どころか、食べ物すら与えてもらえず、手も足も見るからに痩せ細っている。もう空腹感さえ分からなくなって、ただ身体中がぎしぎしと軋んだ。それでも、からだにぴったり吸い付く戦闘服は、多少破れていても着心地を変えることはなかった。
何もしなくても、痩せた手首は簡単に鎖から抜けられそうだったが、例えこの戒めを解いたところで意味を為さないことくらい分かりきっている。
奴には、超サイヤ人3などというとんでもない力があるのだ。
例えこの鎖を破壊しても。
例えこの部屋から抜け出しても。
例え遠くへ逃げようとも。

地の果てまで追いかけてくることくらい、考えなくたって分かる。

いつもの、感じ慣れた気を向こうの鉄の扉の外に感じた。
ギィィ、と耳ざわりな音を立てて開かれる扉の向こうから、この空間にそぐわないほど明るい橙色の胴着を着た男が姿を見せる。
このところずっと、こいつにしか会っていない。
一日に一回しか貰えない水を持ってやってきた彼が近づいてくると体中が生理的に歓喜して心臓が早鐘を打った。

「ベジータ、水だぞ?欲しかっただろ?」
「…ッ、さっさと飲ませやがれ…!」
「可愛いなあ、おめぇから催促されるとオラ嬉しい」

座ったままで見上げた彼の顔は、まるで幸せを塗り固めたかのようににっこりと笑っている。
その手に持っていたコップから口に水を含んで、彼はそのまま屈んだ。
水に濡れた唇に、そっと自らの乾いてかさかさになったそれを近づけて、一滴も残さないように舐める。その水滴すら恐ろしいほど美味に感じた。必死で舐め取っていると、彼はようやく唇を合わせてきた。
一口分の水が流れ込んできて、カラカラに乾いた喉は対応しきれずに、ベジータは思いきりむせた。

「ッげほっ、げほっ、ぅ」
「ちゃんと飲まねぇと、明日まで持たねえぞ?」
「…ッ…き、貴様……ッ」
「大好きだベジータ。オラだけのベジータ」

狂ってる。
内心そう毒づきながら、ベジータは甘んじて、キスから与えられる水を受け入れる。
一滴もこぼすまいと飲み込むと、前よりうまくなったなぁおめぇ、と悟空が感嘆の声をあげた。

「いつまで…、こんなことを続けるつもりだ」
「さあ、オラもよく分かんねぇんだ。」
「分からないだと?」
「だって、オラ、ベジータが好きなんだ」

急に彼が近づいたと思うと、ぎゅう、と暖かい体温に包まれて、ベジータはその匂いを肺いっぱいに吸い込む。
いつも太陽の匂いがする。
こんなに、底が見えないほど昏い闇を抱えているくせに、いつだってその存在は太陽のもとにある。
その香りの中に、今日は少し違う匂いが混ざっていることにベジータは気がついた。

「なあ、食いてぇだろ」

ベジータが見せた微妙な表情の変化に気がついたのか、悟空はごそごそと胴着を探った。
その手に握られていたのは、黄色いバナナだった。
その芳香に、もう出ないとさえ思っていた唾液が一気に口の中を満たす。
ゆっくりと、悟空はその果実の皮を剥いていく。体がぶるぶると震えた。

「…あ、…」
「慌てるなよ」

白く浮き上がるその甘い果実が、彼の口に吸い込まれる。
まるで焦らすかのように緩慢な仕草で咀嚼していく。
ああ、甘い香りがする。
ごくり、と生唾を飲んで唇を半開きにすると、彼がその甘い唇を重ねてきた。
唾液が絡み、ぐちゃぐちゃに噛み砕かれた塊をそのまま飲み下す。
すでに噛んであるのだから、改めて噛む必要もないのだ。
ひどく甘く感じる以外、味なんてよく分からない。久しぶりに落ちてきた物体に、胃が驚いて痙攣する。

「柔らかぁくしてやったから、うめぇだろお?」
「……ッ」
「おめぇには、これしか食えねぇよなあ、もう胃がおかしくなっちまってるもんなあ」

また、口に含んで、それを噛み崩しては親鳥のように与えてくる。
しかし、それに文句を言うほどベジータに余裕はなかった、どうしてもそれを食べなければ生きていけないと、身体が欲するままに食塊を飲み下す。
バナナ一本は、たったの五、六口でなくなってしまった。
暫く消化という機能自体を忘れていた内臓がきりきりと痛む。
皮を床に投げ捨てた悟空は、その大きな掌でベジータのすっかり痩けた頬を撫でた。
その熱くて硬い掌が、どうしてか今は身体が震えるほど愛しい。

「痩せちまったな…」
「当たり前だ…ッ!」
「でも、おめぇがオラ以外を見っからいけねぇんだぞ?」
「……」
「最初はあんなに、誰も信用しねぇ奴だったのに、今はオラ以外でも誰とでも仲良くなっちまって」
「………ふざけるな」
「力で押さえつけてひでぇことされて、オラが憎いだろ?」

薄暗い部屋でも奇妙に浮き上がって見えるような狂気にみちた漆黒の瞳が、愛しげに細められた。

「……」

憎い?

ベジータはぼんやりとした思考回路でその言葉を何度も反芻した。
しかし、目の前に存在する男は相も変わらず優しげに微笑んでいるのであり、その男から与えられるのは苦痛であり快楽でもあるような気がした。
もっとも強い感情による執着。
その行き着く先は愛も憎しみも同じだとでもいうのだろうか。

否。

そうではないということを教えてくれたのは、お前自身ではなかったのか?

「憎まれたいのか、貴様は」
「ベジータがオラのこと、ずーっとずーっと考えて思ってオラでいっぱいになってくれるなら。なんだっていい」
「…なるほどな」

小さく口角を上げたベジータは、上目遣いに男を見上げた。

「そう簡単に憎んでなどやるか、相変わらず考えが浅いぞ、カカロット」
「……え?」

じゃらり。
鎖の音をたてながら、細くなった腕を彼の逞しい首に回す。
ゆっくり唇を開きながら顔を近づけて、吐息を吸い込むように口付ける。

「もっと、」

囁くように。
甘えてねだって、男を骨抜きにする売女のように、ベジータは痩せ細った身体を擦りつける。

「もっと俺に執着してみろ、カカロット」

ベジータは唾液に濡れた赤い唇を舐めながら、凄艶に微笑む。
悟空が息をのんだ音が聞こえた。

主導権を握るのはお前じゃない、俺だ。






END.






このあと、勿論ベジたんは悟空さにさんざん可愛がられます←


それにしても…ひ ど す \(^o^)/
本当にどうかしているようですね、悟空じゃなく私がwwwwwww
病みカカ大好き周期到来←





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