plum


手のひらに、弾けるようなみずみずしい果実。桃に似た形だが二回りほど小さく、薄い皮はつるつるで牡丹の花のようにピンクがかった赤色だ。
大きな籠の中に山積みになったそれを、草の上に腰を下ろした悟空がひとつ取ってぽんと投げてはキャッチしているのを、隣に座るベジータは何となく視界に入れる。
思いきり組み手をしたあとの心地好い疲労感の中、汗に濡れた肌に春の風がひんやりと気持ち良い。

さきほど、「ウチにうめぇ果物あんだ、取ってくっから待っててくれ」だとかなんとか言って、右手の人差し指と中指を額に当てたと思うと姿を消し、数秒後には果実の入った籠を持ってまたそこに立っていた。
忌々しい瞬間移動だ。
見ろ、うまそーだろ、と言いながら勝手に隣に座るので睨み付けたが、特徴的な髪型に山吹色の胴着の男はこれっぽっちも気にした様子を見せなかった。
そして今に至るのである。

「なんだ、その…果物は」
「ああ、おめぇ知らねえのか。プラムってんだ。甘酸っぱくってうんめぇんだぞ、ひとつ食ってみろ!」
「な、い、いらん!そんな得体の知れないもの食えるかっ!」

その大きな手で弄んでいた果実を押し付けられそうになって、慌ててぐいっと押し返すと、なぁんだ食わねぇのか、と残念そうに口を尖らせる。

「じゃあ、オラが食っちまうぞ」

そう言うが早いか、彼は早速そのプラムとかいう果実にかぶりついた。
くちゅ、と果汁が弾ける音がして、したたる滴が顎を伝う。軽く目を閉じてそれを吸い取るように味わい、ごくりと喉仏が上下する。
ふわり、春風に乗って香る甘酸っぱい果実の香り。
口元が汚れるのも構わず悟空はあっという間にひとつめを平らげ、種をぷっと吐き出した。
濡れた指を、一本ずつ口に含んで舐めて、唇についた甘い果汁をぺろりと赤い舌が舐めとる。
気づいたら一部始終を凝視していた自分がいた。
ドキリと心臓が跳ねて、かああっと顔に血液が集まる。
なんだ、なんなんだ一体。
どうかしている。
こんな、下級戦士が下品な食べ方でプラムとやらを食べているところを見て、何故こんなに動揺しなくてはならんのだ。

「ん?どした、ベジータ」

視線に気づいたらしく、悟空が不思議そうにこちらを向いて首をかしげた。
慌ててそっぽを向くが、彼は基本的にひどく鈍感で常識知らずでズレにズレまくった感覚の持ち主だ。それを全く正反対の意味に受け取ってくれたらしい。

「なんだ、やっぱおめぇも食いてぇんか!」

誤解も誤解、勘違いも甚だしい。違うと叫ぶ隙もなく、無理矢理プラムを手渡される。

「い、いらんと言ったはずだ!」
「いーから食ってみろよ、うめぇぞ!」

悟空よりも小さいベジータの白い手袋の上に、赤くてみずみずしいひとつの果実。
夢中で組み手をしていたから、そういえば水も暫く飲んでいないし、随分汗をかいたので喉はからからだった。
別に、断じて、カカロットが持ってきたこれがうまそうだったからではなくて。
喉が乾いていたから、仕方なく食べてやるだけだ。

心に決めたベジータは、それでもムッと顔をしかめながら、そっとそれを口元に持っていこうとする。

「なあベジータ、手袋外さねぇと汚れっちまうぞ」
「………。」

何でそういうことを先に言わないんだ。
ベジータはしぶしぶ右手の手袋の指先を噛んで手を抜くと、剥き出しの手で少しひんやりして感じるプラムを掴み、そっとかじってみる。ぷつりと皮が弾け、一気に広がる甘酸っぱい果汁が舌の上に転がる。鼻に抜ける芳香は先程悟空が食べたときに香ったものと同じだ。
ベジータは初めて食べるので、悟空よりもさらに果汁が唇から溢れ、顎から首筋までつうっと伝っていく。指先から腕に流れた汁をベジータは小さな舌でぺろりと舐めとる。
今度は悟空がごくりと生唾を飲む番だった。
プラムが気に入ったらしいサイヤ人の王子は、手や口が汚れても夢中でかぶりついている。最後のひとかけになったとき、黒い種をそのまま口に放り込んだのを見て悟空は、あ、と声をあげる。

「真ん中の種は出すんだぞ」
「だす、って…貴様みたいにその辺に吐き出すなんて野蛮な真似、」
「ベジータ…、」
「ん、!?」

悟空は本能の命じるまま、ベジータの小柄な体を抱き寄せて唇を奪った。
吃驚して動けないでいるうちに、舌を滑り込ませて、酸っぱい果実の欠片がこびりついた種を吸いとる。
吐息は同じプラムの甘酸っぱい香り。
舌を噛まれる前に顔を離して、ベジータの食べかけの種をぺっと草の上に捨てる。
みるみる間に、悟空の太い腕に抱かれたベジータの頬が先程食べたプラムのように真っ赤に染まった。

「…おめえが吐き出したくねぇなら、オラがやればいんだよな?」
「……っき、貴様…っ!いきなり何しやがる!」
「だって、おめえが食ってんの見てたらオラ……。」
「だってじゃないクソッタレ!!」
「おめえも、オラが食ってっとき、物欲しそうに見てたじゃねぇか?」
「何でも貴様の基準で考えるなっ!!」

ぷい、と顔を背けてしまったベジータを見て、悟空はにっこりと笑う。
こんなに密着してるのに、オラの腕は振り払わねえんだな、おめえ。

「まだまだいーっぱいあるから、沢山食っていいぞ」
「もういらんっ!」

そう言いながら、ちらりとその瞳はプラムが山積みの籠をとらえている。
分かりやっすいなぁ。と、悟空はがしがしベジータのつんつん頭を撫でる。
何しやがる、と怒った声を出すものの大した抵抗はしないのを見て、悟空はひっそり満足するのだった。



end.



基本、ほほえましい系。