addict



頭痛がする。
昨晩からずっと、頭の後ろから眉の奥がズキンズキンと心臓の拍動に合わせて膨らむみたいに痛くて、文字通り頭が割れるんじゃないかと思う。
痛みが全身にぐるぐる回って、胃がキュウキュウと収縮している。吐き気に食事も喉を通らないし、起き上がれば視界が回転するのだからベッドの上から動けないのだ。頭の中の炎症のせいなのか、鼻の奥までも腫れて、息ができない。喘ぐように口で呼吸しているせいで、喉も口もからからに乾いてしまっていた。
苦しい、痛い、俺の体は一体どうしてしまったというのだろう。
カプセルコーポレーションの、殺風景な自室はもうすっかり住み慣れて落ち着く場所となっているのに、妙にだだっ広く見える。
すぐそこのテーブルの上に、昨日頭痛が始まる直前に置いた水のペットボトルがある。
もうすぐ夜が明けようとしている今となってはもう温くなってしまっているだろうが、そんなことはどうでも良いくらいに喉が渇く。
手を伸ばしても、どうしてもそれに届かない。
最強の戦闘民族、サイヤ人の王子だというのに。
まるで身体の自由がきかない。

なんで。
なんで、こんなに苦しいんだろう。
いつもと何か違ったことをしているだろうか、とベジータは麻痺しそうな思考回路でゆっくりと考える。
昨日までは普通どおりにブルマが作った食事を食べていたし、修業もしていたし、読みかけの本も読んだ。
なんとなしにニュースを見たり、そういえばトランクスの稽古もつけてやった。

なにが、なにが?

頭痛で目も開けていられないベジータは、両手で頭を押さえながら頭に浮かんだひとつの名前にびくりと体を震わせる。


カカロット。


「………ッ、」

どくんと心臓が痛いほど強く脈打つ。
そうだ、ここ3日ほど、奴は会いに来ていない。
カカロットにもカカロットの事情があるのだろうと、そういうときはなるべく気にしないようにして、忘れよう忘れようと努力しているのだ。
そうか、もう、3日も会っていないのだ。

「カカ、ロット……」

頭痛がひどくなる。
こみあげる吐き気に耐え、ベジータは歯を食いしばる。
あいつに会わないと、こうなるんだ。
身体がおかしくなる。
いつも同じわけじゃない、ただ怠くて動けないだけのときもあれば、呼吸がだんだん早くなって息を吸えなくなるときもある。
本当は、そうなってしまう前にあいつに会えばいいのだけれど、生憎便利な瞬間移動のようなものは持ちあわせていないし、あいつの家族に顔を合わせるのはどうも好きになれなかった。
だって、一緒に暮らしてる奴らだ。
カカロットと四六時中一緒にいても、何とも思わない奴ら。
そんな奴らが存在していることそれ自体が罪に思えてならない。
確かにカカロットが一人でいるときを狙えば、会いに行く事はできなくもない、だけど、3日くらいなら大丈夫だろうって気を抜いていたんだ。

今はもう、空を飛んで奴のところに行くどころか、すぐそこのペットボトルを取ることさえできない。
今すぐ来てくれないと、体がバラバラになってしまうんじゃないかと思った。

「カカロット、」

こんな時間だ、あのガキのような男はどうせ寝こけているだろう。
脂汗が額をじっとりと濡らしている。
拳を握ってみようにもほとんど力が入らなかった。
だけれど、あの男を呼びつけるためには方法は一つしかない。

「うう、…」

呻き声をあげながら、ベジータは無理やりに体中の気を高めていく。
ざあ、と体を覆う金色の光に、ベジータの髪色がその色に変わっていく。
強引に超化したせいで、一気に体温が下がって鳥肌が立った。

「はあ、はあ……」

満足に息をすることもできず、浅い呼吸の中で何度も意識を失いそうになる。
それでも、悲しい事に何故か、眠ってしまいそうになると激しい頭痛に現実に引き戻される。
拷問に等しい苦しさが、もう何時間も続いているのだ。

ものの十数秒で、ベジータの超化は解けてしまった。
もう指一本も動かせないほどになってしまった身体を、ベッドの上に投げ出して、ベジータはただただ痛みに耐える。
きっと来てくれる。
あいつは絶対、来てくれる。

その瞬間、部屋の空気がわずかに揺れた。
すぐそばに突然現れた気配に、ベジータは薄く瞼を開ける。
歪んだ視界に、特徴的な髪型の、宇宙の救世主が右手の指先を額に当ててそこに立っていた。
薄暗い部屋でも、その太陽みたいなオレンジの胴着に心臓がうるさくなる。そうすると余計頭痛がひどくなって、ベジータはまた瞼をぎゅっと閉じた。

「ベジータ、…どした?でえじょぶか…?」

ゆっくりと、気配が近づく。
その暖かい手が髪の毛を撫でた瞬間、ベジータはたまらず叫んでいた。

「カカロット、苦しい」

全身が細胞単位で、すぐそこにいる男を欲している。

「ああ、わりぃ。ごめんな。ごめん。気付かなくてごめん」

ベッドの上に上ってきたらしく、ぎしりと二人分の重さにスプリングが鳴いた。
すっかり力の抜けきった、四肢の冷えた身体に、温かい身体が寄り添う。
抱き寄せられて、額が彼の分厚い胸板に押し付けられる。
鼻が腫れて、口でしか息ができないのに、カカロットの匂いに包まれていると思った。
背中から腰を抱く太い腕、多分自分より高い体温に冷えた身体がじわりと暖まっていく。
少しずつ、少しずつ、頭痛が柔らかく収まっていくのを感じる。
カカロットに抱かれていると、たったそれだけで、あれだけ不調を訴えていた身体が息を吹き返す。
そっと目を開けて、顔を上げると、彼の漆黒の瞳と目が合った。

「落ちついたか?」
「……。」

こくり、とわずかに頷くと、悟空が額にキスを落としてきた。
その体が愛しくて、ぎゅうと抱きしめ返す。

「カカロット、おれは、どうなってるんだ」
「わかんねぇ」
「苦しいんだ、おまえがいないと、体がおかしくなる」
「…オラも、わかんねぇ。でも、おめぇが苦しいときは、絶対傍に居てやる」
「カカロット」

好きだとか愛してるとか、そんな言葉で表せるようだったら苦労はしない。
お前に会わないと、生きていられないんだ。本当に。まともに生活もできないんだ。

「もういやだ、苦しかった、痛かった、おまえがいないから」
「うん。もうでぇじょうぶだ。安心していいから。オラはここにいっから。」
「どうして3日も会いに来なかったんだ。」
「わりぃ。修行に集中してたら」
「俺よりも修行の方が大事なのか」
「そんなことねえ。ベジータが大事だ。ごめんな」

いつからこんな風になったんだろう?
お前がいなきゃ、体全体がおかしくなるなんて。
麻薬か何かの禁断症状?
なあ、俺は、病気なのか?

「夜が明けるまでここにいろ、命令だ」
「ああ。朝までずーっとこうしててやっからな」
「絶対に、勝手に帰るんじゃねえ」
「うん。おめぇが起きるまでいてやる」
「約束を破ったら殺してやる」
「うん」

悟空の優しい声を聞きながら、ベジータはようやくうとうとと安心したように瞼を閉じる。
あれだけ軋んでいた体が嘘のように。
ふうわり、ふうわりと、意識が夢の中に落ちて行く。






END.





突発。
悟空がいないと禁断症状が出るベジ。
むしろ精神的な何か病気なのでは…








101008

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