閉店作業を終えれば、あとは夕食を食べて寝るだけである。まだ22時を回ったばかりだが、悟空はすっかり瞼が重くなりはじめていた。
正直、今日ベジータが店に入ってきたときは、少し申し訳ない気持ちになった。
当然のように悟空の目の前のカウンターに座った彼から、あろうことか、今朝にメールの返信が来ていたのだ。
悟空が起きる時間と教えた午前6時を少しすぎた頃に届いたそれには、『昨日は帰ってすぐ寝た。これから会社だ。電話するなよ』と短く書かれていた。そのたった3行に、昨晩返事をせずに寝てしまったという言い訳と、出勤するという用件が書かれている。文字通りにとればただそれだけだ。
ただ、最後に添えてある「電話するなよ」という言葉が、どうにも心に引っかかっていた。
物事を深く考えるのが苦手な悟空だが、これがベジータから来た初めてのメールだと思うとどの言葉も宝物のように思えてくる。
(電話するなよ、ってこれ、電話ほしいってことだったりしてなあ。)
しかし、悟空にとって昼休み時間はもっとも忙しい。
もちろん電話なんてしている暇があるわけもなく、一段落して気づいてみればもう午後2時を回っていた。
その時間はベジータはそれこそ会社で仕事中なので、あとはもう彼が仕事帰りに寄るくらいの時間になるまで何の動きもとれなかった。そうこうしているうちに彼は店に何食わぬ顔で入ってきたわけで、しかしベジータがまたいつものように来てくれたことに悟空は少なからず安堵していた。
今日のお薦めである角切り野菜のスープ煮を食べて帰った恋人の顔を思い出しながら、悟空はベッドでごろごろしつつ今朝来たメールをまた開いて眺める。
From、ベジータ。件名、Re:。本文、昨日は帰ってすぐ寝た。これから会社だ。電話するなよ。
これだけの文面をもう何度読み返したか分からない。
彼がどんな顔をしてこのメールを打ったのだろうと思うと、つい頬が緩んでしまう。
(そうだ、もうあいつ家に着いた筈だよなあ)
悟空は受信メール画面を消すと、カチカチと電話帳を検索する。
昼間がダメなら夜に電話すればいいのだ。今日はもう帰ってしまった彼とは会えないし、喫茶店でまさかベタベタするわけにもいかなかったので、ちょっと物足りなくもあったというのが本音だ。
通話ボタンを押して、耳に当てながら起き上がる。ベッドの上で胡座をかいて、唾を飲み込んだ。
昨日は初めてのメール。今日は、初めての電話。
電話の呼び出し音が、携帯電話から聞こえてくる。
1回、2回、3回。
もしかして、飯を食っているんじゃないかとか。
もしかして、今風呂に入ってるところだとか。
もしかして、まだ仕事をしていたとか。
何か電話をとれない理由があったらどうしようかな、と悟空がなんとなく考え始めた8回目、ぷつりと呼び出し音が切れた。
『もしもし』
電話の受話器から聴こえてきた張りのある声に、どきりと体中の血管が脈打ったような気がした。
「もっ、もしもし!」
『大声を出すな、うるせぇ奴だ』
携帯越しの声は、少しいつもと違って聞こえる。
ベジータはきっと電話を受ける前に画面に表示される名前を見たのだろう、名乗らなくても誰だか分かっているらしい。
電話がデジタル情報に変えた恋人の声が耳元で聞こえるのは凄く嬉しいようでたいて、でも彼が今は遠くにいるということが身に沁みるような気もした。
「今は会社じゃねぇから、いーだろ?」
『…ふん。何の用だ』
「別に、用なんかねぇんだ、…オラ、おめぇの声聞きたかった」
『……!』
受話器越しに、ベジータが息を飲んだ音が聞こえたような気がした。
悟空としては本当のことを言っただけなのだが、どうも驚かせてしまったらしい。
『おっ、俺は別に貴様の声を聞きたいなんて思ってない!』
「いいんだ、オラが聞きたかっただけだからさ」
『だいたいっ、俺は今日店に行っただろう!』
「おう。でも、人前じゃおめぇに好きだって言えねぇし」
『!!!ばっ、バカなのか貴様はッ!!!』
「あんなとこで言ったら、おめぇは怒んだろ?オラは別にいっけど」
『当たり前だくそったれ!!』
悟空はぎゅっと携帯電話を握り直した。
電話番号を知っているからこうしてそれぞれ家に居ても声を聞ける。
喫茶店に来るまで待つしかないという不安もない。
だけど、こうやって声が届いても、今すぐ触れられるところには居ない。
「なあ、好きだベジータ…」
『なっ、…何回言うつもりだ!しつこいぞ!』
「何回でも言うぞ。言い足りねぇんだ」
『勝手に壁に向かって言ってやがれ、付き合いきれん!』
「なあベジータ、今度の日曜、暇あっか?」
『…人の話を聞いているのか貴様は』
「もし用事あんならいいんけど、」
『……。』
「オラ、スポーツジム行きてぇんだ」
ジムに行きたいのは本当だった。ただ、ベジータを誘ったのはたった今の思い付きだ。また二人で会いたいのだが、いきなり家に呼ぶだけというのも何だか芸がない。ジムへ行ったあとなら腹も減るし、また食事を作ってやったら喜ぶだろう。「誰が貴様と出掛けるかくそったれ」と言われてしまえば元も子もないのだが。
妙にドキドキしながら次の言葉を待っていると、思わせ振りな沈黙のあとにぼそりと呟く声が聞こえた。
『……ジムか。付き合ってやらんこともない』
「ほんとか?!」
『嘘をついているとでも言うつもりか?』
「じゃあ、日曜10時に龍珠駅の改札な」
『フン、スキにしろ』
「楽しみだなあ」
『もう切るぞ』
「ああ、わりい。また明日な」
ぶつり。
突然切れた電話を、悟空は耳から離して切るボタンを押す。
通話時間2分38秒。たった3分にも満たない、短い電話。
(やっぱ、会いてぇなぁ……)
悟空は携帯を閉じて、どさりとベッドの上に大の字になった。
to be continued...
超難産。
なぜここが書けないんだ。
スランプなのかそうなのか、
それとも、こういうgdgd感はなかなか難しいんだろうか。
101006
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