夜10時を回ると、終電がなくなる前にとベジータは帰り支度を始めた。
二人とも、明日は普通どおりに仕事がある。
今日ほど、土曜日だったらいいのにと思ったことはないかもしれない。

「お前は明日何時に起きるんだ?」
「ん?オラ?6時かな。7時くらいから料理の下ごしらえ作ったりして準備始めて、10時開店だ」
「…なるほど。道理でもう眠そうなわけだな」
「そんなに眠くはねぇぞ?」
「ふん、ガキが」
「ガキって、オラもう29だぞ?」
「俺は34だ。俺から見ればお前は十分ガキだ」
「えーっ、たった5歳差じゃねえか!」
「うるさい」

ベジータは、椅子の背にかけてあったスーツの上着を羽織ると、ずいぶんと重たそうな荷物を持って玄関へ向かう。
その姿さえ名残惜しくて、悟空は後について玄関に向かった。

「フン、礼は言わんぞ」

ベジータは、ちらりと悟空の方を振り返って、ぶっきらぼうにそう言う。
それはこの男としては礼を言っていることになるんだろうな、と悟空は微笑んだ。

「オラが勝手にやったんだから気にすんな。一緒に晩飯食えて楽しかった、一人で食ってもうまくねぇんだ」
「……別に俺は出された飯を食っただけだ」
「また一緒にメシ食おうな」

快活に笑った悟空に、小柄な男は答えず背を向ける。

「…じゃあ俺は帰る」

玄関で靴を履くその小さな背中を見ていると、悟空は、ぎゅうと胸がしめつけられるほど苦しくなる。
次は、いつこんな風に二人で会えるんだろう。
だって、ベジータはあくまで客であって。自分は喫茶店の店主。
個人的な関係ではない。
なんだか、ずっとこの先はベジータは喫茶店に来て、自分は料理とコーヒーを出して。
そうやって、ずるずるとこの思いは引き延ばされて、遠く霞んでいってしまうんじゃないかと思った。
このまま、終りだなんて。

靴を履いてドアノブに手をかけようとしたベジータの、その腕を、思わず掴んでしまっていた。

「…?なん、」

驚いて振り返りかけた小柄な身体。
ぐい、と腕を引いて、そのまま背後から抱き締める。
すっぽりと腕の中に入ってしまうなんて、想像よりも体格差があって、悟空は逃さぬよう腕の力を強める。

「なっ、なにしやがるっ?!」
「ベジータ…。」

思ったより、随分と自分の声は低く掠れていた。
なんとか拘束から抜け出そうと暴れるベジータの肩口に顔を埋める。
ベジータの体温。匂い。
心臓がばくばくと暴走して、口はからからに乾いて、冷や汗までかきはじめた体は言うことをきかない。

「ベジータ、オラ、………おめえが好きなんだ」
「…な……?!」

言っている悟空も頬が熱くなる。こんなに衝動的に動いてしまって、すでに後に引けなくなってしまっていた。
突然の告白に、背後から抱きしめられたままのベジータは一気に耳まで真っ赤になる。
しかし、目を閉じてベジータの肩に顔を押し付けている悟空にはそれは見えていなかった。

「わりぃ、今日言うつもりなんてなかった。でも」
「きっ…貴様、そんな趣味が……」
「なんで男を好きになったのかオラもわかんねぇ、でも、おめぇじゃねぇとダメなんだ」
「わけのわからないことを…!」
「わりぃ。謝る。だからもうちっと、もうちっとだけ………、こうさせてくれ……」

目の前にある温もりを離すまいと、強く抱きしめる。
手が冷たくなって震えていた。着ているシャツにじわりと汗が滲んで、それなのに心臓だけ煩く踊り狂っている。
てっきり「ふざけるな」と振り払われるかと思ったのに、ベジータは黙り込んで抵抗をやめてしまった。
なんだろう、呆れられてしまったんだろうか。
悟空は自分の行動と結末に少し悲しくなりながら、そっと腕を緩める。

「わりぃ、ベジー……」

困ったように笑ってそう言いかけたとき、突然唇を柔らかいもので塞がれた。
目の前に迫った端整な顔に、悟空は一瞬思考が停止する。

「…?!」
「…これで満足かっ、ばかやろ…!」

吐息がかかるほどすぐ近くで怒鳴ったベジータに、悟空はようやく我に返った。
ベジータは文字通りりんごのように真っ赤になって、そのまま弾かれるようにドアから出ようとする。
悟空は思わず腕を伸ばしそれを捕まえて、今度は力いっぱい正面から抱き締めた。

「…はっ、放せぇっっ!」
「やだ」
「まだ足りないってのか、欲の深い野郎だ…!」
「うん、オラ欲張りだから」
「てめえなんてダイッキライだバカ野郎死ね、っ!」

散々な暴言を吐く小さな唇を、自分の唇で塞ぐ。
本当に嫌がっているなら跳ね飛ばせばいい。
殴ったって蹴ったっていい、おめぇにその権利はある。

「…んっ、…ふ…ぅ、……」

呼吸とともに舌も奪われて、ベジータは鼻にかかった声を漏らした。
くちゅくちゅと唾液が絡み合って、唇の端から流れて行く。
それなのに、ベジータは抵抗らしい抵抗はしないし、真っ赤になった顔はどちらかというと、自分と同じ気持ちなのではないかと錯覚させてしまう。

(なあ、ベジータ、オラ…、いいように解釈しちまうぞ…?)

ゆっくり唇を離すと、銀色に光る唾液の糸が繋がって、ぼんやりと潤んだ瞳がこちらを見つめていた。
ドキリと、先ほどまでとは違うように胸が高鳴る。
濡れた赤い唇、力の抜けたような身体。
それは、一気に背筋から駆け上がるような性欲。

「はぁ…、」

漏らした吐息すらもそれを煽るかのようで、悟空はごくりと生唾を飲んだ。
でも、と頭を振る。
まだ、強引に気持ちを伝えたに過ぎないのに、このままコトに及ぶわけにはいかない。
そんな一時的なものでこれから会えなくなってしまうかと思うと、踏みとどまるには十分な理由だった。

「今日は、…ここまでで、十分だ。ベジータ」
「………」
「なあ、また、二人で会ってくれねぇか…?」

縋るように見つめると、ベジータが居心地悪そうに視線を逸らす。
しかし、否定の言葉はなかった。
それがこの男の場合肯定と同義であるということは、重々承知している。

「オラ、おめぇのメアドも知らねぇからさ。教えてくれよ」
「…赤外線はついてるか」
「え?あ、あると思う」
「さっさとしろ、俺は早く、帰りたいんだ…」

悟空は慌ててポケットから携帯を探ると、パカッと開けて電話帳を探す。
同じように、ベジータも彼の携帯を出した。どうやらタッチパネル式のようで、指先でそれを弄っている。

「じゃ、オラが先に送る」
「赤外線は何処だ」
「多分、この辺…」
「受信してる。さっさとしやがれ」

誰とも慣れ合わないと言っていたベジータが、携帯の連絡先を教えてくれるだなんて、まるで夢のようだった。
悟空は自分の電話帳を送信したあと、ベジータの電話帳を受信する。
「は」の行に、ベジータという名前が入ったことが嬉しくてしかたがない。

「じゃあな」
「おう、またな!」

踵を返したベジータを、悟空はもう引き止めなかった。
だって、もう十分、こんなにも気持ちが満たされているのだから。





悟空は、宴のあとの皿や鍋を洗ってしまうと、もう一度自分の携帯を手にとった。
新規メール画面を開いて、Toの欄に入れるのは、電話帳から「ベジータ」。
タイトルなんて思いつかない、本文に、ぽちぽちとゆっくり打ち込む文字は少ないけれど、最高の愛情をこめて。

「お疲れ。おやすみ。」

たったそれだけを送信して、携帯を閉じる。
ベジータのことだ、どうせ返信は来ないのだろう。
それでも、なんだかこの携帯を通して彼に繋がっているようで、心がぽかぽかと温まってくる気がした。



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ここでエロにもっていかなかったのは意地ですww
気持ちが通じ合ったと思ったら早速エロ!というのがBLの定石ですが、みんながやっていることはやらない派である捻くれ者としては、ここでエロに持っていかない方向で。
いや、最後にはちゃんとやりますから!←



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