毎晩、じっちゃんが歌ってくれてたんだよなあ、と彼は少し懐かしそうに笑った。



子守唄



すっかり群青色に染まった空に、橙色を帯びた鱗雲がうっすらとたなびいていた。
気合を入れていつもより多めに食べた昼食の後、約束の時間からしっかり15分ほど遅刻してやってきたこの男と、夢中になって戦っていたらもうこんな時間だ。
人気のない山の中で、上空も含め空間を目いっぱい使っての組手は、狭い重力室での修行よりも格段に自由で、しかも相手がこの男であるというのはどんな修業道具を使うよりも楽しいのは認めざるを得ない。
ブゥと一対一で戦うのを見たとき、もうこいつには敵わないなと確信したのだが、結局宇宙に残された最後の純粋な同胞は誰よりも自分に近い感性を持っていたし、戦闘に対する姿勢に関してもそうだった。
体力を使いきって柔らかくひんやりとした草の上に倒れ込んでいるのはどちらも同じで、激しい組手を終えた今とても爽快で満足しているのもお互いにそうなのだと思う。
少し冷たくなってきた風が汗に濡れた身体から優しく熱を奪っていく。

りんりんと鳴く何かの虫の声と、身体を包み込む心地よい疲労感とようやく涼しくなった気持ちの良い風に、同じ空を見上げながらベジータが思わずうとうとと瞼を閉じかけていたとき、隣に寝ころんでいた悟空の方からなにやら調子はずれな鼻歌が聞こえ始めた。
ふわふわと夢の世界を漂おうとしていた意識が現実に引き戻されて、少し眉を寄せながらちらりと目だけで蟹頭の方を見やる。大の字に寝ころんでいる逞しい体躯のサイヤ人は、その視線に気づかずずっと空を見上げながら、ふんふん、とほとんど無意識に何か口ずさんでいるらしい。

「…カカロット。何の歌だ?ヘタクソ」
「ん?ああ、…子守唄ってやつだ」

下手糞と評されても気にも留めない様子で、彼は少し顔をこちらに向けた。
すれ違っていた目線がぴたりと合う。

「子守唄?なんだそれは」
「オラもよく分かんねぇけど、寝る前に歌うもんらしいぞ」
「子供を寝かしつけるのか?本当に地球人は子供に甘いな」
「でもオラいっつも途中で寝ちまってたから、途中までしか知らねぇんだ」
「フン、くだらん」

そこで会話が途切れると、悟空はまた空に目線を戻して、その同じ歌を歌い出す。
歌詞も曖昧らしく、ふんふんとよく分からない音のみで構成されているというのに、その音程すら怪しい。
だが、別に悪い気はしなかった。
多分、この男はこの歌を自分の子供に歌ってやったりしていたのだろうと思う。

(つくづく、甘い奴だ。)

ごろり、と悟空に背を向けるように体勢を変えて、自分の腕を枕にするとベジータは少しうずくまった。
調子はずれな歌が、ぼんやりぼんやりと聞こえなくなっていくような感じがして、ああやっぱり眠いんだなと思いながら、自然に閉じて行く瞼をそのままに体の力を抜く。
そういえば、地球に住み始めてからいつもあの清潔な空間で体を休めていたから、今のように外で寝るのは本当に久しぶりだった。


*****


「行ってくるから、ブラのこと宜しくね!どっか行っちゃうんじゃないわよ、もし何かあったら大変なんだから」
気の強い下品な女――つまりは自分の妻は、若いころと何ら変わりない様子でそう言うと、どこかへ出かけて行ってしまった。多分何か研究に必要な品でも買いに行ったのだろうか。
子供のことならブリーフ博士だとか母親にでも頼めばいいだろうに、何の嫌がらせか自分に押し付けてくるあたりがよく分からない。

「……。」

広い部屋にぽつんと置かれたベビーベッドの上で、おしゃぶりをしている青い髪の娘は小さな手で枕もとの玩具を掴みながら、うとうとと瞼を閉じている。
これをどうしろと。
トランクスの時は全くといっていいほど子育てに関わらなかったので、こんな小さい子をどう扱っていいかなど分からない。
ブラは、多少は抱いたことがあるがほとんどはブルマに任せきりで、基本的によく分からない。
今は眠そうなので、とりあえず今のところすることはなさそうなのは分かった。

「いつ帰ってきやがるんだあの馬鹿女は…!」

小さな手はベジータの指を握ってもあまるほどの大きさしかない。
少し触れば折れてしまいそうなほどである。
ふっくらとした頬に愛らしい唇。きっと大きくなったら美人になるに違いない。
子供を眺めながらなんとなく頭に浮かぶのは、あの宇宙最強の男だった。同じサイヤ人だというのに、子供の扱いが果てしなく上手いあの男だったらこんなことで困ったりはしないのだろう。
『毎晩、じっちゃんが歌ってくれてたんだよなあ』、とこの間口ずさんでいた歌をなんとなく思いだす。
(子守唄…か)
別に、歌ってやろうと思ったわけではない、なんとなくだ。なんとなく、頭に浮かんだから。
ベジータは何度も何度もそう自分に言い聞かせると、ベビーベッドの柵に寄りかかりながら、歌詞の分からない歌を口ずさみ始めた。
無駄に広く物の少ない部屋に、その小さな歌声が響く。悟空が歌っていたので音程が多少曖昧だったが、そのあたりは適当にアドリブで音程を作りつつ歌う。間違いなく、下級戦士よりも歌が上手いな俺は。と思いながら、覚えているぶんだけ歌っていると、ブラはすやすやと寝息を立て始める。
子守唄というのもまんざらではない。
もしこの場にあの男が居れば自分は何もしなくたって大丈夫だろうなと思いながら、なんとなくメロディを歌い続けていると、突然背後の空気が揺れた。
しまった、と思うも、もう遅い、そのあまりにも分かりやすい気に、ベジータは柄にもなく冷や汗が滲むのを感じた。
お約束どおりである。
見られたくない姿のときに限って瞬間移動で現れる、人の迷惑などまったく顧みない男、孫悟空。
ベビーベッドの横で、子供の顔をのぞき込みながらあろうことか子守唄を歌っているところである。
今、ブルマもトランクスも家にいないから、と思っていたのに。
まさか、こいつがこのタイミングで現れるとは。

「よ!ベジータ!何歌ってたんだ?」
「…………」

振り返ることもできなかった。
歌っていたところが聞かれていなければいいと思ったのだが、そういうときに限ってしっかり聞いていて、しかもそれを突っ込んでくるあたりがどうしようもない。

「あっ、もしかして、子守唄かぁ?優しいなぁベジータ!」

そして、こういうときだけ妙に敏い上にひとの神経を逆撫でするのにかけては天下一品である。


「出ていけクソッタレぇぇえええええ!」


思わずベジータはそう叫んでしまっていた。
きっと顔が赤い上に額に青筋が浮いていることだろうが、渾身の憎しみを込めて背後の男を睨みつける。
いつも瞬間移動でやってくるとだいたい怒鳴っているのである程度怒られるのは予想していたらしいが、ここまでだとは想定していなかったらしい悟空が少しその迫力に押されて顔を引きつらせる。
よし、今日は俺が優勢だ。
ベジータがそう思ったのもつかの間、今度はベビーベッドの方から、ふぇっ、ふぇっ、と不穏な声が聞こえた。
あっ、と思うももう遅い。
直後には耳をつんざくほどの大きな声で、わーんわーんと泣き始める。
悟空の出現とあまりの恥ずかしさに一瞬ブラのことが頭から消失していたのだ。

「…、」

ブラの方を振り返るも、突然のベジータの大声に驚いて泣きだしたまますぐには泣きやみそうにない。
貴様のせいだぞ、と悟空をもう一度責めようとしたそのとき、当の原因となった男は隣にやってきたかと思うと、ブラをひょいと抱き上げた。

「おー、よしよし、元気だなぁおめぇ。ちょっとびっくりしたんだよなー?」

抱き慣れた様子で大事そうに腕に抱えると、一定のリズムで揺らしながらあやし始める。
あれほど力強く泣いていたブラは、魔法にかかったようにすぐに泣き止みきゃっきゃっと笑い出した。

「お?可愛いなぁおめぇ〜」

にこにことブラに笑いかける悟空と、楽しそうに笑うブラを見ていると、何だか悔しいような腹が立つような、よく解らないがとりあえず苛々する。

「おいカカロット…貴様、瞬間移動はいい加減に、」

ベジータが文句を言い始めてもほとんど右から左に流していたらしい悟空はブラを両手で抱えて高い高いをすると、さらに想像だにしない台詞を口走った。

「なあブラ、お父さんに抱っこしてもらうか!」
「!?」

そう言ったと思うと、強引にベジータの方にブラを手渡そうとする。
しかし、ベジータはトランクスのこともほとんど抱いた事はなく、ブラですら数えるほどだ。
当然、それをうまく受け取る自信などあろうはずもない。

「なっ、ちょっ、」
「なんだよ、おめぇ二人目の子だろ?そんな緊張することねぇじゃねえか」
「俺様は貴様とは違うんだっっ!!」
「あっ、ちげぇって、ちゃんと体の下支えてやんねぇと」
「しっ、知るか!」
「おめぇ、父ちゃんなのに抱っこもできねぇんか?」
「!」

半ば呆れたような顔をしている悟空に、何だか負けたような気がして腹が立つ。
しかしやはり子供を抱くというのはどうも自分には向いていないのだ。
もともと、サイヤ人は子育てはしない放任主義だ。この男は地球育ちであり、基本的にサイヤ人として育てられた自分とは基準も何もかもが違う。
しかし、緊張して動かずにいると、腕の中でブラがうとうとと瞼を閉じ始めた。

「あー、ほら、やっぱ父ちゃんのほうが落ち着くんだな!眠そうだ」
「……」
「寝かせてやった方がいいんじゃねえか?ずっと抱いてるの大変だろ?」
「そ、そう…だな」
「そーっと置くんだぞ。」

何故戦闘民族サイヤ人である己が、子供の世話のためにこんなに神経を擦り減らさなければならないのか。
先程までブラが寝ていたベビーベッドの上に、できるだけ静かにその小さな体を置く。
どうやら目が覚めるほどの刺激ではなかったのか、悟空が布団をかけてやるとそのまますうすうと寝息をたてはじめる。

子供というのは突然寝るものなんだなと少し不思議に思いながらそれを眺めていると、隣の男が「それでよ、ベジータ」とこちらを向いた。

「オラ、ブラを見にここまで来たわけじゃねぇんだ。」

にっ、と笑う顔を見て、何だか嫌な予感しかしない。
こいつが今日瞬間移動で来た理由は、どう考えてもこのカプセルコーポレーションにブルマとトランクスの気がないからに違いあるまい。
つまり、二人だけで会える時を狙って来たのだ。

「……お前には付き合いきれん」
「まあまあ、そう言わねぇでさ」

こういうときの悟空が、人の話など聞くはずもない。
強引にベジータの腕を掴むと、眠るブラを残したまま部屋を出る。

「おいっ、」
「大丈夫だ、ブラはしばらく起きねえよ」
「そういうことじゃない、俺は良いなんて言ってないぞ!」
「ん?ああ」

生返事だった。
その隣の部屋がベジータの部屋であるということを、もう何度も来ている悟空は知っている。
扉を開けて、片付いているというより殺風景な部屋に連れ込まれ、そのままそのキングサイズのベッドに投げ飛ばされた。
何しやがる、と起き上がりかけたのを、大きな体躯でのしかかって押さえつけられ、そのまま軽く唇を合わせてくる。何度もやっているうちに、こういう手順もすっかり慣れきってしまったらしい。最初のころはあんなに初な奴だったのに、どうしてこうなってしまったのか。

「やろうぜ、ベジータ」
「貴様…!」
「今日はブルマとトランクスの気もねぇし」

(それが分かっていたから来やがったくせに、)
すでにセックスのことしか頭にないこの単細胞男の顔を憎々しげに睨みあげながら、ベジータはちらりとドアの方を見る。

「と…途中で、帰ってきたらどうするつもりだッ!」
「ん?別にいいじゃねぇか」
「よくねぇんだよクソッタレ!見られたらどうする!」
「うっせぇなぁ〜」

悟空はギシリと音を立ててベジータの上からよけて立ち上がり、ドアの鍵を締めに行った。
そうやってもベジータは逃げない、――否、逃がさない、という絶対の自信から来る行動だろう。
確かに、現時点で超サイヤ人3になれない自分は、最終的に悟空には勝ち目がない。

悟空の方は、鍵ひとつ締めるのも本当はめんどうだった。さっさとやりたい。そのために来たのだ。
ブルマは、ベジータと悟空の関係を知っているのだから、見られる見られないなど本当は今更なのだ。
以前、「あんた、ほどほどにしてあげなさいよ、昨日ベジータがドーナツ型のクッション使って座ってたんだから」と言われたこともあるくらいだ。ナニをどこまで知っているのか、特に気にしたことはないが、神経質なベジータにこのことが知れればどうなることか分かったものではない。

「これでいいだろ?」

結局連れ戻されるのを分かっていながらベッドの上から立ち上がっていたベジータを、悟空はもう一度ベッドに押し倒す。
どれだけ身体を重ねても、必ず最初は形だけでも抵抗するのは、ベジータのプライドであった。
それを悟空が好んでいるというのも、ベジータは知っていてやっている。
相手を屈服させるところに快感を感じるところは、やはりどこで育ってもサイヤ人はサイヤ人である。

「………」
「にしても、おめぇ子守唄歌えるんだな!」

しかし、二度と思いだしたくない記憶を、またこのタイミングで蒸し返すこの神経は、同族だからと理解できる類のものではない。
ベジータは思いきり顔を顰めて、黙れとばかりに唇で唇を塞ぐ。
子守唄はお前が教えたんだろ、しかも途中まで。
だからお前が知ってるとこまでしか俺は知らねぇんだ。

「ん、分かったって、わりぃ」
「……」
「おめぇが嫌がるから、だぜ?オラ別に全然気にしてないのに」
「うるさい。何がしたいんだ貴様は、まさかこの体勢でお喋りをしたいのか?」
「違ぇよ」

低い声で答える、少し獣の本性を覗かせた男の表情を見上げながら、ベジータは少し口角を上げた。
こんなに振り回されているのに、結局悪くないと思いつつ流されてしまうのは、自分も相当毒されてしまったらしいと自嘲しながら。


*****


もう何度目になるか分からない。
随分時間が経ったような気もしたし、しかし時計は見ていないので実際どのくらい経ったのかは分からなかった。
シーツはぐしゃぐしゃに乱れ、白っぽい体液で汚れている。
二人分の体重にギシギシと鳴くスプリングと同じリズムで体が揺さぶられ、深く身体を穿たれるベジータはあられもなく声を上げた。
両手は頭の上で一纏めに握られたまま、悟空はどれだけ頼んでも解放してくれない。

「はっ、あ!んぁ…ッ、あ、」
「ベジータ…そんな大声出したら…隣の部屋に聞こえっちまうぞ…?」
「…ッ!」

誰のせいだ、と言いたかった。
口を押さえようと腕を動かしかけて、そうすると悟空は腕が折れそうなほどの力を込めてギリギリと握りしめてくる。
それでいて、腰の動きを止めることはない。

「なぁ、そんな色っぺぇ声、子供に聞かせちゃ…まじぃだろ…」
「だっ、だって、貴様が俺の手…ッ、あっ、あ!」
「淫乱な父ちゃん、だな…っ!」

思いきり最奥まで突き入れられ、顎ががくんと仰け反る。
さらした喉に噛みつかれ、体全体が性感帯のごとく敏感になった神経には強すぎる刺激に、また悲鳴のような嬌声がこぼれた。

「ひゃ、うぅう…!っ、…きさ、まっ…!」
「でもオラは、そんなおめぇが好き…、ベジータ…」

汗を浮かべながらそう低く呟き、悟空は荒々しく唇を重ねてくる。貪るような、どちらかというと動物の交尾のようなセックスに、突然こういう言葉が混ざってくるのだから始末に負えない。

「んむぅ!…ん、んっ!」


ああ、隣の部屋でブラが泣いているのが聞こえる。


「ベジータ…ブラが、泣いてっぞ、行ってやんねぇんか…?」
「行ける、かぁっ…!くそったれ、あ、あ、ぁ…!」

ぐちゅ、と結合部が音を立てた。
中で出された精液が泡だって、もう感じるのは痛みよりも快楽のみだ。
悟空が中で動くたびに、前立腺が引っかかれて鋭い悦楽が身体を善がらせる。

「父親失格だよなあ、おめぇ…、子供が腹減って泣いてんのに、自分は…オラので腹いっぱいにしてんだもん…」
「や、あ…!あっ、貴様っ、どの口でそんなことぉ…!」
「だって、ほんとだろ…?」

悟空は、少し冷たい顔で笑った。
子供に笑いかけていたときの男と同一人物とは到底思えない、サイヤ人らしい顔。


「ベジータ、オラ、大好きだぞ…」
「…うるせ…っ、ばかやろ……、言わなくたって知ってる…!」


そういうお前も、地球になじんだお前も。
どっちも好きだなんて言える筈があるか。





END.




普通に子守唄ネタというのが夢の中に出てきて、それを話に起こしてみたらこんなことに。
OL(オッサンラブ)!書いてみたらすごい熟年感が。父ちゃんっぽい悟空とベジがかけて満足
なんか、子供のいる夫婦のようだ!はぁはぁ!←
悟空さドSになっちゃった
悟空の口が私の口になっとる!
次はベジたんをSにしてみたいもんですね。だってあの子Sだもんね。SだけどMだよね。一人SM?←
最後の方、疲れ切ってしまった私が。エロ少ないのでエロ表記はなしにしました。


100905