遅ればせながら831の日記念小説。
未来トランクスのいた世界の悟空とベジ、死ネタ注意







記憶の箱


病室はもっと清潔で居心地の悪い空間だと思っていたが、そこに彼がいるというだけで全く状況は違っていた。
彼がいるというそれだけで、いつまででもそこに居ても平気なくらい、居心地が悪くない空間になるのだから不思議だ。
白い壁に、白いベッドと白い冷蔵庫、テレビと棚とイス、ベッドにまたがる細長いテーブル。
必要なもの以外排除されたこの空間に、病人のためにと置いて行かれた数々の見舞品が並べてある。
そのほとんどは、よく食べるこの男のために皆が持ってきた食料品であった。
病気になっても普通の地球人の数倍は食べるが、それは普段の彼からすると半分近く少ない量だ。
勿論、そんなことは自分以外の人間も気づいている。奴の妻であるチチとかいう女は、「もっと食って、早く元気になってけろ」などといって手製の料理を毎日たくさん持ってきているらしかった。患者の方は、病院食は少ないしマズイからとそれをたらふく食べている。
それでも病院側のスタッフが何も言わないのは、それはつまり、同じ未来が彼らにも分かっているからなのだろう。

「よ、ベジータ!」

4階の一番端の個室、そこが悟空の病室であった。
戦いの最中、突然心臓のあたりを掴んで苦しみ始めた悟空が入院したのは、ついこの間のことだった。
真夜中、見回りに来る看護師の目を盗んで窓から侵入するのは日課になりつつある。
それが分かっていて、悟空はいつも夜になると窓の鍵を開けておいているらしい。

「今日も来てくれたんだな。オラ嬉しいぞ」

周りに話し声を気づかれないよう、少し低めに抑えた声の方へ顔を向けると、奴は負担をかけないよう徐々に体を起こして、にっこりと笑った。
まだ発症して数日だというのに、なんとなくその頬はげっそりとしている。逞しい体躯も少し線が細くなったように見えた。
その姿を見るたびにやりきれなくなって、おまえは勝ち逃げするのかと悔しくなって、もう二度と会いになど来るものかと思うのに、また夜になれば何故か耐えきれなくなってここに来てしまう。
最後に会えるのはいつ?
お前に会えなくなるのはいつ?

「なぁ、そんなとこ立ってねぇでこっち来いよ」

笑顔で手招きしてくるのもいつものこと。
舌打ちしながら、綺麗に整えられたベッドの端に足を組んで座る。
ブルマが買ってくる地球人の服もずいぶん着慣れてしまった。
カカロットの方は、ここでは少し緑がかった変わった服を毎日着ているようだった。
しかしこいつには、太陽みたいなオレンジ色のあの服が一番しっくりくると思う。

「あーあ、戦いてぇなあ。こんなとこでジッとしてたら身体が疼いてしかたねぇんだ」
「当然だろう。俺達は戦闘民族だからな。」
「うん、それ分かってくれんのおめぇだけなんだよ、ベジータ。みんな、今はおとなしく寝てろってそればっかしでよう」
「戦ったら死ぬんだろう。フン、厄介な病気に罹ったものだな、カカロット」
「腹減ってんのに食いモンねぇってのもすんげぇ辛そうだけど、ずーっとおんなじ部屋でジッとしてるってのはもっと辛ェような気がするよ…」

そう言ってまた少し遠くを見る。
その表情を見ているとなんだか胸が苦しくなるような気がして、もしかして自分も病気なんじゃないかと思った。

「なあ、ベジータ、オラがいなくなっても、地球のこと頼んだぞ。」

どきり、と心臓が跳ねた気がした。
突然の、何の前振りもない、それはまるでこの世に言い遺す言葉のようだった。
動揺を悟られないように、慌てて顔を背ける。

「…フン、何で俺様が地球の面倒をみなくちゃいけないんだ」
「おめぇだから頼むんだ」
「バカバカしい、だいたい何で貴様は死んだあとの話をする?」
「だってよう、心配だろ?オラは死んじまったらあの世行ってそれでおしめぇだけど…おめぇらはずっと生きて地球に残ってっから」
「今は、貴様も生きているじゃないか。」
「……ベジータ……」

少し驚いたように、でもどこか悲しげな色を秘めた漆黒の瞳がこちらを見ている。消灯時刻の過ぎた暗い部屋でもそれは何かの宝石のようにきらきらと光る澄んだ真っ黒の瞳。
ウイルス性の心臓病、今の地球の医学では治せないのだということをブルマから聞いた。
本人がそれを聞いているかどうかは知らないが、何度も死地を潜り抜けてきた男だ、感づいているのだろう。
だから、今お前は死んでからの話をするんだろう。
折角会いに来ているのに、何で俺にそんなことを言うんだ。
見たいのはそんな顔じゃない。
聞きたいのはそんな声じゃない。
いつも、もっと明るくて楽しい話ばっかりするくせに、何で今日は突然こうなんだ。
毎日会いに来ているから、遺言のようなその言葉に余計苦しくなる。

ベジータは、ぐっと唇を噛み締めた。
下級戦士でありながら最後の同胞、そして超サイヤ人などになってフリーザを倒し、凄まじい存在感を放ちながら、戦いの中ではなくあろうことか病気で命を落とそうとしている、狡いお前。

教えてくれよカカロット。
お前のせいなんだから、このくらい教えやがれクソッタレ。

あと1ヶ月か?1週間?それとも明日か。

そんな短い間に、俺はどうやってお前を忘れたらいいんだ。


「オラ、そろそろ死ぬんだなぁ…。もっともっと強ぇやつと戦えたかもしんねぇのに、悔しいなあ」

ははは、と少し弱弱しく笑う。
どうしてそんな顔でそんな風に笑える。
笑い事じゃない。思わず、なるべく声を抑えながらも怒鳴りつけた。

「何で貴様はそう笑っていられるんだ!死ぬんだぞ!?怖くはないのか!!」
「ああ、怖ぇよ…。どっか逃げ出しちまいてぇくれぇ怖え。だけど、どこにも逃げ場なんてねぇし、…な」
「…ッ」
「オラ、そういうもんだって腹決めて、最後まで楽しく生きようと思ってんだ、だからオラは平気だ。みんなと会えなくなんのは寂しいけど、あの世で待ってっから。な。大丈夫だ、死んだら逢える。だから…なぁ、泣くなよ、ベジータ…」

固い指先が、そっと目尻を拭った。
驚いて顔をあげると、直後に腕を引かれ、その厚い胸に顔を押し付けるように抱き寄せられていた。
ぎゅう、と悟空の両手が背中から強く抱きしめて、その体温は暖かくて、触れている胸から心臓の拍動が聞こえてきて、ああこいつはまだ生きてるんだって、そう思ったらまた目の奥が痛くなって知らず涙が零れた。

「おめぇはオラと同じサイヤ人だし、病気うつっちまうかもしんねぇから、…こんだけしかできねぇけど」

な、だから泣くな、ベジータ。

その声を、目を閉じて聞きながら、今このときのお前を箱に入れて取っておけたらいいのにと思った。
お前の顔を、お前の声を、お前の話し方を、お前の匂いを、お前の体温を、お前の戦いを、お前の性格を、お前の言葉を、全部。
全部、俺の中にしまって蓋をして、色褪せないように、ずっとずっと。
カカロット、お前がいなくなっても、忘れないように。




END.




こんな苦しい思いをするくらいなら、いっそ忘れてしまいたいのに。
でも、俺はお前を忘れたくなんかないんだ。

なんで、そばにいてくれないんだ、カカロット。







はい、831の日をすっかり忘れてDB改ゲームを廃人プレイし続け、9月1日になってようやくPC開いたらカカベジ強化月間さんの絵チャが終わったというのを見て「ああああ!!参加しようと思ってたのに!!!」と残念無念また来週な気分を味わい
831の日のものを何も書いてないことに気づき
さっきお風呂に入っていたら突然降りてきたネタを形にしてみたら見事な死にネタだったという。
遅れた上に831記念なのにコレですか、という物体で申し訳ありません…。

100902