遺言の後日談です。




MY LORD



目が覚めたら、全く見覚えのない、史料でしか見たことのないような古臭い木造の建物の中にいた。
踏んだらギシギシと音がしそうな古びた木の床の上に、薄い布団のようなものが敷かれていて、自分はそこに寝かされていたらしかった。
イビキが聞こえるので隣を見れば、床の上に転がって眠っている馬鹿面が見えてベジータは早々に眉間の皺を深くした。

経緯が全く思い出せない。
寝起きで頭痛のする頭を押さえて、ゆっくりと起き上がろうとすると、身体中に激痛が走った。自分をよく見てみれば、ボロボロの戦闘服を身に付けたままだ。
そうだ、任務だった、隣で寝ているこの下級戦士があろうことか超化して、任務を妨害して、ブロリーがやってきて、
(それで……)
最後、こいつを助けるために捨て身でギャリック砲を撃ったことを思い出し、思わず顔が熱くなる。
何でこんな奴のために。
だいたい、本来そのギャリック砲が狙うべきは悟空であり、ブロリーではなかったはずなのに。
(怪我で意識が朦朧としていたんだ。それで照準が狂ったんだ。それだけだ。)
頭の中で自分に言い訳しても何だか煮え切らない。
そして、直後に自分はブロリーが撃った強力な気弾で吹き飛ばされ、それから――何故か金色のカカロットが隣に居て、…気づいたらここに居たのだ。
(ダメだ、全然覚えてねぇ…どういうことだ?)
自分たちが乗ってきた宇宙船は、人造人間たちが乗っていってしまったし、どこかの星に移動する手段はなかったはずだ。
しかも、ツフル人たちが住んでいたあの星はあの攻撃が原因でもう跡形もなくなっているだろう。
憶が一にも、あの星が助かったなんてことは有り得ない。

「ん〜?・・・あっ、ベジータ!目ぇ覚めたんか!」

隣の床の上で無防備に眠っていた悟空は、いつの間にか寝転がったまま目を開けてこちらを見ていた。
あくびをしながらのっそりと起き上がる様はなにかの大型動物のようだ。

「おいカカロット、ここはどこだ」
「よかったなぁ、おめぇ丸一日起きなかったんだぞ?」
「質問に答えろ、ここはどこだと聞いているんだ」
「ん?ここ?オラん家だ」
「お前の家?」

ベジータにはますます意味が分からない。
悟空の家ということは、ヤードラット人の家ということであり、つまりはベジータ星に居るということになる。
なんだろう、悪い夢でも見ているんだろうか、だとしたらどこからが夢なんだろう。

「ああ、そっか、おめぇにも言ってなかったもんな」
「何をだ」
「瞬間移動」
「……なに?」
「オラ、瞬間移動できんだ」

得意げに笑う顔を見て、その純朴な黒い瞳を思わずじっと見つめてしまう。
確かにそのくらいの超能力でもなければ、現在の状況は説明できそうになかった。
ただし、それだからと言ってこの男がそんな能力を身につけているなどという非現実的な事態を鵜呑みにできるほど、ベジータも馬鹿ではない。

「嘘を吐くな」
「嘘じゃねえぞ」
「じゃあなんで今までそんな便利な能力を使わなかった?」
「これはヤードラット人だけが使えるべきモンなんだ。オラが使ってるのをサイヤ人なんかが見たら、みんな使いたがるだろ?そしたらヤードラット人が平和に暮らせねえから、ぜってぇに人前で使うんじゃねぇって言われてたんだ」
「…なるほど?そこまで言うなら実際に使ってみやがれ。そうしたら信じてやらんこともない」
「ん?じゃあ、誰んトコ行きてぇんだ?」
「誰、だと?」
「他の奴の気を辿って移動すっから、誰かオラが気ィ知ってる奴がいるとこじゃねぇと移動できねえんだ」
「………」

ベジータは、とりあえず自分の知っている人間を思い出そうとした。
しかし、生まれてから今までSAIYAを出たことのない自分の知り合いというのは考えてもみればそれはすべてSAIYAの人間であり、任務失敗の後にきっと死んだとされているだろう自分が、反逆者であるカカロットと一緒に突然現れたとあっては無事ではすまないだろう。
誰の名前をあげることもできず、俯いて黙りこくってしまう。

「…どした?ベジータ」
「………誰でもいい。SAIYAの人間じゃなければな」
「あ、そっか。おめぇ、SAIYAの奴らしか知らねぇんだもんな。…」
「お前と違って超エリートなんだよ」
「オラ、あすこに行ったら攻撃されそうだしなぁ…」

攻撃されそうだし、などという簡単なレベルではないと怒鳴ろうとした矢先、いきなりぎゅっと手を繋がれた。

「うん、じゃあ、オラの母ちゃんのトコに飛ぶか!」

手袋越しでも伝わってくる暖かい手の温度は、なんだか心臓がドキドキしてきて堪ったものではなかった。
(だいたい、何故貴様の母親などに会わなきゃならねぇんだ、この俺様が!!)

「おい…!?」
「ホントは隣の部屋に居っから、歩いてった方が早ぇんだけど…」

ベジータの片手を優しく包んだまま、悟空は右手の人差し指と中指を彼の額に当てた。

「行くぞ!」

ビッ、と小さな音がしたような気がした。
布団の中にいたはずのベジータは、直後には悟空とともに違う部屋に飛んでいた。
ベッドに座っていた姿勢のままで予想もしない空中に現れたせいで、思いきり尻もちをつく。

「!!???」

したたかにぶつけた尻はじんじんと痛みを伴った。
一方の悟空はしっかり着地し、目の前の人物に向けてにっこりと笑いかけている。
長く尖った耳とぎょろりとした大きな目をした、ピンクがかった色の肌の背の低い人種である。どこからどう見ても悟空と血が繋がっていないのは明らかだった。

「よ!」
「…悟空。こんなに近いのに瞬間移動なんて使わんくてええ…、…あらあ、その人も目ぇ覚めたんね」
「オラが隣で寝てたら、さっき目ぇ覚ましたみてぇだ。な、ベジータ」
「…ど、どういうことだっ…!?」
「これが瞬間移動ってヤツ。な?嘘じゃなかっただろ?」

ベジータはゆっくり立ち上がる。ぎしぎしと軋み痛む体に少し顔を歪ませながら、首を巡らせて部屋を見回すが、確かに先程居た部屋ではない。

「………」
「悟空、人前ではそれを使っちゃダメって言っとるに」
「わりぃ。ここ帰ってくるのに、瞬間移動なきゃ帰って来れなかったから、説明してやってたんだ」
「まったく、しょうがねぇ子だな……。それと、そちらさんはどちらの人だか、私はあんまり聞いてないんだけんど」
「……ああ、ベジータはオラの、…、」
「ちょっ…、待てカカロット!」

ベジータは慌てた。
空気を読めない上に恥を知らない、ぶっ飛んだ性格であるこの男なら、堂々と恋人だとか好きな奴だとかそういう表現を使うのではないか。

「ジョウシってやつだ!」
「……」

しかし、意外と常識的な範囲の紹介文句だった。

かなりほっとした反面、拍子抜けというか、なんだかちょっと足りないというか、――別に、断じて、寂しいというわけではないのだが。
でも、お前は俺が上司だからここにつれてきたのか?
ブロリーに攻撃したとき、会社の地位は全部投げ打って、お前を――

「上司様だったんですかい!まあまあ、うちの悟空がお世話になって」
「なあベジータ、そんなしかめっ面してどうしたんだ?」
「べっ、別になんでもないっ!」

ふいっとそっぽを向いても、忌々しいことに悟空はじっと顔を見つめてくる。
そうだ、こいつはこういう奴だ。

「傷が痛むんか?わりぃ、気づいてやれなくて」
「ち、ちが…っ!」

ベジータの否定の言葉も聞き入れるはずがなく、悟空はひょいとベジータの肩と膝の後ろに手をやると、軽々と抱き上げてしまった。
力強い腕と逞しい胸元を押し付けられ、心臓に悪いことこの上無い。
かああっと頬が熱くなる。

「なっ、何……!」
「そういやおめぇ、服ボロボロだな。よし、オラの貸してやっからな。」
「お前の服だとぉ!?」
「あらあら、仲が良いんだね」

悟空の育ての母親は、声を立てて笑っている。
上司が抱き上げられているという状況を見ても何とも思わないらしい――さすがは、悟空を教育した親だけある。
力一杯暴れるベジータに、「あぶねぇな、落ちっぞ!」などと言いながら悟空は母親の居た部屋を出た。

「オラの服だから、おめぇにはでっけぇかもしんねぇんだよな…」
「だからッ、俺はお前の服なんて…」
「でも、その服破けてっし…」

器用にベジータを支えながらドアを開け、さきほどまで寝ていた悟空の部屋に戻る。
寝乱れた布団の上に、ベジータは壊れ物を扱うようにそっと下ろされた。
予想外の繊細な動きに、また心臓がばくばくし始める。まったく、カカロットはどうしてこんなにいちいち心臓に悪いんだ、どうかしていやがるぜ。

自分がどうかしているのだとは欠片も思わない王子は布団の上に座ったまま悟空の姿を見上げる。
SAIYAの戦闘服姿しか見たことがなかったが、箪笥を漁っている彼は今、夕日のようなオレンジ色をしたゆったりとした胴着を身に付けている。
青い腰紐は、よく見れば結構高い位置にあって、何だこいつは脚まで長いのかと眉を寄せる。
戦闘服よりも、この服の方が悟空には似合っている気がした。

「なあ、これでいいか?」

ばさばさと同じ色の服を投げて寄越され、ベジータの破けた膝の上に落ちる。

「……だから俺は、」
「それとも、おめぇ、SAIYAに帰ぇるんか?」
「!」

悟空は箪笥も開けっぱなしで、ベジータの方を向いて立ち尽くしていた。
SAIYAに帰る。確かに、ベジータだけ帰還するなら可能だろう。どうやって戻って来たかと聞かれると非常に困るが、そこは何とでも言い訳すれば良いだけの話だ。
しかし。

「オラはもうあそこに行く気はねぇ。」
「フン……行きたくてももう戻れないぞ貴様は」
「…ベジータが行っちまったら、…」

もう、会えなくなっちまうのか。

黒曜石のような瞳が、真剣にこちらを見つめていた。

「そうだな。会えなくなる」

当然のことだ。
ベジータも暇ではないし、例え悟空に瞬間移動があっても、ベジータの任務は不規則でいつ一人でいられるかなんて決まっていない。誰かに見つかったらというリスクを考えれば、悟空と会える可能性はゼロに限りなく近い。
不意に、悟空は床に膝をついた。
そのまま、太い腕に引き寄せられ、ぎゅうっと抱き締められる。
あったかい春の太陽のような匂いがして、ベジータはゆっくり目を閉じながらその背に腕を回す。
肩口に額を預け、じんわりと体温を分けあっていると、悟空が低い声で呟いた。

「おめぇは、平気なんか?」

こうやっているだけで、日向ぼっこをしているみたいにあったかい。

「オラと会えんくなっても、…おめぇは平気なんか」
「……フン、」

――平気なわけがない。
しかし、ひねくれた口は何の言葉を発音することもなかった。

「おめぇには他にもたくさん下級戦士の部下がいたのかもしんねぇけど……」
「ああ、いたな。お前より優秀で忠実なやつらが」

カカロットという超サイヤ人よりも格段に弱いが、SAIYAの命令に逆らわず何の疑問もなく戦う駒として"優秀"な奴等だった。

「でも、オラが一番おめぇの傍に居てぇんだ」
「……バカだな貴様は」

ベジータは、悟空の胸元に顔を埋めたまま苦笑した。

「俺が超サイヤ人になってお前を倒すまで、お前に会えなくなったら困るんだよ」
「……、そっか。」

言い訳のような口実を、全部分かってると言わんばかりに笑う。
居心地がいいと、離れたくないと思うのに、それを口に出せるはずもない。
いつか、こいつに素直に言える日が来るのだろうか。

「俺はベジータ王子だ。貴様が何と言おうと、倒すまで絶対逃がさんからな。」
「そうだな。おめぇは王子だもんな。」

こんなにベタ甘の奴の、どこがいいんだか。
本当、我ながら趣味が悪い。



「大好きだベジータ」
「うるせぇ。」



俺だって大好きだクソッタレ。





end.





はい、なんかプロットと全然違う話になっちゃったけど結果的にこれが良かったかもと思ったぜ!という意味不明な後日談でしたorz
しかし、悟空が無欲すぎてキスにも至らないという…。
困ったもんです
今回の目標はBLらしい話!だったはずなのに
ただのほのぼのに成り下がりました。
力不足で申し訳ないです。
遺言を読んでくださった方々、拍手をしてくださった方々、コメントをくださった方々、後日談を読みたいと言ってくださった方々、ありがとうございました。
これからももそもそと頑張ります。





100826
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