死んだオレの父ちゃんは、子供は自分の手で7歳までは育てたいって、一度SAIYAを退職してラディッツとオレを育てていたんだって、ラディッツに聞いた。
だからオレは、5歳だったけど父ちゃんのことは今でもよく覚えてる。
その父ちゃんが、オレに、『お前はサイヤ人だ、サイヤ人の誇りを忘れるな』って言い遺したけど、オレは、サイヤ人に会えばその誇りってのがが何のことかわかるって思ってた。

でも、と悟空は続けた。

「こんなに汚ぇもんなのか、サイヤ人の、誇りってのは。」

ベジータは口を開くこともできずただ悟空の語りを聞いていた。
目の前に存在する男が、あのカカロットであるということが信じられなかった。

「…お前、…その姿は、まさか…」
「……」
「超サイヤ人、なのか…?」

静かな怒りを湛えた瞳は冷たく冴えわたる淡緑色。
黄金に輝く爆発的な気はそれだけで体が震えるほどのものだが、春の若葉のような色に吸い込まれそうでもあった。
超サイヤ人、それは1000年に一度出るか出ないかといわれる伝説の戦士だ。
SAIYAで教育を受けたわけでもなく、18年間も外部で育った異端者であるこのカカロットが。

ベジータは、目の前にその伝説の戦士が存在しているという事実にほとんど我を忘れて呆然としていた。
何でこいつが、とか。
何で俺じゃないんだ、とか。
今はそんなことよりも、眼前に現れた荘厳な姿にふらふらと近づいて行く。
(これが…超サイヤ人…!)
脳髄がしびれるようだった。赫灼とした眩い金色に目が潰されてしまいそうだった。

「カカロット……、」

任務のことでいっぱいだった頭に、突如毒のように広がって行くのは、目の前の男に抱かれた記憶。
暖かい腕とか、近くにいるとほっとするような気とか、優しい笑顔とか、意外と男らしい一面だとか、思い出していくだけで心の中に痛みに似た感情が溢れてくる。
ちょっと泥臭い田舎者の彼は、今、見るものを魅了するような美しい金色の戦士へとその姿を変えて、眼前に佇んでいる。

「ベジータ、おめぇは無知だ。おめぇだけじゃねえ。サイヤ人ってのは、どっかイカレてる……」

怒りに満ちながらも哀しげに見つめる瞳から目がそらせなかった。

「どうして、殺された人の気持ちを、遺された人の気持ちを、考えられねえんだ。こんな虐殺に何の意味がある?」
「二人とも」

そのとき、ベジータの背後で静かに待機していた人造人間のうち、金髪の女性形をした18号が話を遮った。悟空はちらりと目だけをそちらに向ける。

「取り込み中に悪いんだけど、ベジータ王様からご命令だよ……」
「カカロットを反逆勢力とみなす、殲滅せよ。…本部から、ブロリーも来るそうだ。」

黒髪の17号からその勅令を聞いた瞬間、ベジータが体ごと二人の方へ振り返った。

「ブロリーだとぉ?!」
「まあ、宇宙船のスピードからいって、一人乗りならすぐに着くだろうねぇ。フフ、反逆ごっこは終わりだよカカロット」
「そうだな、今のお前の戦闘力よりもブロリーの方が上だ。」

薄気味悪い笑みを浮かべる人造人間の言葉よりも、ベジータの顔色が変わったのを悟空は見逃さなかった。
まだ入社してそれほど経っていない悟空は知らない名前だったが、どうやらやばい奴らしいということだけはベジータのその反応から分かる。
超サイヤ人になった悟空には、その恐怖さえも狂気にも似た戦闘への興奮へと変換されていく。
(戦ってみてぇ。)
自分に眠る、平和への切望を超えた戦闘欲にぞくぞくした。
自分はやはり、戦闘民族なのだと――悲しくもそれは事実なのだと、認めざるを得ない。

そのとき、ずっと戦う意欲を失ったかのようだったベジータは、突然好戦的に悟空を睨み付けた。
スカウターが無くとも、悟空には彼の戦闘力では自分に到底敵わないであろうことは分かっている。

「カカロット……!」

きっとベジータも当然それが分かっているはずだ。
どういう風の吹き回しかと怪訝に思い、構えもしない悟空に、ベジータは猛然と突っ込んでくる。
その拳が鳩尾をとらえたかに見えた、だが実際は彼の攻撃は何の意味も為さなかった。
悟空は無感情にベジータの腕を捕え、ブンと放り投げる。
たったそれだけで、ベジータは目にもとまらぬスピードで地面にたたきつけられ、地面は衝撃に耐えきれず大きく円形に凹んだ。

「ゲホッ、ゲホッ…!!」
「この星の人間は殺させねぇ。任務を遂行してえなら、オレを倒してからにしろ」

悟空は低い声で言い放つ。
ベジータが赤子の手をひねるように扱われたのを見て、下級戦士たちは戦慄していた。
ベジータさえも、彼らの数倍は強い存在なのだ。
そのベジータが、いとも簡単に地面に倒れ伏すような相手など、手を出せるはずもない。
明らかに敵わない相手とは戦わない――これはSAIYAで根本的に叩き込まれた精神でもあった。

人造人間は、本部から戦闘要請がない限り自分の意思では戦闘を行わない。
万が一負傷した場合に本部との情報伝達ができなくなると不都合だからだ。
簡単には破壊されないよう強い戦闘力を備えているものの、直接戦闘に携わることはほとんどない。

「…誰もやんねぇんか?」
「く、くそぉおっ!!」

ぎりぎりと奥歯を噛み締めたベジータが、地面から飛び上がりもう一度悟空に襲いかかる。
悟空はそれを見ても顔色一つ変えることはない。

このくそったれ…!

ベジータは、下級戦士である悟空に敵わないという事実と、その彼が伝説の超サイヤ人になっているという目の前の現実と、ブロリーがもうすぐここへ来てカカロットを殺すという恐怖に、もうどうして良いかなんて分からなかった。

黒髪の平常時の彼とは実力は拮抗していて、なかなか楽しく戦うことができていたはずだったのに、今はどうだ。虫けらの如く振り払われている。
目の前に佇む悟空は黄金の気を纏い、冷たい翡翠の瞳がこちらを見据えている。

ブロリーと聞いて鳥肌が立った。奴はSAIYAが誇る最強の人間兵器だ。しかも、奴は一度破壊衝動に目覚めると満足行くまで破壊するまで止まらない狂戦士(バーサーカー)だ。

あれが、来るのか。
カカロットを、殺しに?

『オラ、おめぇと戦うの好きだ』
抱き締める暖かい腕と太陽のような優しい笑顔。
『おめぇのこと、好きだなぁ』
そう言って笑ったのは、いつかの手合せのとき。

『たぶん、死んじまってもずっとおめぇのこと好きだと思う。』

彼の声が聞きたくて、出陣の前の晩に電話をかけた。
自分の口から「声が聞きたかった」なんて言えるはずもなくて、関係ない話をして誤魔化そうとしたけど、全部分かってると言わんばかりに話に付き合ってくれた。そして彼は何の脈絡もなく、そう言ったのだった。
何だ、これじゃあ、まるで自分が死ぬのを分かっていたみたいじゃないか。

ベジータは、金色に包まれた悟空に殴りかかった。
どうせ効かないのは分かっているが、その一撃に渾身の力を込めた。
悟空は避けようともしなかった。
額に拳が当たったにも関わらず、その勢いはどこへ殺されてしまったのか彼は微動だにしない。
直後、ほとんど目に映らぬほどの速度でベジータは腹に重い衝撃を食らった。

「うぐぅ……!!」

身体が二つに折れ、気が遠くなりそうになりながらも、ベジータは両腕で悟空にしがみついた。
さすがの悟空もベジータのそのような動きは予測していなかったらしく、今までまったく無感情だった顔が少し驚いたようにベジータを見る。
しかし、彼のそんな反応など気にしている余裕はなかった。次の攻撃を受けないうちに、とほとんど吐息のような声で耳打ちする。

「逃げろクソッタレ…!」

背後に佇んでいる人形二人に届かないように、できるだけ小さな声で。

「…ベジータ?」
「ブロリーが来たら、いくら超サイヤ人になった貴様でも、殺されるぞ…!はやく…!」
「……」

しかし、悟空の反応は芳しくなかった。
司令官であるベジータが、いまや反逆勢力である悟空に逃げろと言うほどまずい状況であるということを、分かっているのだろうか?
司令官という立場を捨ててまで、悟空を逃がそうとしている――ベジータの覚悟を、悟空は知っているのだろうか?

「そこの人造人間どもは本部に繋がってる…!俺と戦う振りしてさっさと逃げろバカ!」
「逃げるって、何処へだ?」

たった一人になって生き延びることになんの意味がある。
悲哀に満ちたその声に、ベジータは一瞬怯む。
確かに、彼がもと居たヤードラット人の家族のところには帰れないだろう、SAIYAの追手が来ることは間違いないからだ。
勿論、SAIYAにも戻れない。

「どこだっていいっ、できるだけ遠くだ!」
「オレは」
「つべこべ言うなっ、ブロリーが来たらもう手遅れだぞ!」
「なぁベジータ、」
「聞いてんのかクソッタレ…!」
「オレを逃がしたら、おめぇはどうなっちまうんだ?」
「……俺のことなんてどうでもいい。さっさとしろ!」
「どうでもよくねぇよ」
「そんなことを言っている場合か!!」

そのとき、悟空は突然顔を上げた。
その真剣な表情に、ベジータは背中に冷や汗が伝うのを感じる。
まさか、

まさか、もう。

ゆっくりと振り返ると、空から小さな銀色が降りてくるところが見えた。
体全体に震えが走るほどの爆発的な気がそこから溢れている。
徐々に降下し、地面に到着した一人乗りの宇宙船から、のそりと現れた姿を見て、歯の根が合わなくなる。

「ブ……、ブロリー…!」

すでに彼は興奮状態にあるようだった。
青緑の髪はざわりと逆立ち、狂気に満ちた瞳は悟空だけを捉えている。

「カカロットォ……!」
「へっ、…あれが、ブロリーか…確かにヤバそうだな……」
「……く…クソッタレ…!お前だけじゃない、俺たちだって死ぬぞ……!」
「…どういうことだ?」
「標的であるお前がいる限り、あいつの破壊衝動は増幅され続ける……目に入ったものは誰でも無差別に殺される!」
「……な、なんだって?」
「終わりだ……この星も、…俺たちも」


諦めきったように俯いたベジータに、悟空は小さく微笑んだ。
こんなときだってのに、
強ぇ奴と戦えるのが、嬉しいんだ。




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お、終わらないぃ……
こんなに書いてるのに終わらない……!
なんとか次で終わりたいな…うまくいかない……

100820

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