ようやく陽が暮れた頃、基本的にニート体質である悟空はつまらない仕事に見切りをつけて、適当にラディッツに言い訳をして逃げ帰ってきた。
よくラディッツの奴は毎日、体に苔が生えてきそうな仕事をし続けられるものだ。
戦闘服を脱いで夜着を下半身にだけ身に付けて、部屋にある家具の中で一番重たそうなベッドを背中に乗せながら腕立て伏せをしていた。
1000回ほどやってみてからベッドをもとの位置に戻すとき、下から出てきた本をつまみあげて、ベッドの上に寝転がる。
「下級戦士」なのに、全く戦いらしきものには参加させてもらえないのは、やはり悟空が小さい頃からここで教育を受けなかったからなのだろう。
ということは、このまま一生ラディッツの雑用を手伝うだけで終わるのか?
しかし、悟空は実際に戦闘に赴いて何をするのかということは知らなかった。
この会社に入ってしばらく経つというのに、結局何を生業とする会社なのか分からないのだ。
「ベジータと戦いてぇな……」
手に持っている、ベッドの下から出てきた雑誌は少し前に雑貨屋で買ってきたものだ。
世間で言うエロ本という部類の男性向け雑誌である。
あられもない女性の裸体がフルカラーで数ページ続いたあと、白黒写真やら官能小説やら何やらが入っているくだらない内容である。
読み古しすぎてそろそろ覚えてしまったけれど、だいたいにおいてサイヤ人にとっては戦闘欲も性欲も似たようなものだった。
「………」
なんだか煮えきらないが、抜くのもいいか、と悟空がぼんやり考え始めたそのとき、突然部屋のドアが開いた――否、鍵はかけていたはずなのに、それをブチ壊して入り込んできた人物。
一瞬悟空は我が目を疑った。
逆立った髪型、小柄な体躯、つり上がった眉に機嫌の悪そうなその顔。
「……わわ…!べ、ベジータぁ?!」
悟空は手に持っていた本を慌てて布団の中に突っ込んで、上半身裸のままベッドから降りて立ち上がった。
思わず臨戦態勢だ。
何だ何だ、何でオラの部屋に…!
いろいろとタイミングが最悪であったため、混乱の極みにある悟空は冷や汗までかいている。
しかも、ベジータの方は何やら怒っているようだ。
「貴様…、責任とりやがれっ!!」
「せ、責任?!」
いきなり鍵を壊して入り込んできた侵入者は、すごい剣幕である。
ちょっと怖い。
何か悪いことをしただろうか、しかし最近は「逢いたい」と思う程度にはあまり逢えていなかったし、だからわざわざあんなくだらない本で抜こうとまで考えていたわけで――
「べ、ベジータ…?オラ何かしたか?」
悟空が素直にそう訪ねてみると、ベジータは今にも食らいつきそうにイラついた顔を見せた。
何も答えないまま、ずんずんとこちらへ向かってくる。
(…、殴られそうだ……!)
悟空が何かを覚悟してギュッと目を瞑った瞬間、襲ってきた衝撃は「痛み」に分類されるものではなかった。
「へ……?」
胸元に暖かい感触と、背中には何か力強いものが巻き付いている。
悟空はおそるおそる目を開けた。
「…ベジータ……?」
「………。」
暫く放心してしまった。
あの偉そうにふんぞり返っていたベジータが、何の罰ゲームか自分に抱きついているではないか。
責任とれと言われてこの行動。
(……なんの責任だ?)
悟空はそっとその小さな背中に腕を回し、よしよしとツンツン頭を撫でる。
一見固そうに見える髪の毛は、思ったより柔らかく手触りが良かった。
ふわりと、鼻腔にシャンプーの香り。
身長差のせいで肩まで届かず胸元に顔を埋めているベジータの表情は見えない。頭を撫でても全く抵抗はなく、なんだか駄々をこねる子供をあやしているような気分になりながらそのまま体温を分け合っていると、不意にベジータが口を開いた。
「お前のような何も考えてなさそうな奴でも……ああいう下品な本を読むんだな」
「下品…?あ…お、おめぇ見てたんか…!いきなり入ってくっから……」
急に恥ずかしくなってベジータの頭を撫でる手を止めると、彼が顔をあげてこちらを見た。
少し頬が赤いような気がする、風邪でもひいているんだろうか?
そして、先程まであんなに恐ろしい気を放っていたというのに、嘘のように落ち着いている。
「カカロット……貴様、そんなにヤりたいのか?」
「え?!や、ヤり…?……」
「俺は今日は機嫌がいいんだ。付き合ってやらんこともないぞ」
言うが早いか、ベジータは小さな体で悟空の体をぐいぐい押してくる。悟空の真後ろにはさきほど重石にしていた狭いシングルベッドしかなかった。
どさり、とそのまま後ろに倒れ込む悟空にベジータが馬乗りになる。強引に押し倒されながら、悟空はこの展開に頭がついていかない。
さきほど悟空が無理矢理押し込んだ本を手探りで見つけたベジータは、汚いものかのように指二本で摘まみ、ポイと床に投げ捨てた。
「カカロット……」
その声は、まるで今までの偉そうな口ぶりからは想像もできないほど甘い囁き。
ベジータの小さな口が、呆けたままの悟空の唇を塞いだ。くちゅりと唾液が混ざる音が聞こえ、生暖かい舌にぞくりと本能が呼び覚まされる。
「言っとくが……俺は"イイ"らしいぞ…?」
濡れた唇で艶かしい笑み、今まで読んでいたあのくだらない本の女なんて全部吹っ飛んでしまう。
理性ががらがらと崩れる音を聞いたような気がした。
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