「遅い!このクズ野郎どもが!」

部屋につくなりベジータに怒鳴られた。ラディッツが泡を吹いて倒れたから、意識が戻るまで10分ほど介抱をしてから来たのだと説明をしても、そんなことが理由になるか、俺様を待たせやがって、と全く聞く耳を持とうとしない。
この頭が逆立った男は、世界は自分を中心に回っているとでも思っているのだろうか。

「申し訳ございませんベジータ様…!俺が、倒れたばっかりに……」
「フン、もういい。とりあえずカカロット……お前はこっちへ来い。ラディッツ、お前は下がれ。」
「は、はい!失礼します!」

ベジータは、逃げるようにその場を後にしたラディッツのことなど視野にも入れない。
目の前で腰に手を置いて立つ、黒っぽい夜着のままの背の高い男を舌なめずりでもするように睨んでいた。
ベジータは、ここまで力の差が分からない奴は、今まで会ったことがなかった。
だいたい皆スカウターを使って戦闘力を数値化して把握していたし、最初から敵わない相手に突っ込んでいくようなバカは作らないような教育をされて育つのだ。
今のベジータを超えるレベルの下級戦士は存在しない。
面接試験の時に測ったカカロットの戦闘力は、せいぜい2500といったところだった。クズ中のクズだ。

(フン、こういうバカが顔色を変えて命乞いする様を見るのが一番楽しいぜ)

戦闘服を身に付けているベジータは、白い手袋に包まれた手をぐっと握る。

「こっちへ来い。俺様のトレーニングルームがある。そこで十分だろう」
「ああ」

真剣な顔で頷いた悟空を先導し、ベジータは奥にある部屋の入口の機械に触れ、解錠してドアを開ける。
その奥には、普通の建物だと5階分はあるのではないかというほど高い天井と、端から端まで100mはありそうな広い体育館のような正方形の部屋が広がっていた。中に足を踏み入れた悟空は、ひょー広ぇなあ!と嘆息している。

「ここは、滅多なことじゃ壊れたりしねえ。俺が貴様をボコボコにするのに丁度良いというわけだ」
「…そう簡単にはボコボコになってやらねえぞ?」
「ほざけ、下級戦士風情が!!」

口の減らない悟空の態度に、ベジータが先手をとって飛びかかった。
一瞬で悟空の頬を捉えた拳は、普通の人には目で追うことすら不可能であっただろう。
しかし、悟空はその拳を、大きな手のひらで受けていた。

「いきなりはねぇんじゃねえか?」
「…チッ!」

舌打ちをしたベジータがすかさず繰り出した蹴りを悟空はヒョイとジャンプして避ける。
しかし、蹴りは一発ではなかった。

「!」

踵が腹に喰い込んで、悟空は二つ折りになりながら吹き飛ばされる。直後、それを追いかけるように飛んできたベジータに顔面から殴られ、口の中が切れたのか鉄の味がした。
(なかなかやるな、この小せぇ奴)
大きく振りかぶったベジータの動きを読んで、悟空は素早くそれをかわし背後に回る。当たるところをなくしたベジータの技は空振りし、隙だらけの背中を思いきり蹴り上げた。簡単に上空へ飛ばされる小さな体を追って飛びながら、手のひらにエネルギーを集中させて気弾で追撃する。外した気弾がドンと壁に当たって部屋全体が震えた。

「き、貴様ァ…!!」

吹き飛ばされながらも身体の前に両腕をクロスさせてダメージを軽減していたらしいベジータが、もともと吊りあがった眉をさらに吊り上げて、猛烈な勢いで一直線に襲いかかってくる。悟空も負けじとそれに向かって飛び上がり、互いの技を読んで拳と拳がぶつかる。

「……へっ、こんな楽しいの初めてだ…オラ、わくわくしてきた……」
「そんな口を叩いていられるのも…今のうちだぞカカロット…!!!」
「…くっ!」

殴り合えるほどの近距離で、相手からも自分と似たような気弾を撃ち込まれた。近かったためすべて直撃して、悟空の夜着はあっというまに破け、ダンと背中から床にたたきつけられる。

「俺様に勝てると思うなよ、下級戦士風情がぁ!!」

肘をつきながらゆっくり起き上がる悟空の隣に降り立ち、ベジータは思いきり悟空の腹を蹴り飛ばす。今度は壁の方まで吹き飛ばされる悟空に、何発も何発も殴りつけて、赤い血がぱっと散る。

「…うぐっ!」
「戦闘力2500ぽっちの貴様が、15000を超える俺様に勝てるはずがない!!」
「…せ…んとうりょく…!?」
「泣け、喚け、命ごいしやがれ!!」
「……」

そのとき、悟空はベジータの両の拳が殴るタイミングを見極め、3、4発を全て間一髪で避けきると相手の腹を蹴り上げた。

「ぐぅ!」
「…戦闘力か何か知んねぇけど……」

思わず腹を押さえてうずくまる身体に、もう一度同じ場所に蹴りを食らわせ、それからフッと距離を縮める。

「甘く見てっと、痛い目見っぞ?」

両手を組んで、勢いをつけて左肘を鳩尾に食らわせる。
斜め下に飛ばされたベジータはそのまま滑るように床に落ち、ゲホゲホと苦しそうに咳をしている。
その隣へ立ち、悟空は冷たく見下ろしながら片手から気弾を打ち込む――が、直後には眼前から小柄な姿が消えていた。
自らの打った気弾による煙で見失い、悟空が慌てて首を巡らしたとき、ま後ろから「ここだウスノロ!」と大きな衝撃があった。

「く……!!」
「同じ技をそう何度も食らうと思うなよ…!!」

ああ、やはり、こいつは強い。
悟空は、ぞくぞくと体中から力が湧きあがるのを感じていた。
自分よりも強い奴に会ったことがなかった。
平和を好むヤードラット人は、手合せすらしてくれなかった。
山の中で、恐竜なんかを相手にしていたが、奴らの動きは鈍くて簡単に懐に飛び込める。
ときどき街に行くと力自慢とか格闘技のチャンピオンなんかが居たが、そんなのは相手にもならなくて。
こんなにすばやくて、こんなに重い攻撃をしかけてくるような、楽しい奴と闘ったのは、本当に初めてだった。

壁に叩きつけられる前に体を反転させようとしたが、ベジータの追撃で予想より早く壁が迫っていた。さらに壁へ叩きつけられるように殴りつけられた上気弾を撃ち込まれ、衝撃の逃げ場がなく体中が悲鳴を上げる。

「ぐ、うぐぅ…ッは…!!!」

ずるり、とそのまま弛緩して床に落ちて行く悟空の体を、ベジータは上がった息を整えながら目で追う。
――どうやら、今日はここまでのようだ。
悟空は、ずりおちて仰向けに倒れたまま、ニッと笑って見せた。
ベジータはその近くに静かに降り立ち、眉をひそめる。

「貴様…倒されておきながら何故笑ってやがる…?」
「なあ、ベジータ…オラ、ここ壊さねえように出さなかった技があんだ」
「なに…?」

ベジータの声に怒気が籠った。手を抜かれていたとでも思ったのか、今にも悟空の首を絞めにとびかかりそうな勢いだ。

「かめはめ波っちゅうんだけど。でっけぇ気を出す技。ぜってぇここ壊れっちまうから」
「滅多なことじゃ壊れないと言ったはずだ…!」
「だって、おめえもそういう技は使わなかったろ?」
「……」
「今度は、おもてでやりてえ…ちょっとくらい壊れても誰にも迷惑かかんねぇとこで」
「何故貴様が俺にそんなこと言いやがる。それは俺様の台詞だ」

腕を組んで偉そうに言い放った言葉を聞いて、悟空に笑みが浮かんだ。
つまりそれは、また戦ってくれるという意味だ。
(分かりにくい言い方する奴だなあ)

「なあ、ベジータって父親と同じ仕事の名前だろ?本名はねえのか?」
「本名?バカかお前は、俺は生まれたときからSAIYAの後継ぎとして育てられた、ベジータの名を継ぐ者だ。他に名前なんて無い」
「……そうなんか」

悟空はゆっくりと体を起こす。ビリッと神経が痛みを訴えて、顔を歪めながら上体を起こして床に座る。
もう戦闘は終わったのだからベジータの性格ならとっととここから出て行けと言ってもおかしくなさそうなのに、黙ったままこちらを見ている。
そうか、立つのを待ってくれているのか。

「後継ぎって意味じゃないおめえだけの名前がないっての、何かちょっと残念だ」
「俺はずっとこのSAIYAの中で英才教育を受けて育った。お前のようにぬくぬくと平和の中生きてきたわけじゃないんでな」
「でも、オラ結構いいセンいってただろ?」
「フン、下級戦士が何を」
「だって、オラすっげぇワクワクして、楽しかった。こんなに強ぇ奴と闘ったんは初めてだ」

悟空がにっこりと太陽のような明るい笑顔を見せると、ベジータは少し驚いた顔をした。

「…貴様は、負けて悔しくはないのか」
「悔しいけど、それはオラの修業が足りなかったってだけだ。おめえと闘うのはすっげえ楽しい。」
「………やはり貴様は異端だな。ヤードラット人の中で育ってきただけある」

そのとき、悟空は初めて――ベジータが少し嬉しそうに微笑むのを見た。
ドキリと心臓が跳ねたのは何でなのか、自分自身分かっていなかったけれど。






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悟空さは戦闘の天才です。
でも、ベジータの方がちょっと上です。
二人とも相手に合わせて楽しく戦ってます。

100815


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