清潔すぎて生命の匂いがしない、無機質な狭い部屋が悟空の新居だった。
ほとんど身一つで来た悟空には見慣れない制服や夜着、生活用品が配布され、随分と広い施設の案内をされているうちに夜になってしまった。案内を担当してくれたのは、確か悟空のところに最初に来た二人のサイヤ人のうちの一人――弱そうな方の髪の毛の多い男だった。

「俺はラディッツだ。しばらく、勝手の分からないお前の面倒をみることになってるから、分かんないことがあったら俺に言えよ」

分からないことと言われても、さきほど一気に説明された施設のほとんどはもう忘れてしまっている。また最初から案内してくれと言ったら同じくらい時間がかかるのだろう、と思い、悟空は言うのをやめた。
18歳という年齢でここに入ってくるサイヤ人は悟空だけだったようで、お目付け役がいるらしい。
目つきは悪いが、どうやらそんなに悪い奴ではなさそうだ。――やっぱり弱そうではあるが。

「ああ、オラ、孫悟空だ!よろしくな!!」
「おいお前、俺は上司なんだから敬語くらい使え…」
「上司?敬語?…なんだそれ?」
「……まあそのうちちゃんと覚えてくれ。少なくとも、ベジータ様には…」

そのとき、ピリリと耳ざわりな電子音がして、ラディッツの持つ小さな機械が鳴った。
悟空にはなんのことやら分からないが、ラディッツがボタンを押してそれを耳に当てる。

「はい、こちらラディッツです。……はい、了解しました!」

突然ラディッツの顔が強張った。その機械を使って何かと会話しているらしいと理解した悟空は不思議に思いながらそれを見つめる。ラディッツはすぐにその機械を腰のケースにしまい、「行くぞ、ベジータ様にごあいさつだ。お願いだから、よろしくな!なんて慣れ慣れしいこと言うなよ、ほら行くぞ!」と悟空の腕を掴んで、バタバタと廊下を走りだす。

よろしくな、って言うのが慣れ慣れしいのか?
連れられて走りながら、悟空は眉をひそめて考える。
じゃあ、何て言えばいいんだろう。

ぼんやりと考え事をしていると、急に立ち止まったラディッツに危うくぶつかりそうになって、慌てて急ブレーキをかけるように止まる。
ものものしい大きな灰色のドアがあり、その周りにはよくわからない機械がついていた。
ラディッツがそこに何かカードのようなものを通した。

「孫悟空を連れて参りました。」

ラディッツが床に膝をつき、低い声で宣言する。
直後、「入れ。」と何やら内側から声が聞こえ、ギギィと鈍い音を立ててそのドアが左右に開く。
ずっと驚いた顔で立っていた悟空に気づき、ラディッツが慌ててその服を引っ張って床に座らせた。

「いて!な、なにすんだよ」
「いいから座れ!!ベジータ様だぞ!!」
「ベジータ様…?」

開いたドアの向こうに目をやると、そこに腕組みをして立っていたのは、自分より随分と小柄な、髪の逆立った青年だった。
この髪型はどこかで見たことがある、と思いながら記憶を探るが、いままで悟空が一緒に暮らしてきたヤードラット人はこのような顔つきではないし、一緒にいるこの男とも違うし、禿げ頭とも違うし、どこで見たのだったか――

「貴様が孫悟空か。俺は幹部のベジータだ。これから俺の部隊の下級戦士として働いてもらう。いいな。」

その小さな身体とは似合わず、ずいぶん尊大な物言いをする男だった。
確かに「よろしくな」と言いたくなるような人物ではないなと思いながら、悟空は神妙にその顔を見つめている。

「そして、お前にはサイヤ人としての名前がある。生まれたときからお前に埋め込まれているICチップによると、長い間行方不明とされていたバーダックの息子…カカロットだと分かった。お前は今日から、カカロットだ。分かったな。」
「…そういや、オラ、ちっさいころはそんな名前で呼ばれてたな……」
「か、カカロットだって…!?」

そのとき、隣でずっと静かに俯いていたラディッツが素っ頓狂な声をあげた。
ベジータと名乗った幹部は、ふっと口角を上げて厭味な笑みを形作る。

「そうだラディッツ、お前の弟だ。死なないようせいぜい面倒を見てやるんだな」
「お、弟?えっ、おめえ、オラの兄貴だったんか!?」
「信じられねえ…死んだと思ってた、カカロット!」

しかし、兄弟の再会というよりは、悟空にとってはやはりラディッツはこの前家に訪ねてきた知らない男二人組のうちの一人でしかない。
ベジータは下らないという顔をして、広い部屋の中にある大きな椅子に腰かけた。

「それにしてもお前はどうしてヤードラット人の集落になんて居たんだ。たまたま街に出てきたお前のICチップが反応したから見つけられたものの、このままヤードラット人の温い生活の中で生きるつもりだったのか?カカロット」
「オラは、5歳のときにヤードラットの父ちゃんと母ちゃんに拾われた。あのまんま、あそこで生きるつもりだった」
「ふうん?お前は血が騒いだことはないのか、戦いたいと」
「!」

挑戦的な瞳で見る彼を、悟空は思わず睨んでいた。
確かに、悟空は身体を動かしたり戦うのが好きで、いつも修業を欠かしたことはなかったし、自分を鍛えるのに努力は怠らなかった。戦いを好まないヤードラット人の中で暮らしながら、ときどき、どこかで思いっきり戦ってみたいと思っていたのも事実だ。
だが、何故それを知っている?

「フン、やはりサイヤ人だな。だが調子に乗るなよ。お前はあくまで下級戦士だ。俺は、サイヤ人の王子――いつか必ず超サイヤ人になる男だ。分かったら、さっさとそこにあるお前のIDカードと無線を取って下がれ。」

顎でひょいと指されたテーブルの上には、確かにカードのようなものと、ラディッツが先ほど話をしていた機械と同じものが乗っている。
しかし、悟空はベジータの偉そうな態度が何だか癪に障った。
同じ種族なのに、同じ生命体なのに、なんでこんな風に見下したような態度をとれるのだろう。
そしてようやく思い出す。
この逆立った特徴的な髪型は――そうだ、先ほど道すがらチラリと見たパンフレットの2ページ目に載っていた、「ベジータ王代表取締役」とかいう男の髪型にそっくりなのだ。

「おめえ、ベジータ王とかいう奴の息子か何かか?」
「あ…?何だ貴様、そんなことも知らんのか」
「カカカッカカカロット!おまえベジータ様に何て口をっ!!」

涙目になって慌てるラディッツは、何でこんな奴にヘイコラしているんだろう。
悟空は入社1日目にして、この会社のシステムに苛立ちを感じていた。

「そうだ。俺はベジータ王子。いずれ、あの父親がくたばったら、俺がここの社長になる。」

くたばったら。
実の父親にそのような表現を使うことに、悟空は自然と眉間に皺が寄っていた。

「おめえ、父親のこと何だと思ってる?」
「お前みたいに生ぬるい世界で生きてきたバカとは違うんだよ。誰に口きいてると思っていやがる?下級戦士の分際で」
「オラ、下級戦士じゃねえ。孫悟空だ」
「カカロットっっ!!いい加減にしろこのバカ!!」
「ふん、威勢がいいじゃねえか。こういうバカはあとで俺様がじきじきに分からせてやらねえとな…」
「…分からせるって、何をだ?」

悟空の口を必死にふさごうとするラディッツを、悟空はぐいと振り払いながら、目の前の幹部を静かに睨む。
相手はひるむ様子も見せず、余裕綽綽といったように意地悪く唇を引き上げた。

「力の差を、だ」

ああ、絶対に何か間違ってる。
そう思いながら、悟空は心の底がワクワクで踊りだしそうになるのを抑え、つられるように笑んだ。

「ああ、待ってるぜ。」


ベジータ王子の持つ、誰よりも強そうな気に、「ああ戦ってみたい」と思ったのは、やはり「サイヤ人」だからなのだろうか。



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