東北の大地震で被災している方々を思い、書かせていただきました。






希望




小柄なサイヤ人の王子は、腕を組んだまま不機嫌そうに眉を寄せた。
それというのも、朝早くに人間の妻に叩き起こされて渋々研究室に降りてきてみれば、わけのわからない機械とともに世界で一番憎たらしいライバルがそこに立っていたからだった。
橙色の胴着を身につけ、人懐こい笑顔を浮かべた彼が常時そうするように飄々と手を挙げて挨拶される。

「よう!ベジータ!早起きだなあ!」

寝起きですべての事象が鬱陶しく感じるベジータにとって、普段でも神経を逆撫でするような存在であるこの男の行動はますます苛々を増長させた。しかし口を開くのも癪で、むすっとしたまま目線を明後日の方向に逸らした。視界に入れるだけでも不快なのである。
青い髪の天才科学者はそんなサイヤ人二人の様子など気に留めもせず、自らが記したノートのようなものを机から拾い上げた。

「孫くん、ベジータ。こんな時間で申し訳ないんだけど、二人をここに呼んだのには理由があるの」

真面目な顔をしたブルマは、最終確認なのかその紙に細い指先を走らせながら、「1回しか言わないからよく聞いて」と二人の顔をちらりと見る。

「今現在、この世界は平和よ。宇宙人も襲ってきてないし、天候も穏やか。あんたたちは仕事もしてないから、また修行するだけでしょうね」
「…それで何だ。さっさと用件を言え」

欠伸を噛み殺しているベジータはただでさえ悪い目つきをさらに吊り上げて、彼の妻を睨みつけた。しかし、彼女の方は動揺するどころかまるで目も合わせず、淡々と続きを口にする。

「でも、世界っていうのは今私たちが住んでる世界だけじゃないの。この次元とは別の次元に、まったく別の世界というのも存在するのよ。」
「ジゲン?」
「難しいことはいいわ。孫くんにもベジータにも説明している時間はないの。その、別な世界の方で大変な事態が起きてるの」

聞き慣れない用語に無邪気に首を傾げた悟空だったが、大変な事態と聞いてその表情が真剣なものになる。

「宇宙人が攻めてきてんのか?」
「違うわ。詳しいことは私も分からないんだけど、人がたくさん住んでいる地域で大災害が起きたらしいのよ。あんたたちなら空も自由に飛べるし、人数としてはたった2人でもきっと力になれるわ」
「…じゃあ聞くがブルマ。そこで何故俺を選ぶんだ。ほかにも動ける奴はいるだろう。」

端から他人を助ける気などないベジータが不機嫌そうに呟く。
悟空の方も、「そうだ、もっと一緒に行った方が力になれる」と珍しくベジータの意見に同調した。

「それはね、ベジータと、孫くんにしかできないことだからよ」

ブルマは、研究室に置かれたその大きな機械をぽんぽんと叩いた。
まるで大がかりな仕掛けのようでもある緑色をしたその機械は、ブルマがボタンを押すとゆっくりと分厚い扉を開いた。
その向こうには、人二人が辛うじて乗れるくらいの広さのリフトのようなものが見える。

「この機械はね、別次元に飛ぶための装置なの。あたしたちが存在している世界とはまったく別なところへ飛ぶことになるから、そのときにかかるエネルギーも半端じゃないのよ。普通の――そうね、私みたいにかよわい女の子なら、即死するわ」

理論上ね。と彼女は青い髪を揺らして顔を上げ、理知的な瞳で瞬きをした。
かよわい、というところを強調したところで、悟空はそれを気にしてなどいないし、ベジータは小さく舌打ちをしたくらいだった。

「でも、サイヤ人の強靭な身体ならきっと大丈夫なはずよ。私が計算したんだから間違いないわ」
「待て。二人というのは分かった。だがそれならサイヤハーフでも事足りるだろう。何故俺がわざわざ手伝わなければならん」
「修行だと思って行ってきなさいよ。トランクスも悟飯くんもまだ子供だし…一番頑丈なあんたたちが行ってきなさい」

まだベッドに戻って寝なおすつもりであるベジータが反論しても、頭の回転の速いブルマに口で勝てる筈もなかった。
ぐっと黙り込んでから、「だったらカカロット一人でも」、とごねようとしたとき、黒髪の下級戦士が精悍に微笑んでそれを遮る。

「ここに入りゃいいんだな?」
「ええ、それから、向こうの世界に長くいるためには、その世界の人たちの希望の力が大事になるわ。あなたたち二人を信じて、希望に思ってくれる――それが、あなたたちの力になるの。孫くんがいつもみんなに貰ってる元気玉のような原理よ」
「ああ。分かった」
「待て、貴様ら、勝手に話を――」
「ほらっ、行ってきなさい!」

どん、とブルマがベジータの背を押した。
まさか強引に押し込まれると思っていなかったベジータは、先に入った悟空に倒れこむように機械の中に入ってしまう。
うわっ、と二人分の男の悲鳴は聞かなかったことにして、ブルマはそのまま扉を閉じるボタンを押す。
分厚くはあるが、ぼんやりと中が透けて見える半透明な扉の向こうで、ベジータが「開けろ!」と叫んでいるがそんなことを気にしていては彼の妻は務まらない。

「二人とも無事でね――!スタート!」

赤くてひときわ大きなボタンを掌全体で押し込んだ瞬間、今の今までそこにあった二人の姿は一瞬にしてかき消えた。




*****




ブルマには散々脅されたものの、ベジータも悟空もその持ち前のタフな身体はほとんど傷つかなかった。
気づけば二人は空中にその身体を投げ出され、慌てて体勢を立て直せばそこはまるで二人が見たこともないような世界が広がっていた。

「ど、…どこだ!?ここ…」

慌ててきょろきょろと見まわしても、周りには青黒く波立つ――これは海だろうか。
今まで悟空が居た世界のそれとは似ても似つかない、底知れぬ力を秘めたようなその水の塊は冷たい色を湛えている。
頬に当たる空気はひやりと身体を包んでいた。

「オラたちの居た世界に似てるけど……」
「明らかに違うな…大体、身体が重い……」
「ブルマは、大災害が起きてるって言ってたなあ。どこで起きてるんだ」

出てくるときに散々ごねていたベジータは、ここまでくると観念したのか眉を寄せながらもあたりの様子を入念に観察している。
ずっと地球育ちである悟空に比べて、フリーザ軍で多くの星を渡り歩いた経験のあるベジータは現状把握能力に長けていた。

「陸はあっちだな。ブルマのことだ、現場に近い場所に俺たちを送り込んだ筈だ。」

誰に言うでもなくそう呟くと、ベジータはそちらに向かって下降を始める。
悟空は呆気にとられたように2,3回瞬きをしてから、黙ってそれに従った。
ずいぶんと皮膚に染みるような冷たい風を切り裂きながら高度を下げていくと、ベジータの言った「陸地」の姿がだんだんはっきりと眼前に現れ始める。

「海岸だ、すっげえなぁベジータ!」
「馬鹿野郎、よく見やがれ」
「へ?」

悟空が間抜けな声を出してそこにもう一度視線を戻す。
すると、波が打ち寄せているところより沖側の方に、何かが浮かんでいるように――否、何かが建っているのが見えた。

「…家…!?」
「そうだ。陸の方も――どうなってやがるんだ?」

海の中に、ぽつぽつと家の屋根や電柱のようなものが見える。
それも、少しでも高い波が来たら波をかぶってしまいそうだった。
そこは街だったのだろう。それも、つい最近まで。
しかし、付近に人影はなく、その静寂は背中がうすら寒くなる類のものだった。

「海に…呑みこまれたんか?」

ごくりと小さく生唾を飲み込みながら悟空が低く呟く。

「波が、陸を襲ったんだな?そうだよな、ベジータ」
「……」

ベジータは答えなかった。
波に浚われたように家が潰れ車が折り重なる陸の方を、わずかに目を細めて眺める。
まるで、何かに押し流されたような深い爪痕。
そこはきっと港町であったのだろう、しかしその姿はあまりにも無残なものであった。

「これが、ブルマの言っていた大災害か」
「ひでぇ…街がなくなっちまってる…」
「……」
「…ん?」

悟空はぴくりと顔をあげた。

「…人だ」
「何?」
「人がいるぞベジータ、まだ生きてる!」

何故分かったとか、どうするつもりだとか、ベジータが悟空に聞き返す前にもう彼は猛スピードで飛び出していた。
大方、生きている人間の「気」を感じ取ったのだろう。
ベジータは自分の中で疑問を解決しながら、自らも精神を研ぎ澄ませて気を読む。
悟空が向かっている方向に、確かに、何人のものかも分からないが弱い気が感じられる。

「ちっ…」

さらにスピードを上げた悟空の背を追いながら、ベジータは舌打ちした。
波が襲ってきたときに逃げ遅れた人間が多くいたのだろう。
その中で、運よく波に攫われなかった者が生きてこの壊滅した街の中に残されていたのだ。
それは、海の中にぽつんぽつんと浮かぶ家々の中に、ひと際大きな建物であった。
屋上では、何か記号を描いて旗を振っている人の姿が見える。

「みんな安心しろよ、今助けてやっからな!!」

黒髪の下級戦士の姿が、その瞬間一気に金色に輝いた。
破滅的に美しい超サイヤ人のオーラが、それ自身発光してあたりを明るく照らす。
しかし、それは一瞬のことだった。
突然、悟空はその場に膝をついたのだ。

ゆっくりと背後に立ったベジータは訝しげに悟空を睨みつける。

「どうした?」
「…ッ、この世界で超サイヤ人になるんは、結構力使うみてぇだ…」
「……」

息を切らしている悟空は、顔面蒼白で冷や汗さえ流している。
この一瞬で、この体力馬鹿のような男をここまで疲労させる――それほど、この世界は全く異質のものであるらしい。

「超サイヤ人にならなくても助けられるだろうが、くそったれ」
「でもよお、身体が重いし…超化したら動きやすいかと思ったんだよ」
「大体、貴様はどこに連れていく気だったんだ?」
「…とりあえず、できるだけ海岸から遠くの街に…」
「どうやるつもりだ」
「飛んで運ぶ」
「キリがないだろうが」
「じゃあ、おめぇが陸地の方に居てくれ。おめぇの気を読んで、オラが瞬間移動を使う」
「超化だけでそんなに力を使うのにか?」
「…」

そのときだった。
屋上で旗を振っていた男が、振るのを一旦中断して呆然とこちらを見つめている。
それも当然だ、空を飛んでいる人間がいることに気付いたのだ。

「…孫悟空?」

男の呟いた声が、まるで拡声器で大きな声になったかのように頭の奥に響いた。

「孫悟空、とベジータ!?おい、見ろよ!」

隣に居て同じくシーツのようなものを振りまわしていた男が、「すげぇ…!」と感嘆の声を上げる。

「ドラゴンボールの悟空とベジータだ!!」

その瞬間だった、悟空もベジータも、同時に身体が一気に軽くなるのを感じた。
あれだけ鉛のように重かった身体が、普段暮らしている世界と同じ重力に戻ったかのように。

「おい、た、助かるぞ俺たち!!助けに来てくれたんだ!!」

涙交じりに喜ぶ声。
二人のうち一人が、屋上から降りて中へ走っていった。
直後、中からぞろぞろと階段を上って屋上へ人が出てくる。
その一人ひとりが、口ぐちに叫んでいた。

「悟空だ!」
「ベジータだ!!」
「助けに来てくれた!!」

屋上を埋め尽くしていくように増えていく人の数だけ、身体の奥には力がみなぎってくるようだった。
悟空は手を握ったり開いたりしながら、隣の小柄なサイヤ人に話しかける。

「…身体、軽くなったぞ…?ベジータもか?」
「どういうことだ…?」
「……あいつらのお陰かもしんねぇ」

悟空はいつになく冷静な瞳でゆっくりとほほ笑んだ。

「あいつらが、オラたちを信じてくれたから……」
「何…?」

訝しげな目線を寄越したベジータに答えることなく、悟空はもう一度全身から眩い金色の光を放った。
彼が自らの気を燃やし輝かせる、それは希望の光。
取り残された人々が託した希望の光だ。

「行くぞ、ベジータ!!」

こいつなら、きっとこの逃げ遅れた人間たちをなんとかできる。
そんな根拠のない、でも確信に満ちた思いを抱かせる。

この太陽にも似た男は、どの世界でも同じように自身が光となり、希望となる――英雄。





end.




途中眠くなってしまい、また一気に書いたため自分でも話の流れがよく分かりません
ツイッターのRTで、「カカロットはみんなを助けに行ってるから、今はテレビに出ていないんだよ。」というものが流れてきたのを見て、
悟空とベジータが助けに来てくれたら。と思って書きました。
今、救援隊が多くの方の希望の光。
一人でも多くの方の命が救われますように。


110312