認めない



実際は汗だくになっていても、この戦闘服はよくできていて、汗を吸い取りそれをすぐに蒸発させる。ところどころ破けてしまった箇所の方が逆にベタベタしていた。
何百台の戦車よりも凄まじいパワーのぶつかり合いで繰り広げられる組み手は、戦闘好きの純血サイヤ人であるカカロットと共にすることが多い。人間とのハーフであるガキどもは、いくら爆発的に強くなる要素があろうが基本的にサイヤ人としての戦闘欲が半減しているのだから、使い物にならない。
体力の続く限り戦って、一息吐いてみればうららかな春の風が汗に湿った頬を撫でる。
どさり、と柔らかい若葉の生えた草原に腰を下ろしたベジータのすぐ隣に、橙色の胴着を身に付けた男がまるで当然のように座り込んだ。
ふう、あっちいなあ。などとあっけらかんとした声で独り言を呟いた彼も、自分と同じく汗をかいているようだ。気弾で破った袖からは筋肉質な肩がそのまま露出されていて、あまりの近さにそれが触れ合う。
自分もノースリーブだったから、直接触れた肌が汗にひんやりしているのが分かってしまって、逆に心臓に悪かった。
もっと、あったかそうに見えたのに。

「…ちっ、近くにくるな!うっとうしい」

慌てて飛び退く。
どうせこの鈍い田舎者はキョトンとした顔をするのだろうと思った。――しかし、実際のカカロットはちょっと困ったように笑って、

「あ、…あぁ。わりぃな」

と少し寂しげに謝った。

そのときのその顔が今まで見たことのある彼とはちょっと違って見えて、あまりにも意外な反応だったから、だいぶ時間が経っているにも関わらずよく覚えている。
それからというもの、また変わらずに組み手はするのだが、どうにもベジータの中で何かが引っ掛かって、この下級戦士の行動が逐一癇に障るようになった。
見たくもないと思うのに、気づけば目で追ってしまう。
二人きりで組み手をするときならいざ知らず、大勢で居るときだってそうなのだから、ベジータは自分はどうかしてしまったのだろうかと本気で悩んだ。

そして極めつけに、なんとなく彼を眺めていると、いやというほど目が合う。

戦闘中だって、食事中だって、否、ただ立っているだけでも。

よく考えればこの男の方が自分を見ていたのだと理解したのは、そうやって目の合う回数が不自然に多いことに気づいてからだった。
いつも食事と修行のことしか考えていないような、頭の中が空っぽのくせに、そんなときの漆黒の瞳はやけに鋭く見えて、目を逸らすのはいつもベジータの方だった。
なんだかそれがカカロットに負けているかのようで、余計にベジータを苛々させる。

「…なんだ。」
「ん?」
「俺になんかついてるか」
「んーん」
「本当にうっとうしいやつだな、貴様」
「うん、わりい」

肩が触れ合ったときと同じように、少し困ったように、まるで遠くを見るように悲しげな笑顔を見せる彼に、ベジータはそれ以上悪態をつくことができなくて、黙りこんだ。
心臓が太鼓のように煩く鳴っていて、ああまた負けてしまったこの男に、と頭痛がしそうなほど体中が熱くなった。






いつもはぴょんぴょんと跳ねる黒い髪の毛が金色に輝き、体全体から迸る黄金の気に青白い電流が視界を焼く。
たとえ雨が降り始めようと、それが氷(ひょう)になろうと、一度始めた組手を中途半端に終わらせることはサイヤ人の血が許さない。
それは相手も同じだったようで、カカロットは冷たい翡翠の瞳でベジータだけを見据えている。
真っ暗になるほど垂れこめた雨雲から降り注ぐ大粒の雨に、彼も自分もずぶ濡れになっていくが、そんなことはどうだってよかった。
超サイヤ人2となり自分と対峙する男に、ベジータも身体中から力を絞りだして対抗する。

「うおおおお!」

電流がぶつかり合って火花を散らし、人間には到底見えない速度で繰り出される拳、蹴り、防御。
空中戦だろうが地上戦だろうが関係などなかった。
ただ本能の赴くまま、体が、血が求めるままの、凄まじい気が全身を突き刺して背筋がぞくぞくした。
まるで獰猛な肉食獣のような翡翠の瞳。
それがまっすぐに自分を見つめている。
その思考回路の中に、今は他のものは存在していない。

一瞬、その瞳に引き込まれてしまいそうな気がした。
それはコンマ1秒にも満たない時間だったのだろうが、ベジータを動揺させるには十分だった。

貪欲な戦闘民族サイヤ人。
この世にたった一人の、純粋な同胞の血潮が流れるサイヤ人。

今ここに、こいつと俺がいる以外に、サイヤ人は絶滅して宇宙のどこを探しても存在しない。
このカカロットは下級戦士なだけではなく地球育ちで、サイヤ人とは思えないほど甘い奴で。
でも、それでもこの瞬間、戦いのために存在するこの瞬間にこの全身が震えるような興奮を、満たされる快感を、同じ気持ちを共有できるのは、この男だから。
この地球だけではなく、宇宙を救った英雄だから。
自らをゴミのように扱ってきたあのフリーザを、この神々しい姿で倒したのはこの男。
他でもないこの男。
それが、今、自分だけを見つめて、自分だけに飛びかかる。


ドキリ。


ベジータは自分の心臓の音が聞こえた気がした
ドキドキドキと止まらない。
一気に顔が熱くなる。
なんだ、なんだこれ。

「…ベジータ?」

濡れた胴着をその体に纏わりつかせているカカロットが目敏く変化に気づいて、怪訝そうな顔をする。
戦闘中に集中を切らすなど、戦闘民族サイヤ人の王子として今までに有り得ないことだからだろう。
それでも、ベジータは自分で自分をコントロールできない。
頭の中が真っ白になって、ぎゅっと胸のあたりを押さえたけれどそれは何の意味もなさなかった。

「なんだ?具合でも悪ぃのか」

金髪の端整な顔が近づいてきて、ぴたりと雨に濡れた額を当ててくる。
視界いっぱいに広がるその顔に、触れ合った額のぬるい温度に、もはや呼吸をすることさえ忘れた。

動けなくなる
苦しい。
心臓の音がもっと激しくなる。
触れられたところが熱い。

「ッ…、な、なん…」
「熱はねぇな。」

ゆっくり額を離して、間近にある翡翠の瞳にじっと見つめられた、と思った瞬間だった。
唇に柔らかい感触。
それがキスだってすぐに分かったのに。
抵抗できないのはなんでだ
抵抗しないのはなんで
抵抗したくないのは、なんで?

「おめぇ、そんな可愛い顔してると襲っちまうぞ」
「…………ッ!?」
「おめぇがいきなり中断させっから、オラもてあましてんだ。止まんねぇからな」
「え…っ、な…!なに言っ…!?」

そのまま抱きしめられて、もう一度唇を奪われた。今度は、まるで食いつくように。そこから身体全体が痺れていく。
体は固いのに、どうしてだかもうその体に触れられているというだけで、涙が出そうなほど身体が震えた。
雨に奪われていく体温、触れた皮膚が熱い。

「んっ…う、ふぅう」

息もさせないほどのディープキス。
大きな体躯。
無駄のない筋肉。
美しい金髪。
翡翠の瞳。
暖かい掌。

そうか

まさか、俺は。

水で貼りつく服を剥ぎ取る彼に形ばかりの抵抗を示しながら、ベジータはぼんやりと考える。


絶対、認めないぞ、そんなの。






END.






「お前は、いつから俺のことが好きだったんだ」

「オラ?ずっとだ」

にっこりと太陽のように笑う、黒髪の彼。
下級戦士そのもののそれは全然好きじゃない姿だったはずなのに、もうそれがカカロットその人というだけでどんな姿も好きになるから不思議。










これ、ずっと前から寝かせてあったネタだったんですが
六八十円さんに「ほのぼのカカベジ」をリクされまして、引っ張り出してきてみました

ほのぼの…か…?
ツンデレは発動してるかも?
久しぶりにカカベジらしいカカベジを書いた気がしますが、いろいろとできそこないです。
表現が思いつかず、もう何て書こうかと考えるにも…オラの頭\(爆)/
というわけでした。(どういうわけだ)



110117

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