メタルライダー(ジャック)×スライムナイト(ピエール) リバっぽい擬人化です




PLACE




どこまでも澄んだ空に、遠くからキメラが鳴く声が聞こえてくる。
広い世界の中で、ほんの一部にしかすぎないこの森で生まれ育った魔物は成長してもその住処を変えることは少ない。
戦いに次ぐ戦いの中で、ピエールは一人溜息をついた。
この緑のスライムに乗って戦うのも慣れたものだが、本当は戦いをしたくてしているわけではない。

「そりゃっ!」

鎧に包まれた身体で剣を振りまわし、襲い来る敵を斬る。魔物だからと誰もがこうも凶暴というわけではないのだが、理由もなく戦いを好む、少し賢さの低い連中がいるからには戦いは避けられない。
ピエールはざくりと剣を地面に突き刺すと、緑色のスライムから降りた。頭に被っていた重たい兜を脱ぐと、春の若葉のような色のクセのある髪の毛がふわりと風に揺れる。

自由になった視界には、遠くで戦い続ける男の姿が映った。銀色のメタルスライムに乗り、ざくざくと容赦なく敵を斬り捨てている。自分とほぼ同じような形をした鎧を被っているのに、どこか冷たい印象を与えるその姿を、ピエールは碧い宝石のような瞳で静かに眺める。
自分は、緑のスライムに乗るスライムナイト。
そして彼はメタルスライムに乗るメタルライダー。
似て非なる種族であるが、彼の名はジャックと云い――
彼は、ピエールの異母兄であった。
ピエールと見分けがつかないほど似た顔立ちをしているにも関わらず、どちらかというと無表情で寡黙、ともすれば冷酷な印象すら与えるのは、血のように赤い瞳のせいかもしれなかった。
ピエールには血の繋がりのないスライムナイトの仲間がいるが、あまりこのジャックのことは好きではないようだった。
確かに冷たく見えるし、ほとんど口をきかないので恐ろしくも見えるのかもしれない。

(兄さん…)

しかし、ピエールはジャックのことを嫌だと思ったことは一度もなかった。
むしろ、この兄は誰よりも自分のような肉親を必要としているのだと感じていた。
射るような紅の瞳の奥にはいつも孤独な闇が宿っていたのを知っている。
風にそよぐ銀髪は自分のようなクセっ毛とは違いさらさらと流れ、まるで銀糸のように美しかった。
自分とほとんど同じような顔のはずなのに、色が違うというだけで――否、それだけではないのだろう、彼の纏う刃のような雰囲気は、自分とは対極に位置するものだ。
隠れて寝ている時間以外は、あの兄はほとんどこうやって身を削るように戦いながら過ごす。
休んだら、と言っても、ほとんど無視されて今に至る。
仲間のアーサーは、「どうしてあんな兄さんに構うんだ」とピエールを叱咤するが、ピエールにとっては兄の存在は特別なものだった。
強く気高く、いつも何か寂しげな心を隠すように戦い続ける。
それは、平和を愛するピエールの中でどこか憧れに近い存在だったのかもしれない。
そうして少しずつ自分の心が彼にとらわれていっていることにも、ピエールは気付いていた。

(兄さんは、どうして)

どうして、何かから逃げるみたいに、一人になろうとするの?



*****




違う種族なのに、血が繋がっているという感覚は奇妙なものだった。
ジャックは一日の間で食事と風呂と睡眠の時間以外ほとんど外すことのない鎧を脱ぎながら、青く光る月を見上げた。
これから3時間くらいは眠った方がいいだろう。体力も少なくなってきたし、あまり無理をすると倒れてしまう。
そうなれば、強者に食われて終わりだろう。それが魔物の世界というものだ。

(…否)

ジャックは、倒されかけた自分を想像して、首を横に振った。
その直後に、草の陰から飛び出してきて、自分にベホマをかけてくれる緑髪の弟の姿を期待してしまった自分を自己嫌悪した。
そんなもの望んでなんかいないのに。

碧い眼を細めて、にっこりと笑うピエールを思い出しながら、ジャックは溜息をつく。
どうしてあの異母弟は。
こんなにひとの心を持たぬ冷たい兄に、ああも一生懸命話しかけてくるのだろう。
いま自分を照らしている優しい月の光のように、彼はいつも遠くから見守ってくれていることも知っている。
戦いを好まぬ弟は、常に戦いの中にいる自分とは違う。
優しくて暖かい彼は、こんなに冷たく孤独の中にいる自分とは違う。

そのとき、ジャックの部屋の入口あたりで、カタリと小さな物音がした。
瞬時に、目つきが鋭くなるジャックは、すぐ手の届くところに置いてある剣を手にとると部屋のドアをじっと見つめる。
ベッドからゆっくり起き上がり、静かに立ち上がりながら剣を向けた。

「誰だ」

薄暗い部屋の隅にあるドアノブがゆっくりと下がった。
カチャリ、と小さな音がして、ドアが開く。
うっすらと照らす月明かりでその向こうに見えた者に、ジャックは片眉を上げて溜息をついた。
くるくるとクセのある緑の髪の毛の弟が、少し困ったように顔を出したのだ。

「…なんだ、ピエール」

緩慢な仕草で剣をしまいながら、ジャックは真夜中の来訪者に紅い眼差しを向ける。
たった今の今まで頭の中で思い浮かべていた姿がそこにあることに、どうしてだか心が軽くなるような気がしていた。

「今、寝るとこだったんでしょ?」
「そうだ。」
「そういうときでもないと、兄さんと話せないから」
「………」

ひょこっと部屋に入ってくると、なんとも勝手なことに、彼はジャックのベッドの上に座った。
兄さんも座って、と何故か客人が部屋の主にベッドの隣を勧め、しかたなくそこに腰を落ち着ける。

「兄さん、ボクは兄さんの事が心配で」
「心配?」
「だって、あまり寝てなさそうだし、」
「…言おう言おうと思っていたんだが」

ジャックは、静かに低い声で異母弟に尋ねる。

「なんでお前は俺に構うんだ?」

その言葉に、びくりとその肩が揺れたように見えた。
それほど強いことを言ったつもりはないジャックはその反応に多少心の奥の水面が揺れるように感じたものの、それ以上どうと言いようもなくただ黙っている。
なにか言いよどむように、何度か口を開きかけてはやめるピエールを、ジャックは急かすこともなく静かに座っている。

「兄さん、あのね」

ピエールは口が渇くのか何度も唾を飲み込んで唇を舐めた。
次にその唇から紡がれた言葉に、ジャックは人生で何度もしたことがない驚きの表情で赤い眼を見開く。

「ボク、兄さんのことが好きなんだ・・・」
「・・・・・・」
「気持ち悪いって思ったらごめん。でも、好きなんだ」
「ピエール」
「ごめん。今日だけしか言わない。もう言わない。だから許して。」

そう言うと、自分とほとんど同じような体躯をしたピエールが、その両腕でぎゅっとジャックの身体を抱きしめた。
一瞬何が起こったのだか分からなかったジャックは、トクントクンと伝わってくる心臓の音に、ようやくピエールが自分と体を密着させていることに気が付く。

「…ピエール…?」

ジャックが小さくつぶやいても、ピエールは動こうとはしなかった。
弟だからずっと小さいままとばかり思っていたピエールの腕は、自分とほとんど同じように成長した男の腕だった。
ジャックは、少しだけ紅い眼を細める。

「…ピエール」

春の若葉のような緑色をした髪の毛を、ゆっくりと撫でる。
ピエールは、いつもこの髪の毛を「くるくるしていやだ」と言っていたが、屍のような色をしたこんな銀髪よりもよっぽど柔らかくていいといつも思っている。

「――お前は俺みたいなのに構わなくても、もっといい仲間もいっぱいいるはずだ」
「ううん、ボクは兄さんがいい。」
「…」
「だって兄さんの傍にいたいんだ。」

そう言って、ぎゅうと腕の力を強めるピエールに、ジャックは少し目を伏せる。
そうやって無理やりにでも傍に居ようとしてくれるお前の存在が、孤独な俺にとって救いになってることを、おまえは知ってるんだろうか?
そうして俺にとってお前の存在が救いだったとしても、お前にとって俺の存在は救いになるわけじゃない。
お前にとって、俺の存在は価値あるものにはならない。
そのくらい、自分でも分かっている。

「ダメなんて言わないで兄さん。」

そんなことを言われたら、勘違いしてしまいそうになるから。
お前にとって、俺が。

俺は、お前の救いになりたいのに。

「ホントに、バカだお前は」

苦笑すると、弾かれたように頭を上げたピエールと目が合った。
碧い瞳に、半月が映って綺麗だ。
近づいてきた唇を拒むことなんてできるはずがない。


―お前がいてくれるだけで、俺は幸せだった。




end.



おおおおおおおおおおわた^q^
12月30日深夜の、小龍さん主催DQ5茶会において、モンスター擬人化で盛り上がり…妄想をみんなで形にして、その擬人化設定を元に茶会の時間内に2時間ほどで書いた突発産物です。



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