死ネタ注意。







切望



「半年、修行に付き合え」

両腕を組んでそう言ったのは、あろうことかあのベジータだった。
こっちから組手を誘っても、だいたい殆ど断られることの方が多いのに、一体どういう風の吹き回しか。
何か裏があるんじゃないか、と思ったりもしたが、それでも、ベジータから誘われて断ることなんて悟空には到底できそうもないことであった。

それからベジータがブルマに借りてきたC.C.製のカプセルハウスを拠点に、生き物の少ない荒れ地での組手を開始して早3週間だ。
二人っきりでの生活は思ったより順調で、いつもはあんなにツンケンしているベジータが殆ど毎食のように食事を作ってくれた。
不器用な悟空に作らせたらとんでもないものが出来ると知っていたのかもしれない。
しかし、彼は食事を作るだけで、何故かほとんど一緒に食べたことがなかった。
朝食はだいたい悟空が起きてくる前にはできている。昼食、夕食は、邪魔だから何処かに行ってやがれ、と追い払われて、呼ばれたときにはもうできていた。
テーブルに並べてあるのは、悟空のぶんだけである。

「おめぇは食わねえのか?」
「俺は、さっき食ったからいいんだ」

何度聞いても、いつも同じ返答だった。
しかし心なしか、だんだん線が細くなってきたような気がするし、あのベジータが戦闘にもキレがない。

なにか、おかしいんじゃないかって、
――思っては、いたんだ。


修行を開始して4週間と2日目の日、なんとなく体が一回り小さくなったようにさえ見えるベジータは、あっという間に息が上がっていた。
空中戦にも関わらずあまり大きく動こうとしないし、得意の気弾攻撃には少し距離をとった方が有利なはずなのに、悟空の攻撃を防御しているのが精一杯。
らしくない、と眉をひそめて、まだ始めたばかりだが一度休もうか提案しようとした、そのときだった。

「お、おい、ベジータ!!」

ふっと瞼を閉じたベジータが、そのまま気を失ったのか、急速に落下を始めた。慌てて気を高めてダッシュすると、地面に落ちるぎりぎりでベジータの体を抱き止める。
重力加速度によって数百倍もの重さになるはずのベジータの体は、悟空の腕に抵抗なく収まる。
その衝撃でうっすらと目を開けたベジータの顔色は真っ白で、血の気が感じられなかった。

「ベジータ、でえじょぶか!?何か、どっか悪ィんじゃねえか!?」
「……。」

冷や汗さえ浮かべているベジータの体は、だらりと脱力している。意識も朦朧としているのか、青白い唇は何の言葉も紡ごうとしなかった。
とりあえずカプセルハウスへと、なるべく揺らさないように向かう。
ベッドに運んでやり、靴と手袋を脱がせて掛け布団をかけてやると、そのまま眠り始めてしまった。
こんなことは初めてだ。
ベジータは悟空と同じサイヤ人なのだから、食欲旺盛で戦闘意欲の塊のはずなのに。
――おかしい。

悟空は、普段使わない頭で考えた。
ベジータは何が何でも真実を言おうとしないので、何か彼の体調の変化の原因を探れないかと思ったのだ。
…まさか、病気?
嫌な予感が胸中を渦巻く。突然修行に誘ったのも、もしかしたら何か理由があったんじゃないか。
一番知っていそうなのは、ブルマだと思う。
だとすれば、瞬間移動で行って聞いてみれば――

「カカロット」

突然名を呼ばれてドキリと振り返れば、眠っていたはずのベジータが、目を開けてこちらを向いていた。

「カカロット、寒い、こっちへ来い」
「…ベジータ?」
「早く」

辛そうに顔を歪めている。招かれるままに、悟空はギシリとベッドの上に乗った。
布団の中に体を滑り込ませる。
先ほど手袋を脱がせたベジータの手を手探りで見つけて触ってみると、ほとんど氷のように冷えきっていた。

「冷た…!ベ、ベジータ…」
「だから、寒いと…言っただろう」

不貞腐れたように顔を背けるベジータに、にじり寄るように近づいて体温を分け合う。あんまり露骨に抱き締めたりすると怒るだろうからと、悟空はさっき探し当てた冷たい手をぎゅっと握るだけに留めた。
そうすると、ベジータも少し力は弱かったものの握り返してきて、なんだかそれだけで妙に嬉しかった。


そのまましばらく寝ていると、ようやく体調が少し良くなったらしいベジータがむくりと起き上がった。

「もういいんか!?寝てた方が…」
「うるさい。ちょっと貧血だっただけだ」
「……」

ベジータが貧血?
なんだか最近痩せてきたのは間違いないし、
顔色だって良くないのに。
何かが変だ。
悟空はそう思いながらも、ベジータが何も言わないので詳しく聞けなかった。
知らないままでいてほしいと、その漆黒の瞳が嘆願しているようにさえ見えた。

「そっか…。無理すんじゃねえぞ」

諦めてそう声をかけると、彼は少し安心したように微笑んだ。





しかし、悟空の見て見ぬ振りは、そう長くは続けられなかった。あれからさらに3週間が過ぎた頃、相変わらず食事はあまり摂っていない様子のベジータは、明らかに弱っていた。
痩せるなどという次元ではない。
修行に来たというのに、すでにベッドから起き上がるだけでも足元がおぼつかなかった。最近は、悟空は自分で適当に作った料理を食していたが、それをベジータはほとんど口にしない。否、ここに来た時点から、本当はあまり食べていなかったのだろう。
あんなにしっかりと付いていた筋肉は見る影もなく、すっかり骨と皮になってしまったその姿を黙って見ていられるほど、悟空は心が強くはなかった。

「おめぇ、ほんとは病気なんじゃねえのか?」
「……」
「なあ、何でなんにも言わねぇんだ」
「うるさい。」
「オラ、おめぇが心配ぇだ。」
「うるさい…っ」

ベッドの端に腰かけていたベジータは、うるさい、と言いながら肩を震わせる。
俯いたその顔から、ぽたり、ぽたりと滴が膝の上に落ちた。

「おい、…、ベジータ……」
「…ッ…う……」

嗚咽を漏らすベジータに、悟空はおろおろとしながら隣に座る。
もともと背が低くて一回り小さかった彼は、今はもう指先で突いたら転がってしまいそうなほどだった。こんなにすぐ傍に居ても、気がほとんど感じられない。
涙を流すベジータを見ていられず、悟空はそっとその体を抱きしめる。
そうすると、いつかその体を抱いたときよりも随分と骨ばって、痛いほど細い体はまるで彼のものとは思えなかった。

なんだこれ。

なんなんだよ、これ。


「俺だって、…っ死にたく、なんてないッ……!」
「ベジータ、」
「なあ、カカロット、死にたくない…っ、助けてくれよぉ…!!」

掠れていて、決して大きな声ではなかった、しかしそれは、ここに来て初めて聞く彼の心の叫びだった。
涙に濡れた頬を固い手の平で拭ってやりながら、悟空はその乾いたくちびるにキスをする。


そうか、おめぇは、自分が死ぬの分かってたんだ。
それで、最期を看取る人間として、オラを選んでくれたんだな。

ズキリと心臓が痛い。
何で、何でこんなに早く、死ななきゃならない?

「ごめん、ベジータ、ごめんな」
「う……ッ…」
「オラ、おめぇに何にもしてやれねぇ……」

こうやって抱き締めていたって、刻々と近づく死の刻を延ばせるわけじゃない。
どんな言葉をかけたって、どんなに一生懸命看病したって、その身体を蝕む病気を治せるわけじゃない。

「薬は、ねぇんか?」
「……地球には、ない。」
「ブルマに頼めば、なんとか…」
「そんなに早く特効薬ができるようなら……地球上の全ての病気は、絶滅しているだろう?」
「じゃあ、おめぇは…」
「もう、無理なんだ。でも、俺は死にたくないっ、死にたくなんてないっ」
「おめぇに会えなくなるなんてやだ、オラ…!」

死にたくないと、ベジータが叫ぶ度に悟空も涙がこみあげた。
なんで。
こんなことって、あるのか。
誰よりも戦闘が好きでプライドが高くて。
最高の好敵手だった、ベジータ。
あんなに冷たく残酷な奴だったのに、気づいたら地球でみんなと暮らすようになって。

オラは、嬉しかったんだ。


「なあ、カカロット」
「…ん?」

その細い体を潰してしまわないように、でも強く強く抱き締めていると、彼は唐突に顔を上げて、漆黒の瞳を真っ直ぐに向けた。

「俺は、お前に逢えて良かった」

小さく微笑んだその表情に、瞠目した。
聞き違いじゃないのかと、でも、ベジータの黒い瞳に映っているのは間違いなく自分だった。
そうだ、こいつは死ぬ時にでもならないと、ほんとのことなんて言いやしない。
だからって。
最後の最後に、こんな言葉遺すなんて。
何て残酷な奴なんだ。

――絶対忘れることなんてできないじゃないか。

「オラも。おめぇに逢えて、……よかった…っ」

情けないくらい、ぼろぼろと涙が出て、ベジータはそれを見て「泣いてんじゃねぇ、情けない奴だ」なんて言って笑った。自分の方がずっと泣いていたくせにそうやって言うのが彼らしくて、悟空はつられるように泣き笑いをした。




その3日後、ベジータは悟空の腕の中で、眠るように息を引き取った。
半年と言った修行。
まだ3ヶ月も経っていなかった。

だんだん冷たくなっていくベジータの遺体を抱き締めながら、悟空はぽたぽたと涙を流す。
どんなに傍に居ても、体温は戻らない。
閉じた瞼は、もう開くことはない。
また言ってくれよ、この馬鹿野郎って。
いちいち泣くな、情けない面だって。
鬱陶しい、さっさと離れろって。
言ってくれよ。

「なあ、ベジータ…、何でだろうな。オラは、全然眠くねぇんだ……」



おめえは、こんなに安らかに眠ってるのに。






END.






ベジータ死にネタでした。


mixiにおいて、「どうしよう、オラ全然眠くねえんだ、ベジータ」という電波なボイスを書いた私に、
とあるR様が「ベジータの遺体の横でそう呟いてる悟空を妄想した」と言ってくださったところから
ベジータ死にネタを書きたいという思いがずっとありました。
たまたまお風呂に入ってるときに死にネタにできそうな感じのネタが浮かんだのでさくっと…。
そういえば、悟空死にネタはたくさん書いたけど、ベジータ死にネタで悟空残される系は初でした。




101105

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