naturally



うっすらと開いた瞼の隙間から目に映るのは、ほの暗い部屋の天井ばかりだった。
カーテンからは明るい光が漏れてこないところから見ても、まだ陽が昇っていないのだろう。
キングサイズのダブルベッドには、時々隣で眠る妻とは違い、随分体格の良い人物が大口を開けて大の字に寝こけている。
思ったより鼾もかかないし、多少寝相が悪いもののこのベッドの広さならそれほど被害はない。
暗闇に目が慣れて来ると、その横顔が少しずつ輪郭をはっきりとさせる。
幾度となく地球を救った英雄。下級戦士のサイヤ人でありながら優しく人懐こい、暖かい笑顔の似合う宇宙最強の天才。

「……」

カカロット。
今は瞼を閉じて安らかに夢の世界を漂っているようだが、いつもなら、こんな風に見ていたらすぐに気付いてくる。
どうしたベジータ、って優しい声で顔を覗き込むのだ。
そうやって彼に見つめられると思わず目を逸らしてしまうけれど、本当はそうされるのが嫌いなわけじゃない。
だって、そのときお前の視界には間違いなくこの俺しか映っていないのだから、悪い気がするわけがないのだ。

ブルマが出張でいないこの1週間、泊まり込みで修行をするという名目でやってきた悟空は、昼間の時間のほとんどを組み手で費やしたあと、交代で作った食事をたらふく食べてはこうして隣に眠るのである。
勿論、眠るまでの間にさらにベッドの上で運動をしてから風呂に入るわけだが、汚れたシーツを洗濯機に入れるのはいつもベジータであった。
悟空は、「乾いたらもう1回くらい使えねぇか?」などと信じられない台詞を吐くものだから、結局ベジータが洗濯し乾燥させるのである。ただし、ベジータがやるのはシーツを引っ剥がして洗濯機に放り込むところまでであり、そのあとは機械が綺麗に乾燥まで行ってくれて、ベッドにシーツを敷くのは悟空の役割である。「貴様が汚したんだから貴様が敷け」と言うと大体は「おめぇのが一番飛んでたと思う」などと口応えをするので、「俺が洗濯してやったんだから、敷くくらいやりやがれ」と言うようにしている。

今何時だか分からないが、多分2時か3時くらいだろうか。
つい数時間前に自分を組み敷いていた男は、隣ですっかり安眠しているのである。
どうしてこんな時間に目が覚めてしまったのだろうか、カカロットが明日の昼で帰ってしまうからだろうか。
ほとんど夢のように過ぎて行った1週間、やはり重力室で一人でやっているのとは比べ物にならないくらい良い修行ができた。

薄暗い視界で、静かに胸を上下させている英雄の、その発達したしなやかな胸筋に何となく目が行く。
だらしなく着た寝巻きが肌蹴て、すっかり健康的な色をした肌が露出しているそこは、無駄なくついた筋肉の上に滑らかで張りのある皮膚が覆っている。

(綺麗な肌だな…)

あれだけ戦い傷ついているというのに、血色が良く暖かそうなその肌。
思わず手を伸ばしていた。
いつもは手袋をしている手は、今は素手だからなのか、そこに触っただけでしっとりと皮膚の湿気を感じる。
思った通り弾力があって、触り心地の良い綺麗な肌。
とくんとくん、とわずかに感じる心臓の鼓動は、いつもより少しゆっくりに感じる。
ベジータは、悟空が寝ていることも忘れてそこをゆっくり撫で上げていき、首筋を通って、だらしない顔で寝ている頬を撫でてみる。
まるで子供のようにぷにぷにした感触が面白くて突っついていると、急に悟空が顔をしかめた。
ドキリとして思わず手を離すが、すでに遅かったのか悟空はうっすらと重そうな瞼を開ける。

「ん〜…なんだよベジータ、くすぐってえ」
「…っ!」

少し掠れた声で、眠たそうにゆっくりと喋る彼の声は、静かな真夜中に慣れ切っていた耳にやたら大きく響いた。

「オラが寝てて寂しかったんか?」

悟空は寝ぼけながらもとんでもないことを言い放ち、子供にそうするようにばさりと布団をかけなおされ、さらにその太い腕で思いきり抱きよせられる。
さきほど触っていた胸元に顔が押し付けられて、ベジータの心拍数は一気に急上昇した。
耳が脈打っているかの如くドクンドクンと煩い心臓の音が、もしかしてカカロットにも聞こえてるんじゃないか、とベジータは半ば怯えながらそっと真上にある顔を見上げたのであるが、当の男はまたすっかりと寝入ってしまったようで、ぴくりとも動かなかった。どれだけ息を吸ってみてもカカロットの匂いばかりが身体を包んでいる。
すうすうと寝息が聞こえはじめても、ベジータの心臓は一向に落ち着こうとしない。

(こ、こんなんで寝られるか…っ!)

しかし、寝ているにも関わらず思った以上の強さで抱いている腕は容易には外せないし、掛け布団が一枚であるのだからこうやっていれば絶対に寒くはない。それは間違いない。
少しでも動いたらまた起き出すのではないかと思いながら黙って目を閉じていると、不思議なことに徐々に思考がぼんやりとしてきた。人が寝ているときには何か放出しているのではないかというほど眠気が伝わってきて、あっという間に夢と現実の境目が分からなくなっていく。
ベジータは、あんなに寝られないと思っていたその直後、そのまま眠ってしまっていた。



*****



少し部屋が明るいのでぼんやりとベジータの思考が現実に帰ってきた。
昨晩は変な時間に目が覚めてしまったせいか少々寝起きの頭はすっきりしない。
瞼を少し開けてみると、目の前に現れたのは健康的に日焼けをした胸元だった。
うっすらと昨夜の記憶をたどれば、そういえば寝ぼけて抱きしめられたまま眠ったのだったと思いだす。
朝まで結局同じ格好のままだったのだ。
しかも。

「起きたか?」

あろうことか、自分を抱きしめているこの男の方が早く起きていた。

「!!き、貴様、何で起きて…」

寝起きだというのに一気に耳まで真赤に染めたベジータが噛みつくように叫んでも、悟空の方は飄々と微笑むばかりだった。

「ベジータの寝顔見てた。かぁいいな」
「きっききき貴様ぁっ!卑怯だぞ!」
「だって、今日はオラのが早起きだったんだからしょうがねぇだろ。」

この1週間、ずっとベジータの方が早起きだったのだ。
寝汚いこの男は、朝はしばらく布団から出てこないので呆れかえって朝食を作るのはベジータばかりだった。
最後の最後に何だか負けたような気がして、さらに何か文句を言おうと口を開きかけると、悟空はその暖かい手でベジータの上気した頬をふわりと撫でた。

「おめえ、綺麗な肌してるよなぁ」
「な…!?」
「だって、ほっぺプニプニだし」

それは奇しくも、つい昨晩ベジータが悟空に対して思ったのとまったく同じ感想であった。
なんだ実はこいつは心が読めるんじゃないのか、とベジータは眉を寄せる。

「…貴様がそれを俺に言うのか」
「へ?」

しかし、当然だが、悟空がそれを言ったのはまさに偶然の産物であり、ベジータが夜中に悶々としていたことなど知る由もない。何のことだか分からない、という顔で首を傾げる彼に、ベジータは慌てて顔を背けた。

「…なっ、何でもないっ」
「オラは全然肌綺麗じゃねえからさあ。傷の痕いっぱいだし」
「それは俺だって同じだ」
「そんなことねえよ、だってベジータの肌さわり心地イイもん」
「貴様だって、綺麗な肌、…ッだからなんでもない!」
「…へへ、でもおめぇにそう言われっと嬉しいな!」
「うるさいっ!そしていい加減離しやがれ暑苦しい!」
「やだ、だってベジータあったけえしキモチイイ」
「死ねこのくそったれ!!」

離れろと暴れれば暴れるほど、ぎゅうぎゅう鬱陶しく抱きしめてくる腕は確かに暖かい。
忌々しいと言わんばかりに睨みつけてやると、不意に悟空は少し寂しそうな顔をして、ベジータの広い額に柔らかい唇でキスをした。

「今日で終わりだもんなあ、おめぇん家に泊まるの」
「…ああそうだ。ブルマが帰ってくるからな」
「もっと一緒にいたかったな」
「馬鹿野郎。十分だろうが、1週間も泊まり込んだんだぞ、人の家に」

そう言いながら、ベジータは悟空と目を合わせないようにした。
何か、余計な気持ちがばれてしまっては面倒だから。

「じゃあ、次はオラん家に泊まってかねえか?」
「お前は本当に馬鹿なのか、家族がいるだろうが!」
「だって、修行するんだっつったらきっとチチも許してくれっぞ?」
「お前は、自分の妻が居る家で俺にこんなことをするつもりか?」
「だめなんか?」
「ダメに決まっているだろうが!!何を考えていやがる!!」
「何でダメなんだ?」
「貴様は俺より地球に居る期間が長いんじゃなかったのか?」
「ああ、そうだけど、それに何の関係があるんだ?」
「貴様に常識が欠けていることはよくわかった」

この男が築き上げた家庭を、今幸せに暮らしている家庭を壊すようなことは、ベジ―タにはできそうもなかった。
悟空には、ベジータとこうしていることが彼女たちに対する裏切りであるという気持ちがないらしい、それだけがベジータにとって救いであった。もし、彼がその事実に気づいてしまったとき、気まずい思いを抱えて自分に会いに来られたら、どう扱っていいかなど分からないだろう。否、きっとそれに気付いたら、この男はここに来なくなってしまうのではないかとベジータは危惧していた。だから、悟空に詳しいことは絶対に話さない。自分よりも家族との絆を選ばれてしまったとき、自分はそれを受け止められるという自信がなかった。自己の存在そのものが揺らいでしまう気がした。
最後の同族で、最後の理解者。
こんなにも依存しているのが自分だけだったらどうしようと、そればかりが浮かんでは消える。

「今まで通り、誰も家にいないときだけだからな。分かったな、カカロット」
「おめえ、そんなにオラより家族が大事か?」
「…なに?」
「別にいいんだ、家族を大事にすんのはいいことだ。けど、オラと二人で居る時くらい、嘘でもいいから、オラのことだけ考えてくれねえか」

不満げな少し子供っぽい顔をした英雄を、ベジータは信じられないものでも見るような目で見上げた。
――こいつは、本当に人の心を読めるんじゃないのか?
みるみるうちに顔に血液が集まってくるのを感じる。

「……あ……」

何という言葉を発していいのか見当もつかない。この天然鈍感男にそんな独占欲じみたものがあったのかと思うと、しかもそれが自分に向けられていたのだと思うと、どうしようもなく歓喜する心を抑えられそうもなかった。

「真っ赤だぞ?ベジータ」
「う、…うるさ…っ」
「オラは、おめえと会うときは、他のことなんて考える余裕ねぇんだ。でもオラだけそうだったら寂しい」
「――っ、この、くそったれ馬鹿野郎ッ」

これ以上、そんな台詞を並べ立てられたらたまったものではない。
もう喋るなと言わんばかりにその唇に自分のそれを重ねて、ベジータはそのまま悟空の胸に顔を埋めてしまう。
ぎゅう、とその大きな体躯を抱きしめながら、本当にこの男を誰かどうにかしてくれと混乱しかけた頭の中で願っていた。

「おめえ、本当可愛いなあ」

愛しげな声が真上から聞こえても、ベジータにはもう顔を上げる勇気などありはしなかった。
だって今絶対、嬉しいのと情けないのと恥ずかしいのとドキドキが収まらないこの気持ちのおかげで、ほとんど泣きそうになっているのだから。




END.





一番欲しい言葉を、一番欲しい形で、一番欲しい時に言ってくれるカカロット。
もちろんそれが偶然だったとしても、カカロットの存在はベジータの救いです。

半端無くホノボノしとるうう!!
しかし拍手文にしちゃ長いイメージ…ていうか、拍手用の話をどうしても拍手に上げたいのでこれは拍手文にしませんでした。
相変わらず風呂の中で浮かんだネタであったりします。
ベッドでうだうだ話してる何かを書きたかったみたいです。





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