欲求


折角うとうとと眠っているところを邪魔されて、気分は最悪だ。
最近寝不足続きで疲れているというのに、疲れすぎると身体は睡眠をとることさえ拒絶しはじめるのかなかなか眠れなかったのだ。
ようやくぼんやり瞼が重くなってきて、久々の睡眠にふわふわと気持ち良く意識を浮かべていたところに、突然のバカでかい気。
直後に真横から聞こえた忌々しい声。

「ベジータァ?…寝てんのか?」

見て分かるだろうが、さっさと居なくなりやがれ、と頭の中で強く念じても、空気の読めなさにかけては天下一の目の前の最強サイヤ人はあろうことかぺちぺちと頬を叩いてきやがった。
眠りかけていた頭が一気に冴えていくのが分かる。
最悪だ。
最低最悪だ。
しかもどうせこいつは、

「何してんのかなぁーっと思って!来ちまった!」

特に大事な用事があったとか、この煮えたぎる不機嫌の中でも少しは納得できそうな動機などで来たはずがない。

「ふざけるな…」

地の底から響くような低音でベジータが呟くと、ようやく「機嫌が悪い」ということに気付いたらしい。

「あ、ワリ……起こしちまって怒ってんのか?」
「貴様……瞬間移動はやめろとあれほど……!」

先ほどの微睡みが気持ち良すぎたせいで、今は最悪に苛々していた。
ベッドから飛び上がって奴に殴りかかる。
しかし、下級戦士ながらまぐれで超サイヤ人になれたという悟空は間一髪でそれを避け、「ひょー、あぶねぇあぶねぇ…」などと呟いた。
ああ、苛々する。
なんでこんな間抜けた奴が超サイヤ人で。
王子の俺は超サイヤ人になれないのだ!
なんだか、その顔を拝んでいるだけで虫酸が走る。

「俺は最近寝てねぇんだ!貴様に邪魔をされる筋合いはない!!」
「ああ…そっか。超サイヤ人になりてぇんだもんな、おめぇも…」
「……っ…貴様、俺をバカにしてるのか!」
「ちげぇよ、早く戦いてぇんだ……」

そう言って彼は一歩近づいて、真っ黒の瞳でこちらを見つめてくる。
忌々しい体格差で、それを見上げる形になりながら、ベジータは目を逸らすことができなかった。

「超サイヤ人になったおめぇと、早く戦ってみてぇ…。」

背筋が凍るような笑み。
それは、今まで見せていた地球人孫悟空の顔ではない。

…ああ、やはり、こいつもサイヤ人なんだ。

ベジータは、この男は間違いなく最後に残った同胞であることを噛み締める。

「フッ、少しはサイヤ人らしくなってきたじゃねぇか」
「サイヤ人らしいってのはどんなんだか分かんねぇけど……おめぇと戦いてぇ。おめぇ見てっとウズウズすんだ。超サイヤ人になったおめぇを想像するだけで、」

今日のこいつは随分と饒舌だった、興奮したように喋るその顔をじっと見つめていると、不意に先程まで底が見えないほど真っ黒だった瞳が緑がかってきたことに気がついた。
そして、戦闘中でもないのに妙に気が膨れ上がっている。
直後、ベジータは首を片手で掴まれたと思うと思いきり壁に叩きつけられた。
カプセルコーポレーションの丈夫な壁にビシッと鋭いヒビが入る。
鍛えられた首にギリギリと食い込む指にひゅうと細い息を漏らしながら、思いきり相手を睨み付けて――ベジータは戦慄した。
黄金の髪、冷たく研ぎ澄まされたペリドットのような緑の瞳、ビリビリと肌を裂くような爆発的な気、どれも、さきほどまでの間抜けな男と同一人物とはとても思えないものだった。
直後に感じたのは圧倒的な力に対する恐怖だけではなかった、初めて見るこれこそが超サイヤ人であるのだとベジータは確信していた。
これはあの薄汚い下級戦士であると分かっていながら、全身が打ち震えるのを止めることはできなかった。
ああ、
なんて、美しい。

「オレは平和な毎日も好きだ。だが――おめぇを見てっと、血が騒いじまう…戦いてぇ、強ぇ奴と全力で戦いてぇって……」

にぃ、と裂けるように唇を引き上げ、首を掴んだまま悟空…否、カカロットが強引に唇を重ねてくる。
もはやベジータに抗う術はない、伝説の戦士となったこの男の力を数値にしてみたい。だが、スカウターがあっても瞬時に爆発していただろうと思う。あのフリーザ、変身前で53万だという戦闘力のあいつに勝ったのだから、……

「…抵抗しねぇんだな?」

どうしちまったんだよおめぇ。と見下ろす彼に言われて初めて、自分が抵抗らしい抵抗すらしていなかったことに気づく。
男であり、憎むべき敵であるはずのカカロットにキスまがいのことまでされたというのに。

「…っ」

別に、別に、超サイヤ人となったカカロットに見惚れていたわけじゃない、断じて違う。
かあっと頭に血が上って、ベジータはカカロットの鳩尾に膝蹴りを食らわすが、奴はぴくりとも動かなかった。
こうなることが解っていたから動かなかったのに、と口惜しくなる。
さすがに、掴み続けられた首で血液が止まって、息も苦しくて、ベジータの顔が苦痛に歪んだ。

「…今のおめぇじゃオレの相手にゃならねぇ」

そうか、そういえば一人称も違うんだ。
だんだんぼんやりとしてきた意識でベジータはそんなことを思った。

「オレは待ってっからな。超サイヤ人になったら、一番最初に戦ってくれ。なあ、ベジータ」

もう一度、眩しいほど輝く金色のオーラに包まれながら、奴は噛みつくようにキスをしてくる。
まるで、オレのものだと言わんばかりに。
ぬるりと咥内に入り込んできた熱い舌に、ベジータはざわりと鳥肌がたつ。
それを思いきり噛んでやると、舌を引っ込めて、ついでに首も離してくれた。思わず前屈みになって、首を押さえながら数回咳き込む。


「…いってぇ。」

カカロットはさして痛くもなさそうに、血が出ている舌をぺろりと出した。
ああ、なんで、たったそれだけの仕草が。
同じ人物のはずなのに、こんなにも違うんだ、くそったれ。

「なぁ、ベジータ」

奴は確かに、嗜虐的に口角をあげた。

「オレ、やりてぇ」

たった二言のあとには、ベジータは自室のベッドに沈められていた。文字通り、スプリングが壊れるほど。

「好きだろ、おめぇ。超サイヤ人。」
「…ッ、ふざけるな、下級戦士の分際で!」
「王子のおめぇはその下級戦士がなれた超サイヤ人にもなれてねぇのに?」
「黙れ黙れ黙れぇっ!!」
「喚くなよ、うるせぇな」
「お前には分からないんだ、俺がどんなに……」
「ああ、分かんねぇよ。おめぇのことなんて」

だから、知りてぇんじゃねぇか。

自分に覆い被さる男の、冷たく凍るような笑みにベジータは思わずぞくりとした。
すべてがどうでもよくなるくらい。
それは、長いこと自分が欲してきた存在。
脳が痺れていくかのような。
非情になれ、とこいつに言い遺したことがある。
言われなくても、随分と好戦的で、相手のことは戦闘の対象としか思わないような目だ。
あのカカロットが。
こんな風になるなんて。

「可愛いなあ、おめぇ。」

そう言って頭を撫でられる、それはこの上ない屈辱。
踏みにじられていくプライドが汚れて砕け散るのを感じながら、ベジータはただただ目の前のカカロットを見上げた。

きっともうだめだ。

優しくて甘いカカロットの変貌。
こいつになら、何されたっていいと思ってしまった時点で。





end.




想像以上のカッコ良さにノックアウトされたベジたんでした。