月も、星も無い真夜中の闇。灯台の淡い火が、一瞬の風に吹かれて揺れた。

「・・・・」

真下から、見上げてくる瞳。殆ど抵抗せずに押し倒されておきながら、呆れたとばかりに溜息をつく唇。

「政宗」

「・・・・・・」

押し倒しておきながら、無言で見つめているだけの政宗の頬に、その長細い指が微かに触れた。

「・・・何が望みだ?」

「・・・・・」

【何が望みだ?】
頭の中で反復する。温もりとは程遠い、冷えきった声と指先。


今さら、何を問う。
望むものなど、今更、何も有りはしない。
願望なんていう、生半可で綺麗なものじゃない。
知っている癖に。


質問が可笑しくて、思わず笑う。けれど、この男には自嘲したように見えたかもしれない。その双眸を、不振そうに細めた。

「・・・・直江」

髪を撫でる手首を握り、引き剥がす。そのまま、床に押し付ける様にして組み敷いた。

「俺は何も望んでない」

「・・・・」

「ただ・・・」

・・・・内側から徐々に沸き上がる激情の波が、しだいに大きく膨らんでいく。


名前を呼ぶ、その声が。
見つめてくる蒼い瞳が。
悟ったような物言いと、
何も縛られない、
圧倒的な静。
その、隆起の無い態度が。

憎たらしい。



今の自分は、この男にどう映っているだろうか。

内側の激情は、もう喉元までせり上がっているのに、この隻眼と声は、機械の様に無機質で冷静に響いたに違いない。
この男と対峙したに時だけ現れる、両極端な自分。
この、歪曲した独占欲。

「・・・・・・欲しい」

身を屈めて、男の左胸に掌をかざす。その下で、赤々と脈打つ心臓を想像する。
着物の襟を開き、その肌に触れた。

「これが欲しい」


この男の、心臓。
生存の証拠。
鼓動。
血の一滴までも。
総てを、根刮ぎ。
奪い尽くして、
満たしてやりたい。

他の誰にも
奪われないように

呼吸も出来ないくらい、
この香りで
染めてしまいたい

最期の瞬間まで
最後の一呼吸まで・・・・



身を屈め、その首筋へ額を寄せる。顔を埋めるようにして、目を伏せた。

「俺は欲張りだから、手に入れたものは、絶対に手放したくない」

「・・・・・」

「だから、お前が死ぬのは俺が殺した時だ。これはもう、お前のものじゃない」


俺には、初めからお前しかいないから。それが俺だけなんて、許せない。



「・・・・・・政宗」

沈黙を守っていた男は、静かに口を開いた。
その冷たい指が頬から首筋へ流れ、髪をすく。
反対の手が、曲線をなぞるように背中を滑り、腰を抱いた。

「・・・今更、何を言う」

闇夜の隙間を縫うような、静かすぎる声色。
腰の手に力がこもり、体勢を入れ替えるようにして床に組み伏せられた。
冷えきった指が、そっと右目の眼帯をなでる。

「これ以上、お前に何を差し出せばいい?」

声に表せないこの激情を、煽るような冷たい瞳。
そこに映った、自分。
この男の、こうゆう目。
・・・掻き乱してやりたい。


「心臓を取られた今では、もう何も残っていない。それでもお前は、俺から何を奪うつもりだ?」

「・・・・・」

「そんなもの、必要ないだろう。俺と、お前には」


薄い唇が、首筋に降りた。
背中に伝った淡い痺れに、少しだけ息を飲む。
・・・・・・・。
・・・・・・・。
結局、これしかない。
最初から分かっていた。
こうやって、わざと仕掛けなくても。
答えはとうに出ている。

どれだけ
多くの時間を過ごしても
言葉を交わしても
これに勝るものは、ない。


「もっと、俺を見てよ」

のし掛かる背中を抱き、徐々に高まっていく互いの体温を感じながら、目を伏せた。


「自由になんか、させない。死ぬまで、俺を見続けろ」


その時に
お前は初めて自由になれる




魂は浄化され
肉体が滅んでも

この手には
お前の心臓が残る

この手にあるのは
お前の心臓だけ




その鼓動を感じながら
お前を思い出す


そこに
形あるものとして存在できなくとも


けして
消えることは無い






それでいい











あるのは・・・
その心臓だけでいい














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