事の始まりは呑みの席での他愛無い約束から。いい感じに出来上がって気分は上々。舌も廻るし、おかしい具合に脳も廻ってたらしい。

「ほら。早くしろよ。コレめっちゃ苦労して手に入れたんだからな。」

目の前には何時もどおり袖無しで、何時もどおり顔面卑猥入れ墨のロックな兄さん檜佐木修兵。
ただ一つ何時もどおりじゃないのがその手にあるもの。
苦労して手に入れたと言うそれは黒を基調にしたレースやら刺繍やらがこれでもかっつうぐらい使われたメイド服。

「早くって…」


「あぁ?がたがた抜かすな。テメェが言ったんだろーが」

俺じゃなくたって尻込みくらいするはずだ。180も優に越える背丈の筋肉付きまくりの男が袖を通していい代物には到底見えやしないソレ。

「テメェからの約束なんだろ」


ニヤニヤと明らかに面白がってる目で促されたって無理なもんは無理だ。

「約束ったって酒の席で事じゃねーっすか」

だから無効だと訴えても。

「男に二言はねぇだろ?」

いつもテメェが言ってることだよな?と言われりゃぐうの音も出やしない。

「っ…」

確かに言ったかもしれない。

言ったかもしれないけれど突き突き付けられたこの服を手に取ることも出来ず。もうこうなったらとくるりと踵を返して逃げようとした瞬間がしっと腕を捕まれた。

「逃げようたぁいーぃ度胸じゃねぇか、恋次。」

ちらりと振り替えれば目が笑ってねぇ笑顔が恐い。

「んな事言ったって嫌なもんは嫌ッスよ!!大体何でそんなに着せたがるんスか!ここは男同士の友情とかで仕方ねぇなって逃がしてくれるところじゃねぇっんすか!?」

「はぁー?何アホ抜かしてやがんだこの駄犬が。着せたがるも何もテメェから着るっつっていて今更嫌なんて罷り通らねぇよ。大体いつ俺がお前と友情を育んだっつーの。ご主人様とペットだろーが。ペットは大人しくご主人の言う事聞いてりゃいーんだよ」

半分以上逆ギレで叫べば満倍になって返ってきた。余りの言い草に涙も出るわ。

そのままリアクションも忘れて無反応のままで居たら無駄に男前がOK?と聞いてくる。こうなったら意地でも素直に言う事なんて聞きたくねぇ。

「絶対嫌ッス!!そんなフリフリ・ひらひらなんて俺が着たってキモイだけじゃねぇっすか!」

「いやいや、案外似合うかもしんねぇぜ?」

「んな訳ねぇじゃないっすか!!ははぁーん…さてはアレですか!その服は先輩の趣味で変態な先輩はそーゆう格好させて俺にご奉仕しろとか言う気なんでしょう!!」

「あ、いいなそれ」

「へっ!?」

その手には乗りませんよと続くはずだった声は思わず素っ頓狂な声に変わった。目の前には正に今思いつきましたな顔して顎に手を掛けてこっちを見やる修兵。その顔はさっきの笑顔とは違って満面の笑み。

ひょっとして俺は勢いに任せてとんでもねぇ事を口走ったのでは無かろーか。

「記念撮影して乱菊さん達に見せるっつう約束だったから着せようとしたんだけどなぁ?あの人怒らせると恐ぇし。」

「ちょっ…痛ッ!」

ニコヤカに言いながら捕まれてた腕を思いっきり引かれて前のめりに倒れこむ。言ってる事とやってる事が全然違ぇんだけど。
俯せに床に突っ伏した俺の背中にのしりとかかる重み。

「まぁ恋次君もノリノリみてぇだし?しっかり変態なご主人様にご奉仕してくれよ」

上から降ってきた声と共にビリリと嫌な音を立てて剥ぎ取られてく着物。

「まぁ、観念しな…」

耳を噛まれて直接吹き込まれたソレはまるで死刑宣告。

あぁ、もうどうにでもなれ。

諦めた俺の頭に浮かんだのは二つの言葉。

「後悔先たたず」

「口は災いの元」


そんな教訓を我が身で知って俺は賢くなったのだと涙を忍んだそんな本日の出来事。


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