「あーあ、かったりぃなぁ〜!」
有に六人は座れるデカイ皮張りのソファーの上で、お前は大仰にため息をつく。ソファーの背に両肘を乗っけて、片膝の上に組んだ反対の足をのせる。不機嫌そうに頭上を仰いで、またため息。
感情を弄ぶガキみたいで、なんか笑える。
「その台詞、何度目だ?」
堪えきれずに唇で笑いながら、俺は一人用のソファーに座る。背もたれはデカイソファーと兼用だから、斜め後ろに恋次の頭がある。
「一日中言い続ける気か?つーか、何がそんなにメンドーなんだよ」
問い掛けてみると、意外にもお前は口籠もる。
「いや、なんつーか・・・メンドーとかじゃなくって・・・」
「なんだよ」
「・・・ほら、そんな気分になる時ってあるだろ?」
困ったように頭をかいたお前。柄にも無くマジで考えてるあたりが、何となく可笑しい。
「笑いすぎっスよ。檜佐木先輩」
怒ったような困ったような、珍しい表情でこっちを振り返る。
「先輩こそ変じゃねぇか。笑ってばっか。」
「そうか?普通だろ。」
「いや、有えねぇよ。何かイイことあったんスか?」
・・・おもしろいコトを聞く奴だ。イイことって、そりゃあ・・・
「・・・お前が愉快だからだろ。」
「何スかそりゃ」
「全部お前のせいだってコトだよ。阿散井。」
「もうワケ分かんねぇ」
ソファーの背の上に頭を乗せると、お前は大きくため息をつく。
「あーあ。先輩はそんなだし、俺はこんなだし。まったく。ますますやる気ねぇよ。」
天井を見上げるその目。長い赤髪。
ため息つきたいのは、こっちのほうだ。
俺のコトなんて、ちっとも考えちゃいねぇ。そろそろ、分からせてやろうか。
「阿散井」
「あぁ?」
頭をソファーに乗っけたままでこっちを見る。
その横に片肘をついて、お前の顔を真上から見下ろしてやる。つい、笑いがこぼれた。お前の反応を想像すると・・・堪えてられるはずがない。
「・・・何スか?」
真上から見下ろしてニヤニヤ笑う俺を、お前は不審そうに眉をよせる。
そんな仕草も顔も、何となく可愛いと感じている自分がいる。あー、これもきっとお前のせいだ。
こんなに女々しくなってるのは。俺が俺じゃなくなってるのは。
責任、取ってもらわないとな。ぜひ。
「お前が好きだ」
耳元で囁く感じで、お前にしか聞こえないように、でもハッキリと。
「好きだ。阿散井」
沈黙の硬直のあと、すぐにお前は目を見張った。
「・・・はぁ?」
うまく飲み込めないのか、気の抜け切った返答をよこす。予想通りだが、何となく悔しい。
「・・・お前なぁ」
無防備な首に腕を回して、軽く締めあげる。
「人がマジメに告ってるのに『は?』じゃねぇだろ。『は?』じゃよぉ!」
「うげっ!?苦し・・・!」
少し力をこめると、慌てて腕を振りほどこうともがきだした。
締めあげる俺はもう、愉快でしょうがない。
「ったくよぉ、雰囲気ぶち壊しじゃん。気の利かねぇ奴。」
「ま、待った!マジで・・・苦しっ・・・!」
もっと反応を見てみたい気もしたが、本当に苦しそうなんで放してやった。
大きく肩で息をついたお前は、乱れた呼吸を整えるように胸を撫で下ろした。でも、相当の衝撃だったらしく。こっちを振り向きもしない。
意外というか、お約束というか。
俺はといえば、ソファーに片肘をついてお前の肩に手をのせた。お前の肩は、緊張して微妙に強ばった。
「でもさぁ、マジなんだぜ?本当に。」
「はい・・・?」
「マジで、お前が好きみたいだ。」
「・・・。」
「でなきゃ、わざわざ六番隊まで出向いて来るかよ」
こっちを見ないまま、俯きがちなお前。
今まさに、頭ン中フル回転で考えてるに違いない。
そう、そうやってお前の中を俺だけにしてやるんだ。妙にマジな顔して。似合ってるのか、そうじゃないのか。
でも、俺は素直じゃないしヒネクレ者だから。この場で返事を聞く気はない。 もう少し、困らせてやろうか。
「なんて、な。」
「・・・あ?」
俺が立ち上がると、案の定。お前は当惑した顔でこっちを見上げた。
・・・堪えきれなかった。きっと俺は、いかにも皮肉っぽく笑ったに違いない。 肩をすくめて見せると、ますます混乱したらしい。そのまま立ち去ろうとした処で、お前は慌てて腰を浮かせた。
「お、おい!先輩!?」
「半分。」
「は?」
立ち止まって振り返ると、もう立ち上がったお前がいる。
俺は笑った。口の端をつりあげるようにして、からかい口調で。
「半分は嘘。でももう半分はマジ。」
「何だよ、それ」
「さぁな。」
「・・・って、おい!」
人事のように立ち去ろうとすると、慌ててお前が呼び止める。
自然と口元が綻んだ。
俺だけのものにしたいなんて、思わない。
心が繋がってほしいとも思わない。
ようは、俺にとってお前は唯一の人だってコト。それをお前が知ってる。それだけでいい、なんて思ってみたり。
「・・・ったく。やってらんねぇ」
お前の前にいると、俺は俺のままでいらんない。
でも、それも悪くないと思ってたりして。
らしくない。完璧に。
「どこ行くんだよ!?」
・・・いくら呼んだって振り向いてやらない。これだけ俺をメチャクチャにしてくれたんだ。これしきの嘘は当然だろ?
もう二度と、言ってやらない。あれが最初で最後。
まぁ、せがまれでもしたら別だけど?
背後からバタバタと、あいつの足音が追いかけてくる。
そうだ。それでいい。
お前の中が俺だけに埋まる。それを確認するだけでいい。独占しようとしないんだから、それくらいは許してもらおうか。
何だかんだ言ったって、結局・・・。
変わらないから。俺の中は。
それくらいは信じてくれてイイかもな。
「待てって!」
結構強く袖を引かれた。 人が一応自制してるってのに、この男は・・・。
「何だよ、阿散井。」
勢いで引き止めたはいいが、次いで出る言葉が見つからないらしい。
お前は少し口籠もる。
「あ、いや・・・その」
何だか煮え切らない。相当な衝撃だったらしい。
・・・そんなに意外だったのか?
でも、ついからかってみたくなる。
「何だよ。俺に抱かれたいって?」
「ち、違っげぇよバカ!」
「心配すんなよ。俺こう見えても上手いから。」
「だから違ぇっての!!」
ムキになって否定するあたりが、なんとも言えず・・・。
「・・・ったく。バカはどっちだよ」
軽く目を見張ったお前。なんだか今日は、口元が揺り見っぱなしだ。
「ま、俺は温厚だからいいけど。あんまり焦らすと、自制出来る自信ないぜ。」
「いや、だからそうじゃなくて」
「いいよ」
指でお前の頬を撫でて、それ以上の言葉を塞ぐ。
今の俺は、ニヤリともニコリともとれるように笑ってるに違いない。
茫然とほうけるお前の耳元へ唇をよせる。
「ゆっくり、俺に堕ちておいで。」
「なっ・・・!」
条件反射で素早く身を引いたお前は、羞恥で顔が赤い。
「誰が堕ちるかよ!」
「堕ちるね。絶対に。」
「絶対有えねぇ!」
「いつになっても堕ちないようなら襲うから。よろしく。」
「『よろしく』じゃねぇよ!人の気も知らねぇで!」
「なんで。そんなに俺が嫌いか?ちょっと傷ついたかも」
「そ、そうは言ってねぇよ!」
落ち着きなくバタバタと袖をならして。完全にテンパってる。
しまいにゃあ、怒った感じでそっぽ向きやがる。
「あー、もう!ワケ分かんねぇ!」
「そりゃ俺の台詞だ。」
「ぜ〜んぶ先輩のせいだかんな!空が青いのもポストが赤いのも!!全部先輩の行いが悪いせいだ!」
「オイオイ。責任転嫁だぞそれ。」
人の話を聞きもせず、お前は俺を追い抜いて足早に出ていった。
その背中を見ながら、俺は思わず吹き出した。
「素直じゃねぇの。」
純粋に反応を返してくるお前。その仕草ひとつに、いちいちグラグラ揺れる自分がいるなんて。正直、俺自身もビックリだ。
でも・・・。
こんな下らない事を繰り返して、同じ場所で同じ時間を過ごしてる。
それって多分、すっげぇミラクルなのかもしれないワケで。
いつか、お前が気付いたらもう一度言ってやろう。 それまでは閉まっておくことにする。
もう少し、いろんな意味で大人になるまでは。