・・・貴方は、僕に気付くだろうか。
「・・・おかえり。ギン」
薄闇の廊下の向こうから、あまりに馴染んだ気配がこちらを振り返る。
部屋も廊下も、明かりが無ければ手元さえも見通せない。その中で貴方は、何の火もなしに待っている。
ただ、僕が来るのを。
慈愛を込めた笑顔とは裏腹に、その眼は刄のように凍りつき・・・一片の優しさも無い。
「ただいま。藍染隊長。」
氷結の眼差しに、微笑み返す。
緩く腕を組んだ姿勢のままで、半歩下がって室内に招き入れる。
「・・・おおきに」
「今日は、ずいぶん時間が掛かったな。」
静寂を縫うような穏やかさに包んだ台詞。けれど少しの柔らかさも、何の暖かさもない。
見つめてくる眼差しを避けて、貴方に背をむける。
「すんませんなぁ。意外と手強いんですわ。何せ、相手は日番谷隊長やから。」
背後の視線を感じても、けして振り向かない。
「けど、隊長が心配するようなことはなんも無い」
「そうか。」
頷くような気配。
部屋のドアを閉める音。
闇が、少し深くなる。
「・・・ギン」
穏やかだが、逆らいがたい強めの口調。
振り向くより先に、ゆっくりと貴方が近づいてくる。
「その左腕。日番谷くんにやられたのか」
「あぁ、そやったなぁ」
言われてから、怪我していた事を思い出した。
肘まで凍り付いた左腕。
今や、思うように手が動かせない。すでに指先は紫色にくすんで、痛みどころか感覚すら無い。
「・・・日番谷隊長、えらい怒ってましたで。」
左腕をかざして、傷だらけの手の甲を撫でてみた。
思ったとおり、触った感覚はない。
でも、どうでもいい。
眼鏡を外すと、貴方は口元で微笑んだ。
「彼には、まだ仕事が残っているからね。」
「気づかれてるんと、違いますか?」
「それならそれで、一考にかまわないさ。」
皮肉に歪んだ唇。
絶対零度の瞳。
「どの道、彼にも消えてもらうからね。」
「・・・。恐いなぁ・・・」
消える。
そう。
・・・消えてしまえばいい。貴方の中から、僕以外のすべて。
「・・・ギン」
長細い指先が頬に触れる。試すように、首筋までゆっくりと辿る。
冷え切った瞳とは裏腹に、その指は暖かい。
「・・・」
・・・そう。
そうやって、貴方は僕だけを見ていればいい。
「この腕、痛むのか?」
左腕の手首をつかまれ、そのまま肩を軽く押された。背中に、壁の冷気が触る。
間近の瞳が、スッ・・・と細くなる。
見ればわかる。この傷を案じているわけじゃない。
貴方は・・・・・・。
「痛むのか?」
「・・・。」
同じ問いを繰り返した貴方に、小さく微笑みかける。
「いえ。少しも。」
「本当に?」
微笑んだ表情はそのままにして、貴方の指が頬をなぞり、唇の形を撫でる。
「そうか。残念だ。」
「・・・。」
よほど強く、手首を握られたらしい。何の感覚もなかったそこが、鈍く痛んだ気がした。
「・・・隊長」
「・・・気付いていないとでも、思っていたのか?」
頬を撫でていた指が、ゆっくりと首筋を辿る。
上目使いに見上げれば、貴方が嗤う。
「欲しいか?ギン」
「・・・」
上向いた首筋に、熱をもった唇が押しつけられる。
背筋に淡い痺れが走る。
・・・言い様の無い、ざらついた嫌悪感。思わず、眉をひそめた。
「あぁ、そうか」
耳元で囁く貴方は、指を頬から顎に滑らせる。
「お前は・・・これが嫌いだったな」
「・・・」
「どんな気分だ?ギン」
「・・・」
「今、お前を支配しているのは、この俺だ。」
互いの吐息が触れるほど近づきながら、ゆっくりと腰を抱き寄せる。
穏やかな微笑。
氷ついた瞳。
「もっと俺を見ろ。ギン」
「・・・」
「お前の中に、俺を刻み込め。この傷よりも・・・ずっと深く。」
強く、血が滲むほど強く爪をたてられる。
左手に痛みが戻ってきたようだ。
「・・・俺には、素顔をみせていい。」
「・・・」
・・・・・・。
貴方の声は、これ以上聞きたくない。
・・・醜い欲望が首を上げる。消滅させたい。
刺すような嫌悪感。
渇える独占欲。
それが出来るのは、きっと貴方だけ。
貴方が、この束縛から解放してくれる。
「・・・狡いなぁ」
少し顔を上げる。
肩を抱き返しながら、薄氷の瞳に嗤いかける。
「嫌いと知ってて、強要する気ですか?」
「強要とは、人聞きの悪い。強引に犯すようなことは、出来ればしたくないな」
「今、まさにしてはりますけど」
「だが、それも仕方がない。身体の欲も、そろそろ満たしてやらないとな」
指が首筋を滑り、肩のラインを辿る。
薄く微笑む薄氷の瞳。
見慣れたはずの微笑み。何故か今は、妙に無機質なものに見えた。
「・・・僕、女の子と違いますよ。」
さり気なく顔をそらすが、首筋に当てられた指が抵抗を許さない。
「・・・あまり焦らすな。」
スっ・・・と、貴方は目を細める。理性で縛り上げた仮面が剥がれ落ちるように、次第に暴かれていく。
貴方の、獣じみた欲望。
・・・そう。それでいい。
その渇える喉が求めるものは、他でもない僕ならば。僕だけを見ているならば。そうして初めて、すべてが満たされる。貴方が、僕以外の誰もを否定するなら。貴方を、独占できるなら。
「・・・っ」
ゆったりと重なった唇が、煽りたてるようにさらに深く、呼気すら飲み込むように乱暴に詰る。
「・・・!」
強引に腕を引かれて、床に押し倒された。
装束の腰紐を解かれ、止める間もなく着物を引き剥がす。
冷気に曝された肌に唇の熱を感じて、無理矢理に声を押し殺した。
「ギン」
「・・・っ!」
「耐えなくていい。俺に委ねて、俺を・・・受け入れろ」
「・・隊長・・・っ!」
舌が這い回るその熱に、両肩が震えた。
全身を駆け巡る痺れ。
絶え間なく注がれる熱。
この身体は、貴方の仕草ひとつひとつに感じている。貴方と重なる身体は、貴方以上に貴方を求めて悲鳴を上げる。
「・・ん・・・っ」
下腿を肩に抱えられ、一番敏感に貴方を求めているソコに、舌先が触れる。
「はぁ・・・っあぁ・・・!!」
「・・まだ、足りないだろう?この程度では、満たされないだろう?ギン」
その吐息が触れるだけで、過敏にされた身体は激しく脈をうつ。
意識ごと持っていかれいそうなくらい、頭の中が白くなる。まともに思考が働かない。貴方がくれる刺激や痛みの総てに、快楽をカンジて煽りたてる。
なのに、何故だろう。
「っん・・・」
未だに装束を引っ掛けたままの貴方の肩に。抱き返しながら指を這わせて、その肩からおろす。
微かな微笑。
髪を詰る指。
マサグル慣れた手つきに翻弄されて、込み上げてくる熱い塊。
確かに、貴方にカンジているのに。
欲しがる自分がここにいるのに。
唇が触れ合うたびに、駆り立てて突き上げられるたびに・・・。
「まだイクな。まだ、夜は長い」
「・・意地、悪いな・・・」
「そうでもないさ」
薄い微笑。
腰を抱かれて、貴方が中に入り込む。
「っあぁ・・!!」
無理に突き上げられた身体が、ビクリと震える。
圧倒的な貴方の気配に翻弄されて、それ以外の総てが消去される。
甘い快楽と共に横たわる、ざらつく不快感。
揺らされる理性への、堪え難い嫌悪感。
貴方は、気付いているだろうか
「・・・っ・・・ん」
再び唇を塞がれる。
逃げようとしても、執拗に舌が追い掛けてきてすぐに捕まる。
「・・・・・っ」
唇の形を舌先でなぞる。
「・・・今夜くらいは、素直に俺のものになってくれないか?ギン」
「・・今夜くらいて・・・何です?」
震えそうになる声を無理に励まして、氷結の瞳を見つめかえす。
「僕はもう・・貴方のモノになってますよ・・・」
貴方と共にあると決めた時から、この総ては、すでに貴方のモノだ。
完全催眠など無くとも、僕はすでに貴方のモノ。
貴方は、微かに微笑んだ。
「試してみようか、ギン」
額に口付けた貴方は、耳元で囁いた。
「俺なりに、君を愛しているよ」
「・・・」
背中を抱き返しながら、快楽とは別に込み上げる不快感を押し殺す。
これが、貴方への証。
貴方に対する、コレが僕の証明。
貴方以外の何者にもない。この不快感。
この敗北感。憧憬と、従順。
気付いてくれるだろうか
貴方にしか感じない、この歪んだ愛を。
それは光無き空洞のように
貴方を、愛していると・・・。