窓際で部屋に匂いがつかねぇようにと暗闇に融ける紫煙をくゆらせる長い指。
トントンと灰を落とすたびに普段キツク結わえられた赤髪が今はサラリと揺れる。思わず目を奪われて見惚れていれば流された視線に柔らかな笑みを浮かべて
「どうした?」
と穏やかに問われる。
低く通る声とか仕草とか格好良いななんて心臓は素直に動悸を告げるけど口は素直に動かずして。
「あ‥煙草って美味い?」
なんて思わず口をついたのは先程までの思考とは全く関係の無い、けれど前から持っていた一つの疑問。
一瞬キョトンとした顔で自分の指にある煙草を見てから
「興味あんのか?」
とまた問われる。
そう聞かれれば当たり前にコクリと首を縦に振る。
そりゃ俺だって男だし、年頃だし?まして自分の恋人が愛煙家となれば尚の事。
「ふーん…吸うか?」
「え!?」
思いがけない言葉に思わず目を丸くすれば「興味あんだろ?俺はオマエの保護者じゃねぇし構わねぇよ」と促されあれよあれよと俺の手には一本の煙草がある訳で。
「銜えてちょっと吸う感じで火ぃつけろ。口に銜えただけじゃつきにくいから」
「あぁ…」
促されるままに無駄に真剣に火を点けようと借りたジッポをする。
シュボッと音を立てて赤が揺らめけば口元からはジジジと燃える紙の匂い。
そして口内に広がる苦みと唇には甘い味。
「…っ…ゲホッ…ッ…!」
そのまま吸い込んでみれば喉は熱くて鼻は痛いしで盛大にむせてしまった。
涙目になりながらズイッと煙草を突っ返せば苦笑しながら背中を擦ってくれて。
「あーあ…ガキにはまだ早かったかぁ?」
「なっ!どーせガキだっ…んぅ!?」
擦る手は優しいくせに悪態ついてくる失礼な奴に文句を浴びせようと振り向けば途端に唇を塞がれた。
「っ…ふ‥」
歯の根を舌でなぞられて縮こまってた俺の舌先をグリグリ刺激され絡められ思わず鼻から抜けるような声が漏れ。
「…ふ‥ぁ」
尚も貪られどちらともない唾液が顎を伝う頃下唇をペロリと一舐めして解放された。
「ぁ…いきなり、何だよ」
すっかり怒鳴る気も失せて呼吸を整えながら見やればニヤリと笑ったお犬様。
「ん?口直し」
してやったりみたいな顔で言い放つ。けれど口内は依然として苦い儘で。
「ちっとも直ってねぇよ馬鹿…」
言い返せばおかしいなぁと首を捻る。それを目の前にしてあぁ、本当にコイツッて馬鹿だ。って思った。
今まで自分だって同じ煙草吸ってたんだから当たり前じゃねぇか…。
「まぁ、いいや。初めての煙草の味はどうだったよ?」
「…甘苦い…?」
「何で疑問系なんだよ!」
なんて笑うけど本当は。
初めて知った煙草の味は
いつものキスの味がした。
終
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