パチ、パチ、と火の爆ぜる音を拾う。
辺りに人の気配は無い。

(生きている………)

自分の命がまだ続いている事に安堵してうっすらと目を開けるとボンヤリと岩肌が見えた。次に右手、左手、右足、左足、と体の感覚を順に確かめていく。左足と腹が酷く痛むのを感じてどうやら骨も何本かイってしまっていると落胆した。

「あ、起きたー?」

身動ぎをしていると何処からかひょい、と姿を表した橙色の髪をした武田の忍。そう、気配は感じなかったが居るのは確信していた。

「あぁ…」

しかし自分を助けるかどうかは賭けだった。命が繋がってる今だからこそあの時に言外に助けろ、と訴えたのが叶ったのが分かっただけの事。

「あ、骨もそうだけどあちこち擦り傷やら打撲やらで凄いことになってるから動かないでねー。」
「An…do not mind」
「ん?なぁに?」

薬草とおぼしき物や何かを手に佐助が横たわる政宗の横に膝を付くと政宗が起き上がろうとする。しかしそれはやんわりと制されまた横にされてしまう。

平気だ、と告げているつもりでも佐助に南蛮語は通じない。

「平気だから、」
「……どこが?」

仕方なく言い直せば全身に視線をくれた佐助が平気な要素が見当たらないけど?と言った目で見てくるのに政宗はばつが悪そうに押し黙った。

「はい、次」
「ん…」

結局押しきられ政宗は佐助に手当てをされる羽目になった。本当は身体中の至るところに残っている病の跡を見せたくは無かったのだがこのまま傷ほおっておくと凍傷になったりして切り落とす羽目になるかもよ?と言う佐助の言葉に頷かない訳にはいかなかった。

「ぅわぁ…紫通り越してなんつぅのコレ。どどめ?」
「んだと、テメェ…」
「あははー。冗談、冗談。」

しかし普通の人ならば眉を潜めるであろう跡を目にしても佐助は別に何でもないように表情一つ変えずに黙々と傷の手当てをするから拍子抜けだった。

「しかしアンタも大概馬鹿だねぇ、旦那。あんたあんな娘っ子と天秤にかけて良い命じゃないでしょうに…」

しかしそれも佐助のこの発言により一変してしまった。飄々とした態度で何とも無しに言ってのけたがその言葉は政宗の神経を逆撫でしたのだ。

先ほどまでの微睡んだ空気は霧散され辺りは政宗が発する痛いくらいの怒気に包まれてしまう。


「なんだとテメェッ!!」


政宗は勢い良く低く怒鳴り付けたが床に臥せっている竜なんて佐助には全く恐くない。激昂する竜相手にやはり何処吹く風と言わんばかりの態度で応じる。

「あれ、怒った?ゴメンね、正直者で。あぁ、ほら、あんまり怒鳴ると傷に障るよ?」
「ウルセェッ!もう構うな!」

す、と手を伸ばすとパシンッと小気味良い音をたてて振り払われる。振り払われた手を佐助は宙で二、三度プラプラと振ってから気にした風もなく政宗と目を合わせて。

「そりゃあ無いでしょ。自分から助けろって言ったくせに…。それで無くてもアンタは同盟国の君主だもの。みすみす見殺しにしたなんてうちの上司達に知れたら俺様が殴られちゃうし?。」
「………」
「分かった?じゃあ続きね」

やんわりとあくまでも自分は政宗の治療をするし、ソレに対しての理由もあると佐助は告げる。

それもまた面白くなかった。
つい先ほどまで政宗は自分を前にして殿様と言う身分、ましてや醜い傷をおった化け物、他の誰もが自分に与えるカテゴリーを無しにしてただの人として扱ってくる佐助を礼儀知らずだが悪くないと思っていたのだ。

なのに今のは政宗が「奥州筆頭」だから、と聞こえた。

そんな佐助の言葉にチクリと政宗の中で何かが疼いた事に気付いたが政宗は見てみない振りをした。いや、そうすることしか出来なかった。どういったらいいのか自分でさえ分からないのだ。

そしてまた政宗がばつの悪そうな顔をして目を反らしてから佐助は先程拒否された傷の手当てを再開させるべくもう一度手を伸ばす。今度は拒否されなかった。


「ほら、興奮するからまた血が出てるし。今日は熱も出るよ。」
「…………」
「今度はダンマリ?……大人気ないなぁ。旦那だって本当はわかってるんでしょ?馬鹿な真似をしたって。アンタは奥州筆頭だもの。その両肩に乗っているのはこんなとこで娘一人守って死んで投げて良いほど軽くないものだろ?」
「…………」
「アンタの家臣は勿論奥州の民。序でにうちの上司だってアンタが志半ばで死んだとあっちゃ皆悲しむよ……」

話ながら丁寧に薬を塗り布を当て器用に包帯を巻いていく。すっかり応急措置をした政宗をボロの布に押し付けるように寝かせて佐助は政宗の額の上にソッと掌をのせる。ジンワリと熱が移ってくる感覚にもう大分熱が上がって来ているな、と佐助は溜め息をつく。

気力で状態を保っていた政宗ももう熱で虚ろになってきているのが分かった。

「ねぇ、旦那。皆を守ろうとするのは立派だよ。でもなんでその皆の中に旦那自身が居ないの?」

「…………う、るせぇ…」

佐助はそんなんだから右目の旦那があんなに過保護なんだよ。と呟いてからソッと髪を撫でる。汗で張り付くソレをみて手拭いあったかな、なんて考えてる自分に佐助はまた溜め息を吐いた。

「…俺様だってただの偵察だけのつもりがこのザマだし。なんか、アンタって放っておけないよね……」

小さな声でポツリと独り言のように囁いた佐助のソレを政宗は全て聞いていた気がした。しかし熱で浮かされた頭が自分に都合の良いように勝手に作った戯言かも、と思い「もう一度言ってみろ」と問い詰めたかったが佐助の気配は遠ざかり、政宗は襲い来る睡魔に抗えず深い深い眠りの淵に落ちていった。


















「このまま真っ直ぐで合流できるよ。まぁ、心配は無いと思うけど誰か気付いてたら俺の事は上手く言っといて」
「あぁ…」

それだけ言うと佐助は政宗をチラリとも見ずに踵を返してしまう。政宗は何か言いたげに暫しその後ろ姿を見詰めていたがとうとう口を開けずに自分もまた佐助に踵を返し言われた通り雪道を真っ直ぐ進み始めた。


ザクッとわざとらしい音を立てながら雪に足を取られないように政宗がゆっくり歩を進めていると不意に目の前に影が落ちる。

怪訝に思い目線を上げるとつい先ほど別れたばかりの佐助が目の前に立っていた。

「あのさ、俺様忘れ物思い出したんだ。」
「……What?なんか忘れるようなもんあったか?」

そんな事を言われても着の身着のまま雪崩に巻き込まれた己に忘れ物なんて思い当たる節はない。

「うん。アンタに『貸し一個ね』って言うの忘れてた。俺様タダ働きは後免なの!」

政宗の目の前にピッと人差し指をたてて佐助は俺様安くないからねと笑って見せた。そんな佐助に政宗は一瞬をパチリと瞬かせてから、こちらもまた笑って見せる。


「………ha,隊長のくせに随分とけち臭いんだな」
「何とでも?ま、とにかくこんど褒賞承りに行くからちゃんと用意しといてよね」
「OK…待ってるぜ、猿」
「ふふ、じゃあね」

佐助はまたにっこりと綺麗な笑顔を浮かべてそう言い放つと今度こそ煙りと黒い羽だけを残し姿を消してしまった。


「……next time、ね。」


そして政宗は暫くその場に立ち止まって神経を尖らせてからフ、と笑みを浮かべながら雪の上に残していった黒い羽を一枚拾い大事そうに懐にしまうと政宗もまた真っ直ぐ歩き始めた。








(大丈夫そうかな…)


そしてそんな政宗の姿を枝の上から佐助はジッと気配を殺し見守っていた。いくら直ぐ近くまで運んでやったといえ昨日の今日で怪我が治るわけもなくまだまだ政宗は疲労困憊な状態だ。せっかく助けてあげたのに何かあったら面白くない、と誰に言うでもなく言い訳を思い募る佐助と自分を案じる佐助の視線を甘んじて受ける政宗。





互いの中に微かに芽生えた感情に二人揃って見てみない振りをしたけれど、これは似た者同士故の攻防戦。

軍配が上がるのは果たしてどちらか。

戦いは始まったばかりである。


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