政宗の耳に一揆の報せが届いた翌日、片倉の指示の下伊達軍は直ぐに北に向かって進軍を始めた。相手が農民と言うこともあるだろう歩を進めるのは名の有る臣下ばかりの少数精鋭部隊だった。兵卒は極々僅か。そしてその僅かばかりの兵卒の中に佐助はヒッソリと身を潜め、共に進軍していた。普段ならば物影から偵察すれば良い話だが北は奥州よりもさらに駆け足で雪に呑まれている。辺り一面に白い雪景色では下手に隠れるよりは木を隠すなら森の中。一人を隠すのは大群の中。多少は危険はあれどこちらの方が楽に偵察出来るとそう判断した。

それから二日、伊達軍は本陣を敷いた。大胆にも一揆集が陣をはる山の麓に、だ。まぁ、一揆集は陣と言えど伊達軍の進軍を聞き付けて農村や山に籠城しているような物だから麓に陣をはって奇襲をかけてくるような事は無いだろう。それに万が一奇襲をかけられても返って事が早く済んでしまいそうな気がする。

佐助は不自然にならない程度に兵卒に混ざり篝火を焚いたりと仕事をしながら辺りに目を配らせた。

相手は農具を武器に持ち変えたただの百姓だ。この伊達軍精鋭の武将の前では結果など見えている。
ただ時間がかかると厄介かもしれない。土地勘は勿論、相手はこちらより雪に慣れている。降ってきてしまえば視界を奪われ身動き取れなくなる可能性も無くはない。

(何か仕掛けが有るかもしれないな…)

普通の人であればまだ見える距離ではないが忍である佐助の目には二股に別れている坂道が確認できる。山頂に行くには彼処を通らなくてはならない。二手に別れるのか否か。奥州筆頭はどう出るのだろう。

そこでチラリと政宗へと視線を向ければ火の前で仕切りに身体を摩っている姿が見えた。机に地図を広げ進軍の道筋を決めているのは小十郎だ。

(あぁ…体温も奪われるか。)

体温調節が出来る佐助には分からないが普通の人である政宗達には今の気温は厳しいのかもしれない。鎧や刀は鉄で出来ているのだから体温を奪われるのは当たり前だ。雪が具足に染みてくれば霜焼け、その次は凍傷だ。軽い怪我でも命取り…そこまで考えて佐助は顎に手を当てフム、と頷く。冬の戦は案外面倒なものなのだなと。しかしこんな事を報告しても何かと熱い上司達には無縁だな、と佐助はまた兵卒の中へと身を潜めた。






そして数刻。
正式な合戦では無い故に鏑矢も何も無く、ただ奥州筆頭伊達政宗が陣頭で声高らかに開戦を宣言した。
それは何時もと同じ南蛮語での士気上げ。
佐助に取っても聞き覚えがあるそれにはもう一つ付け加えられていた。

「誰一人として殺すな」、と。


佐助は一瞬耳を疑った。
相手が誰であろうと武器を持ったらそれはもう「敵」でしか無い。向こうだって武器を手に持ち武士に刃向かうと言うことの意味を理解して居るはずだ。死を覚悟しなければいけないと言う事を。

それを誰一人として殺すな、とは…。理解に苦しむ。自分の主ならば嘆きはするだろうが武田の為、強いてはお館様の為と大義名分を背負い、農民の命と自分の罪を背負いっていくだろう。
民無くして国は無い。
それは理解できるか殺さないと言うのは自分達の危険も増えると言うことなのに。これが一国の主と一介の武将の差か?

しかしあまちゃんな事に変わりは無いな…と佐助は溜め息を吐いた。一応武器は何でも使えるように訓練してあるが忍びである自分が奮う刀は一撃で相手を絶命させる物だ。所謂急所狙いで殺さ無いようにするのは面倒だ。

(これは偵察方法見誤ったかなぁ…)

佐助がいくら後悔しようがその他の兵は「さすが筆頭!お優しい!!」「一生付いてくぜぇっ!!」等と雄叫びをあげながら進軍を開始したのだった。








それからまた数刻。
事態の決着は早かった。
目の前では一揆集の大将であろう女の子と伊達軍の大将である伊達政宗が対峙している。和解の方向で話がされてるのは両者の顔を見れば分かった。


(これにて終結かな?)


それを眺めながら今までの経路を思い返し何て報告しようかな、と悩む。

軍師としての片倉は時間がかかっては命取りになるので早期決着をと言っていたらしく攻めが本領とでも言うかのような怒濤の勢いでの鎮圧だった。佐助も慣れない峰打ちで相手を寝かせながら政宗を見失わないように適度な距離を持って追いかけた。

ただ普通に斬って走るだけならば見失う心配など要らないのだが何しろこの一揆集は滅茶苦茶だった。

どうやって潜んでたんだか雪の下から大量に農民が出てきて襲ってきたり、坂の上から巨大な雪玉が転がってきたり。何だかお揃いの半纏を纏った人達はやたらタフで何回殴っても起き上がってきて怖かった。皆が皆「いつきちゃん…」とか見えない誰かを崇拝してる感じがどうにも怖い。

一揆集の大将、多分あの女の子が「いつきちゃん」。で、その子が繰り出す技もまたなんと言うか凄かった。まだ吹雪が起きたり凍らせたりは許容範囲だったけど雪だるまが大量に降ってきた時には思わず「旦那が見たら大興奮だな」とか場違いな事が佐助の頭を過っていった。

まぁ、そんな技も独眼竜の前では子供の児戯に等しくやはり軍配は伊達軍に上がった。
大方予想通りの展開に伊達軍は勿論。奪われたと思っていた命を繋がれいた農民達も独眼竜の御高説に説得され皆安堵の息をもらした。御高説、と言う見解は佐助の嫌みではあるが。

さて、そろそろ暇するかな。と佐助が誰かの影に潜ろうとしたその時


ズ、ズ…ズ…


と地滑りのような音を佐助の良すぎる忍の耳が拾った。

(まさか…!?)

その場から更に頂上の方へ目を走らせれば悪い予感は当たってしまった。

ズ、ドドド…ッ

次の瞬間それはもう小さな音では無く、その場に居た誰の耳にも届く轟音に変わり目にも映るものとなって現れた。

雪崩だ。

考えてみればこれだけ雪が積もっているのだ、中腹で暴れればその可能性が有るに決まっている。
何故誰も気付かなかったのか。

「雪崩だぁぁぁっ!!!」
「避けろ!!」

「木の影に隠れろっ!!!」

「筆頭!!筆頭ぉっ!!!早く此方へ!!!早くッ!!!」

周りは途端に騒然と阿鼻叫喚に包まれる。そう、両者を見守っていた兵や農民はともかく中央で対峙していた2人は逃げ場が無い。

いくら早く、と急かしても雪はもう既に2人を呑み込む寸前まで迫ってしまっている。

「Shit!!」


叫ぶや否や伊達政宗はあろうことか呆然として固まってしまった少女を抱えたかと思うと抱えたばかりの少女を力の限り、といった風に腹心である片倉の元へ投げて寄越したのだ。


「政宗様ッ!!!」


咄嗟に投げ渡された少女をしっかりと抱き止めた腹心は身動きがとれずに叫ぶ事しか出来ない。

そんな片倉を一瞥するとこんな時であると言うのに伊達はニィ…っと不敵な笑みを浮かべ、何故か次の瞬間に佐助を見た。そうこの場ではただの雑兵にしか過ぎない佐助を。

(まいったね…)

いつバレたのか。全く気づかなかった自分にやれやれと自重する佐助はこんな時でも落ち着いて事態を見詰めていたが動かないわけには行かなくなった。

そして間も無くドーー…ッと轟音たてて押し寄せてきた雪にのまれ伊達政宗はその中へと姿を消してしまった。

「政宗様ぁぁあっ!!!」

雪に向かって入ろうとする片倉、それを止めようとする部下。泣き崩れる家臣。呆然とするしか出来ない一基集と震え怯え始めた少女。あたりは一瞬にして騒然と混沌とした絶望に包まれてしまった。

そんな中ただの雑兵が一人同じく姿を消したことには誰も気づく筈もなかった。





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -