さて、死んだ筈なのに目を開いた俺は実は幽霊だったりするのだろうか…。いや、無い。それは無い。うん。無いわ。

景虎は即座に自分の馬鹿な思考にツッコミを入れて、いつまでも地面に寝転んでいるわけにもいかないとムクリと身を起こした。そしてザッと視線を辺りに、そして更に自分自身に巡らせて見る。

広がるのは鬱蒼とした木々。寝転んで居たのは確認するまでもなく地面の上。草も何も無い土の上、だ。

自身を見てみれば白装束だった筈の着物は何故か自分が良く着ていた濃紺の着流しに変わっている。

何より不可解なのは傷がないことだった。幽霊ならば無いと言われている足も普通に在るし、盛大にかっさばいた筈の腹には傷一つ無い。おかしい。横に真一文字に引いた傷が無いなんて。大根じゃ有るまいし、達人が切ったとしてもピタリとクッツクなんて物質的にあり得ない。

…しかも最期に聞いた音。アレは首を落とした音だろう?と首を傾げる。傾げられるのだから首もしっかりと繋がっている。

解らないことばっかりだ。

(自害した筈の自分が何故こんな所に寝ている?棄ててくとか無くねぇか?普通は埋めるだろ。仮にも偉い所の武将だったのに放置かよ。まぁ、目ぇ開いた今となっては埋められてなくて良かったけど。いや、違う。今はそこじゃねぇよ。あ、今までのは夢でしたってのは?それなら傷がないことは説明がつく。………けれどこんな所で寝てたのは何故だ?夢なら寝る前の事くらい覚えてるだろう。)

「訳、わかんね…」

上手く纏まらない考えに苛立ってグシャリと長い髪をかく。長く伸ばした髪は土でも付いているのか指が通らずに絡まるばかりで、それがまた苛つく。パリっと指に付いたそれに視線を向ければ身がすくんだ。

(これ血だ…って、いうか…)

髪に付着していたのは土ではなく血が固まって黒くなったものだった。目を開いた時からまとわり付いていた悪臭は髪にこびりついているらしい血液の腐臭だったのだ。

そしてそれよりも景虎は自分の手に違和感を感じた。さっきザッと見た時には気づかなかった。

(誰の手だよ、これ)

普通なら自分の手に決まっている。馬鹿馬鹿しい疑問だ。けれどもそう思わせるには十分の理由がある。

無いのだ。

散々刀を握って出来たマメやタコが。長年蓄積されたそれは綺麗に無くなるものじゃない。それだけではない。幼い頃に誤って火傷した痕もない。まさか、と徐に着流しの前を開いてよくよく全身を見れば傷しか頭に無かったさっきとは違い浮かび上がるのは違和感ばかり。在った筈の黒子も昔付けられた刀傷も…何もない。在るのは生まれたてのような傷一つ無い白い肌だけだ。

(誰、だ?これは。この身体は誰のだ?)

着ていたものは確かに自分の着流し。伸ばしてた髪も見覚えがある。でも拭えない違和感。そして疑惑。意識は自分の物なのに身体は別の人の物?そんな事、あり得る訳無いだろう。普通に考えれば。でも、それを否定するものが何も無い。有るのは違和感ばかりで、それこそこれは別の人の身体とか言った方がシックリとくる。

(あ、顔。顔は!?)

そうだ。手や身体ばかり見てないで顔を確かめれば、と自分の顔をペタペタと触れてみるが普段自分の顔なんて意識して触った事等無いので触っただけではこれが自分の顔とは言い切れなかった。

見たい。
確かめたい。
そして、安心したい。

かつてこれ程まで自分の顔が見たいと思った事等無かっただろう。それほどまでに今は見慣れた自分のの顔が見たかった。

ひょっとして、自分はやはり死んでいて、更には知らない内に成仏出来なくて、知らない内に悪霊になって、他人様の身体を乗っ取ったのでは無かろうか。付着している血液はその時己が浴びた返り血ではないのだろうか。自分自身に傷がないなら相手のだ。いや、乗っ取ったとしたらこの身体が相手の物となるのだから返り血は無いのか?

それともこれもまだ夢の続きなのか?寝た覚えは全く無いが、起きたふりしてまだ夢の中とか……?


あり得もしない事がグルグルと景虎の思考を埋め尽くす。誰一人として周りに居ない鬱蒼としたこの場所が。不可解なこの状況が。全てが景虎の冷静な思考や判断力を狂わせていた。そして感覚さえも。

だから、景虎は武将としてはあるまじき失態を冒している事実に気付いていなかった。



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