自分自身への違和感にその場から立ち上がってオロオロとしている内に顔がみたい、姿を確認したいと思っても手荷物ひとつ持っていない自分自身に今更気づいて景虎は溜め息を吐いた。いや、身ひとつなのは何と無く分かってはいた。多分無意識に認めたくなかっただけだ。


(と、とりあえず状況整理…)


いくら自分以外に見てる人が居ないといってもいきなり前を開いて身体をまじまじと見るだなんて奇行にも程がある、と身形を一応整え直して思考を巡らせてみる。

端的に言えば丸腰だからこそ「今までの記憶が夢」だなんて選択肢は有り得ない、と思う。一応曲がりなりにも武士と言う立場なのに刀すら持っていない状態で自分からこんな鬱蒼とした森に入るなんて馬鹿な真似はいくら景虎が無鉄砲な人間だとしても可能性は皆無だ。

しかし「今もなお夢の続き」という可能性は有る。これが未だに夢の中と言うならば丸腰なのも身体に違和感が有るのも更にはこんな森で目が覚めようとも別に変ではない。だって現実ではないのだから。

でも自分の人生が終わった瞬間は余りにも夢というには生々しく夢で片付けるには無理がある。

これは多分夢ではなく現実。
そして抜けている記憶は自分が切腹してからここで目覚めるまでの間だけだ。

「……………はぁ」

そこまで考えてから今度は意図的に腹の底から溜め息を吐いた。軽い自己嫌悪。そしてちょっと、冷静になるべきだと考え始めたのだ。無意識と言うか動揺しすぎだ。情けなさにうんざりする。

まぁ、事実がどうであれこれが夢か現実化なんて確かめようがない。ともかく自分自身の思考が今生きているのは事実で。自分は上杉景虎だ。それ以外の何者でもない。この身体が誰のものかなんて考え方がまずは為無いことだ。確認できるものが無いのだからそれは後回しでいいだろう。

(まずは水…泉とか川とかねぇかな。)

とりあえずは自分自身が悪臭の原因だった事実を打破したい。いい加減臭すぎる。水があれば洗い流して更には姿も見れるし一石二鳥じゃんか。と漸く回り始めた頭が叩き出した結論に一つ頷く。

(よし……)

すぅ…と大きく息を吸う。
澄んだ空気が体内を満たしていく感覚にギュ、と目を瞑る。視覚を塞ぐことで他の神経が研ぎ澄まされていく。

ざわめく風に揺れる木々。
囀ずる鳥と獣の気配。
真新しい土の香り。
そして澄んだ水の匂い。



……後は、要らない気配が一つ。

(失態だな…。)


景虎は此処で漸く木の上に潜む気配に気がついた。しかし目は開けずに気配の有る方向とは別に水の匂いがした方へ身体の向きを変える。

相手に此方が気づいた事を悟られてはいけない。今まで気配に気づかなかった事を考えると結構な手練れの草なんだろう。限り無く無に等しい気配の中に此方を伺うような視線を感じる。しかし殺気は全く無く、目を覚ましたのを見ていながら何も仕掛けてこないと言うことは偵察が任務のはず。

相手は己の体が武器になる奴等だ。まともにやりあっても丸腰な此方が不利なのは目に見えているし、こんな自分でも訳のわからない状況で戦う気にもなれない。相手がいきなり襲いかかってくるような馬鹿だったら返り討ちにして此処は何処だ?とかやってたも知れないが。

とりあえず未だに監視を続ける草は無視する事にした。まずは水浴びしたい、と思ったままに景虎は足を進め始めた。

(多分川じゃねぇな…泉か?)

ガサガサと山道を掻き分けて進んでいく。着流しが邪魔だし、とにかく歩きにくい。なんで袴はいてないんだ…。何度も躓いては転びそうになるのをやり過ごして進んでいく。チクチクと刺さる視線は一定の距離を保って付いてきている。

(ご苦労なことで。)

ぼんやりとそんな事を考える。本人でさえ状況が把握できていないと言うのにそんな人物を監視しているだなんて無駄骨というかなんというか。知らないのだから当たり前なのだが。

そのまま辺りを見回しながら段々と近くなる水の気配を頼りに歩いている内に冷静に、と考えてたわりにはまたしても失態を起こしたことに気がついた。

(ほぼ一直線で水辺に向かってきちまってる…)

偵察、監視それを目的としているのだからいかにも見知らぬ土地を装えば良かった。普通の人間は気配なんて読めないのだから宛も無くぐるぐる歩き回って遭難…が妥当だった。実際見知らぬ土地だがいきなり立ち上がって水辺にほぼ真っ直ぐ進んでたらまるで此処を知っているみたいではないか。ただでさえあんなところに着の身着のまま寝てただけでも怪しさ抜群だろうに更に不信感を植え付けてしまっただろう。

(やっちまった…!!)

事実に気がついた、ということは確かに先程から比べたら数段頭は回り始めてはいるが如何せん悪臭に拘りすぎた。これは景虎の身分が高いがゆえの潔癖の節が強いところがいけなかった。仮にこれが何時でも泥だらけ上等の色部だったり血なんて臭くて当たり前だろうが、と言い切る安田だったりしたらこんな失態は起こさなかっただろう……。

(あ、現実逃避。俺様今現実逃避してる。)

口許にうっすらとひきつった笑みを浮かべながら、景虎は結局ひたすら真っ直ぐ水辺に向かっていた。失態には気が付いたが今更装って道を外れても不自然だと開き直った。

(………やっぱ早く洗いてぇし)

…………建前半分本音半分。
結局のところはいまだに悪臭に拘っていたりする。

ガックリと肩を落としながらとぼとぼと歩くその姿に監視者が思惑通り余計に不信感を募らせたのは致し方無いことだろう。









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