景虎が目覚める少し前からその者は木の上に居た。ジッと息を殺し、ただ何時目覚めるとも解らない景虎をただずっと見詰めていた。


山中の見張り及び警護。
それがその者が主から与えられた任務であった。つまりは奇襲の警戒や侵入者の排除である。それを目的にその者もその部下も山間を縫うように走っていた。


そしてその者は地面に横たわる景虎を見つけ足を止めた。

それがただの死体だったならば気にも止めずに走り去った。しかし腹部を見れば微かに上下しているのが見て取れる。

生きている。

それが走り去らずに足を止めた理由だった。


妻女山の西に有るここは深くは無いとは言え野生の動物が生息する森だ。そんな最中、こんなところで丸腰で寝ているなんて自らを食ってくれと言っているようなものだ。

それに今現在、山頂では上杉の陣営が武田との戦に向けて陣を敷いている。この山が今から合戦の足掛かりになると言うこと事態をこの男は知らないのだろうか?

本陣を敷く山が攻めこまれ、早々戦場になる事は考えにくい。が、それでもそれが無いとは言い切れないのだ。何時合戦の場になるかもしれない、巻き込まれない保証は無い場所で腹を曝して寝るとは馬鹿としか言いようがない。

幾つかの要素がこの人物はおかしい。異常だ、と本能に告げる。辺りの警戒が自分の仕事、と様子見とばかりに監視していたが全てを知らないならば話は別だ。一般人ならばこの場に捨て置くわけにはいかない。主君は無駄な血が流れる事を好まない。

しかし簡単に決める訳にはいかない。一行に目を覚まさない男は他にもおかしい所が多々あるのだ。

身に纏っているものが濃紺の着流し一枚というのもその一つだ。
到底山に居る人物の格好とは思えないし、仕立ても中々良いものに見える。そんな格好で、地べたに寝るだなんて益々普通では有り得ない。まだ、山賊辺りに追い剥ぎにあって情けで着物一枚残して棄てられたと考える方がしっくりくる。

しかし見れば身体に傷などはなさそうで、それがまた違和感だった。遠目に監視しているだけでも男の容姿が良いのが見てとれる。均整な筋肉の付いた身体に腰ぐらいは有りそうな長い艶やかな黒髪。伏せている睫毛も影が出来るほど長い。主君とは違った端正な顔付きの持ち主だ。
追い剥ぎの線で行くとこれ程の容姿を持っている男が捨て置かれてるのがまずおかしい。下賤な者達の間ならば本来なら売り飛ばされるか慰み物にされているのが妥当だろう。

やはりおかしい…。

それが地面に横たわって寝ている男への感想でそれ以上は何も出てこなかった。見ているだけでは情報が少なすぎる。しかしいつ目覚めるとも分からない相手とはいえ易々と姿を見せるわけにもいかない。

とりあえず引き続き監視する必要があるだろう。そう判断してその者はまた木々の合間から景虎を見詰め始めたのだった。





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