小説 | ナノ
昼の暑さが嘘のように消え失せて、さらりと心地よい風が流れる静かな夜。宿の屋上にいたシュラは、気配を感じて振り返った。




「お、やっぱり雪男か」

「うわっ!!なにやってるんですか!?」

「見て分かんにゃい?酒盛りだよ、酒盛り」




ビールやら焼酎やらの缶が散乱している惨状を見て、顔をしかめた雪男。しかし、それを気にすることなくふやけた顔でシュラは宣った。だいぶできあがっているようである。




「呑むんだったら部屋で呑んでくださいよ」

「べっつにいいだろー?ほら、アレだ…月見酒?」

「…取って付けたような理由ですね」




確かに少し雲が出てはいるが、今晩は満月。澄んだ空気に浮かぶその月は殊更美しく、黒いはずの空が青みがかっていることがさらに際立たせていた。雪男はため息を吐くと、散らかる缶の回収を始めた。




「まったくこんなに呑んで…明日二日酔いとか言わないでくださいよ?」

「大丈夫大丈夫。あと5つしかないもん。お前も呑む?」

「呑みません…っていうか、あと5つもあるんですか!?」

「…呑みたい気分なんだよ」




ぽいっと狙ったように投げられた空き缶をキャッチする。気付かなかったら確実にメガネにヒットしていただろうそれには明確な悪意が込められており、雪男は唇をひきつらせた。少し小言を言ってやろうと雪男が口を開きかけたとき、シュラが唐突に言葉を発した。




「…アタシさ」

「はい?」

「ちょっと後悔してんだよ」

「………なにをですか」




プシュッと小気味良く缶が開く音が響く。雪男が訝しげな目で先を促すのを横目で見たシュラは、にひっと笑った。




「獅郎にさ、燐の修行見てくれって頼まれて突き放したこと」

「…………」

「まさかあれっきりだなんて思ってなかった……ホントあっけないもんだよな…」




早くも次のビールを開けるシュラの表情はいつもと変わらなかった。ただその声と纏う雰囲気はいつもとは違っていた。酔っているからか、それとも美しい月のせいか。




「……貴女らしくないですね」

「んー?にゃにー?」




暫く立ち尽くしてしまった雪男だったが、はっと我に返ると再び空き缶回収をしながら言った。シュラはよく聞こえなかったらしく、自分の背後にきた雪男を首を後ろへ反らして見た。雪男はそんなシュラを一瞥すると、ため息をひとつ吐く。




「…忙しかったのかも知れませんが、神父さんの葬式に来ませんでしたし、久しぶりにお会いした時も全然普段通りだしなにも訊かないので…悲しくないのかと思ってました」




淡々とした口調で黙々と缶を拾いながら言った雪男。シュラは雪男の言葉を脳内で反芻し、くすりと笑うとそのまま豪快に後ろに倒れて寝転がった。




「シュラさん?まさか寝…」

「…悲しい……うーん悲しいかぁ…確かに悲しくはないかもな。ただ、悔しくて、辛い」

「え?」




倒れてぴくりとも動かないシュラに雪男は声を掛けようとして遮られた。空を見上げるその顔は窺うことができない。




「悔しくて、辛い…ですか?」

「…サタンの野郎に身体を乗っ取られたってことは、精神に…心に隙ができたってことだろ?」




問われて、シュラはごろんと体勢を腕を立てて顔を手に乗せたものに変えた。そして片手でビールの缶を引き寄せる。




「確かにさ、アタシがアイツに師事して一緒にいた期間は短かったかもしれない」

「……………」

「最後に会った時、結構色々ヒドイこと言ったんだ。だけど、アタシの言葉じゃアイツは…獅郎は揺るがなかった」




くるくると缶を指先で弄りながらシュラは言った。穏やかに風が流れるだけの静寂。雪男は暫くシュラを黙って見つめていたが、メガネのブリッジをくいっと上げると口を開いた。




「…シュラさんは、神父さんの最期を聞いたんですか?」

「うんにゃ、あんまり知らない。サタンに乗っ取られたことと、燐を守って死んだってことぐらいだな」

「どこがあんまりですか」

「だって全部は知らないもーん」




雪男がため息を吐けば、シュラはケタケタと笑った。悲しくはないと言いつつも、悲しげだった雰囲気はどこにもない。



「貴女はそうやって笑ってるほうが貴女らしいですよ」

「…えっ…なに、口説いてんの?」

「…………」

「はいはい分かってるから睨むなよ。アタシは哀愁漂う女にはなれねーからにゃ」




ちょっとからかってみたら、無言で睨む雪男にシュラは苦笑する。そして、がさがさと袋を漁るとひとつ缶を取り出して雪男に投げた。




「わっ!?」

「それ、酒じゃないからやるよ」

「え?あ、本当ですね。試供品かなにかですか?」

「そ。だからさ、こっちきてシュラ様の月見酒の相手しろ」




投げて寄越された缶を見つめ、地面を上機嫌に叩くシュラを見て雪男は少し仕方ないと言うかのように笑った。




「……少しだけですよ」

「つれないな…ま、いいか。ほれ」




ぴしっとした口調で言う雪男に、シュラはぶぅと唇を尖らせたが次の瞬間にはそれを綺麗に消して雪男の方へと缶を掲げた。




「なんです?」

「乾杯だよ、乾杯」

「ああ…」




言われて気付いた雪男はカンッと音を立て缶をあてた。そして、シュラの隣に座り込むと二人は同時に空を見上げた。




「…ほんとに今日は月が綺麗だな」

「そうですね」




シュラがぽつりと漏らした言葉に雪男は同意した。まるで誰かに向けられたような言葉だったが、問うことはしない。心地よい風が二人を撫でながら流れていった。











コバルトブルーには沈めない
(センチメンタルなんてガラじゃない)











「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -