きらきらしてるアレを、直視するのが辛い。辛いっていうかイライラする。なんであたしがここにいなきゃなんないのよ。近付く気にもなれなくて、重いため息を吐いたときだった。
「神木さん。これ、どうぞ」
「あ…ありがとうございます」
「今日のお詫びです。安っぽいですが」
そう言ってにこりと笑うのは、同級生にして先輩であり先生で、アイツの弟。そっと差し出されたのは、自販機で買ったらしいお茶。ほんの少し躊躇ってから受け取ると、先生はひと一人分空けてあたしの隣に座った。
「今日は付き合わせてしまって、申し訳ありませんでした」
「いえ、別に。あたしだって断りませんでしたし」
苦笑する様はどこをどう見てもアイツとは似てない。冷静沈着篤実温厚。本当に同い年なのか疑いたくなるほどに、彼は大人だと思う。学校の女子たちがうるさく騒ぐのも、顔だけじゃなくてそれが理由なのかもしれない。
「あの二人は元気ですね」
「そうですね……着替え持ってるんですか?アイツ」
「……持ってると思いますか?」
「……バカだわ」
小さい子供と一緒になって噴水で遊んでたアイツが盛大に転んだのを見て、問いかける。するとふう、という深いため息と一緒に答えが返ってきた。明白すぎる回答。驚いたあの子がアイツに駆け寄る。
「て、あ!あの子まで!」
「顔からいったみたいですが…大丈夫ですかね?」
なにかに躓いたらしいあの子も盛大に転んだ。兄の時には見せなかった心配そうな顔をして、彼は立ち上がろうとした。
「大丈夫ですよ。二人ともバカ笑いしてますし」
なにが可笑しいんだか。楽しそうに笑うアイツとあの子。びしょ濡れだっていうのに、能天気なことだわ。そんなことを思いながら指を差せば、彼はそうですねと言って座り直した。
「それに、幸い良い天気ですしね」
そう言って手にしていたコーヒーに口をつけた彼の瞳を盗み見た。穏やかで柔らかくて少し、寂しそうな瞳。真っ直ぐにあの二人を、否、あの子を見つめている。いつだっただろう。その瞳に籠められた感情に気付いたのは。
「…神木さん?なにか?」
「……え?」
「僕の顔になにか付いてますか?」
困ったような顔で首を傾げられて数秒。あたしはずっと彼を見つめてしまっていたことに気付いた。
「…あ!い、いえ!!なにも付いてないです。ちょっとぼーっとしちゃっただけです!!すみません…」
「謝ることじゃないですよ?大丈夫ですから。気にしないでください」
苦笑しながら軽く手を振る彼。きっとアイツだったら思いっきり突っかかってくるか、不満な顔をするに違いない。唐突に、けれどゆっくりとああやっぱり違うんだと思った。
「…先生は、」
「はい?」
「全然似てないですよね。アイツと」
似てないというより、まるっきり正反対。似ているところを探すのが難しいくらいに。あたしがアイツと言っても誰のことだか分かったらしい。彼はあの子からアイツに視線を移した。
「はは…まあよく言われます。僕自身も似てると思ったことはないかもしれないですね」
「…似てなくて良かったと思います」
「そうですか?」
「はい。あんなのが二人もいたら鬱陶しいですから」
少しきょとんとした顔をした先生。腕を組んでアイツを睨み付けながら返す。悩みもなにもなさそうなアホっぽい笑顔で笑うアイツは、今頭上から容赦無く照りつける太陽に似ていた。
「猪突猛進バカ不真面目…複雑な境遇にあるくせに真っ直ぐで馬鹿正直で……よく分からない…」
一番嫌いな人種の内のひとつなのに、なんでこんな気持ちになるか分からない。気付いたときには遅かった。別にあの子のためだなんて思ってないし、アイツの気持ちがまる分かりだからとかでもなく。多分最初から叶える気もなかった。だってきっと最初から手遅れ。だからイライラする。
「………神木さんも、兄をよく見てるんですね」
「…あたし、も?」
「はい。しえみさんは、僕以上に兄をよく見ているんですよ」
そう言って微笑む。穏やかだけど、やっぱり悲しげな笑みだった。そして、優しい。あの子と同じだなんてムカつく。だけどそれに対してなにか返す気にはなれなかった。きっとあたしと同じように彼も知ってるんだろう。あたしがアイツに向ける気持ちを。
「あの二人が幸せならそれでいいと、僕は思っています」
「…先生には悪いですけど、あたしはあの二人のことなんて大嫌い」
「はい」
「だから、どうなろうと知ったことじゃないです」
でも、いつまでも二人でバカみたいに笑ってればいいとは思う。それがあの二人らしいと思うから。
「早くお互いがお互いに気付いて欲しいんですけど」
「それこそあたしにとって、知ったことじゃないです」
「無自覚って恐ろしいですね」
そう。問題はあの二人が互いに無自覚なこと。あてられるあたしたちは堪ったもんじゃないのに。だけど、今は一応二人の幸せを祈ってあげるわ。
しあわせをいのる(あたしらしくないけど)←