小説 | ナノ

めんどくせぇ。


シュラはため息を吐き、欠伸をしながらそう思った。軍法会議など名ばかり。他人を貶め文句ばかり口を吐つき、もはや子供の喧嘩と大差ないそれ。本当だったら参加したくないが、立場上参加しなくてはならないからいるだけ。シュラは上官たちの争いに首を突っ込む気もなければ、口を挟むつもりもない。でも、気になっていることが一つだけあった。今、自分の反対側の席に座り、上司たちの小言を受けている男。現在、行方不明になっている奥村燐の双子の弟である、奥村雪男。彼は反論も何もせず、ただじっとしていた。そして、誹謗中傷雨霰が止んだときにやっと口を開く。



「なにを訊かれても、僕はなにも知りません。兄さんがいなくなる前だって連絡はあまり取りませんでしたし、今はなおさらです。行方も兄さんの行動の理由も知るはずがない」

「しかし、奥村君。現に奥村燐は数々の現場とその付近に姿を現しているんだ。それでも知らないと言うのかね?」

「ええ。知りません。確かに奥村燐は僕の兄ですが、彼は彼。僕は他人です」



ひやりと冷たい言葉。兄ならば多少の情はあるはずだ。それなのに、雪男の言葉にも表情にも瞳にもそれは感じられない。嫌味ったらしい笑顔で詰問をしていた男の顔が固まった。そして一分の隙もない雪男へと、隠しもせずに露骨に顔を歪める。



「調子になるな。若造が」

「申し訳ございません」



吐き捨てるように言われて、雪男は表情を変えず慇懃無礼に頭を下げる。シュラが目だけで周りを見渡せば、ほとんどみな顔を歪ませた男と同じような表情。正直胸糞悪い。しかし、態度に出せば自分が面倒なことになる。だからシュラは何も言わず、会議が終わるまでただ雪男だけを睨み続けた。



「おい!雪男!」

「ああ。シュラさん。会議、お疲れさまです」

「なにがお疲れさまだ!」



会議が終わってすぐ、シュラは有無を言わさず雪男を引っ張って行く。シュラの剣幕など気にする様子もなく、雪男は笑ってあいさつした。それをひと睨みして止めさせ、適当な無人の部屋に引っ張り込んだ。納得できない。なにもかも。燐の失踪の理由も、雪男の考えが全く分からないのも。



「なにを怒ってるんですか?」

「……お前、それマジで言ってんのか?」

「さあ。あなたが怒る理由はないと思いますけど」



肩をすくめて言う雪男に腹が立つ。彼は気付いていないのだろうか。自分の言葉に若干の矛盾があるのを。



「お前は、燐が本当に各地の事件の犯人だと思ってるのか?思っているから燐をかばってやらないのか?燐はそんなことしないって、お前だって思うだろ!?」



こんなに腹が立つなんて、自分らしくない。そう思っても、激情は止められなかった。感情のままに叫べば、雪男は困ったように笑った。それは、ここ最近で一番雪男の素に近い本当の表情。



「兄さんはそんなことしない、ですか。それは子供の言い訳のようなものですよ」

「燐を、信じてないのか」

「信じるとか信じないじゃあないんですよ。どちらにしても、僕は兄さんはそんなことしないとは言いません」

「なんでだよ…お前は、アイツの弟だろ?」



笑っても頑なな態度は崩れない。本心を明かそうとしない。もう少しというところで、はぐらかされる。いつからこんなに読めない人間になったのか。握った拳が痛い。



「……僕が兄さんを擁護しないのは、理由が理由ならやりかねないと思っているからです」

「え…?」



壁に背を預けた雪男が小さい声で呟いた。だれもいない部屋だからこそ、それは耳に届いた。シュラが驚いて顔を向ければ、雪男が微笑む。まぎれもない。仮面も鎧も纏うことをやめた雪男が、今度こそ本当にそこにいた。



「兄さんは、理由が理由ならやりかねない。これは伏せられている情報ですが…殺された人たちは、なにかがおかしい」

「おかしいって、なにが?」

「それは、まだ。フェレス卿からの情報ですから、どこまで信じていいのか分かりません」

「……今、軍内部で何が起きてる?なんでアタシがそれを知らされない?」



シュラは地位もそれなりに高いし、燐や雪男の上官だし、メフィストにも近い。それなのに、どうして。その答えは、雪男がシュラの考えを読んだように教えてくれた。



「不穏な影が見え始めた時、兄さんは姿を消しました。何が起きているのかはさっぱり。シュラさんに何も知らされてないのは、巻き込まないでほしいとお願いしたからです」

「はあ?」



分かるようで分からない理由。巻き込まないようにと言っているくせに、今の状況はなんだ。訝しげな顔をするシュラを見た雪男は、苦笑しかできない。彼女の力は絶大なものだけど、彼女を危険にさらすのはどうにも気が引けた。ならば、いっそ知らなければいいと思ったからそこの行動。だから、しえみにもなにも教えていない。彼女は自分で燐を追うようになってしまったが、それは予想の範囲。でも、知らせないことでシュラが思い悩むのは予想外だった。



「まあ、それは置いといて」

「今更はぐらかす気か?」

「そういうことにしておいてください。近いうちに、フェレス卿から呼び出しがあると思います」

「結局巻き込むのか」

「嫌ですか?」

「めんどくさいけど、巻き込まれてはやる」



仕方ないと口では言いつつも、シュラはどことなく嬉しそうだった。不穏な影がいつ形を成して襲うか分からない。どこに向かうか分からない。燐が今どこで何をしているのかも。雪男にはすべて分からない。でも、シュラが味方でいてくれるのがとても心強かった。やっぱり最初から話しとけばよかったかな、と思っていたらシュラに再び睨まれた。



「ビリーのくせに溜めこんでんなよ」

「ビリーじゃないし、溜めこんでもいません」

「ふぅん?じゃあ、訊くけど燐が犯人じゃないって言わねぇのは、それが子供の言い訳と同じだからか?」

「……いいえ。僕が兄さんの味方じゃないって勘違いしたどこかのだれかさんが、うっかりしてくれるかもしれないでしょう?」



シュラの問いに雪男は不敵な笑みを見せる。今の軍内部はだれもが味方で、だれもが敵。もっとも、それは上層部だけだが。雪男は優秀で有能だ。だれもが欲しがる人材。もし、燐がだれかの思惑に嵌まっていて、雪男が完全に燐の敵であると判断したならば。その“だれか”が雪男に接近する可能性がある。だから、擁護もあからさまな否定もしない、と雪男は言った。



「まあ、兄さんがやったのかやってないのか確証がないからというのは本当ですが」

「……信じてやれよ、テメーの兄貴だろ」

「“兄さんはそんなことしない”ですか……」



どうにも雪男の態度は煮え切らない。そのことにシュラは若干イラつき、不審に思ったがこれ以上詰問しても答えそうにない。シュラは深く長くため息を吐いた。



「ていうかさ、アタシがその“だれか”だとは思わねぇのかよ?」

「え?…ああ。それこそ、あなたはそんなことしないでしょう?」

「はあ?」



シュラからの問いに、雪男は驚いて訳が分からないと言うかのようにきょとりとした表情をした。しかし、すぐに質問の答えを導き出した雪男は、微笑んで言う。その答えに今度はシュラが訳が分からないという顔をした。



「さて、僕はこのあとも予定が詰まっているので。またゆっくり話しましょう」

「え、あ、おい!!雪男!!」



腕時計にちらりと目を遣った雪男は、シュラが止めるのも気にせずさっさと部屋を後にしてしまった。部屋に一人取り残されたシュラは、思わず呆然とする。しかも、去り際に頭を撫でるとは何事だ。ちょっと前までは、あんなことするヤツじゃなかったのに。



「……なんなんだよ、アイツ」



頬が熱いのなんて、絶対気のせいだ。そう思いつつも、シュラはその場からしばらく動けなかった。










意識不明の杜山しえみが発見されたいう一報が入るまで。











Anknown
(誰も知らない裏側)










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