小説 | ナノ
ああ、油断したな。


それが、一番初めに思ったこと。どうして気付かなかったのか。少し悩んだが、すぐに答えは出た。そこにいて当然のように思っていたからだ。彼女はいつだってそばにいた。空気のように。見えないという意味ではない。なければならないもので、あるのが当然。当然のものに注意をする必要はない。だから、彼は彼の知らない彼女がそれを向けるまで気付けなかった。



ぴりっと刺さるような殺気を感じて振り向いたその時。寸分違わずに互いの眉間に銃口が向けられていた。彼の本来の武器も、彼女の本来の武器は違う。彼のその右手には愛刀が握られていたというのに。殺気に反応した身体はなぜか銃に手を伸ばした。喉笛を引き裂かず、引き金をすぐに引かなかった理由。それはすべて彼女にある。彼は彼女に視線を合わせると、ゆっくりと微笑んだ。



「久しぶりだな。元気だったか?しえみ」

「……燐」



久しぶりの再会というには殺伐としすぎたその空気。未だ互いの眉間には銃口が向けられている。避けることのできないほどの近い距離。燐の表情とは正反対にしえみの顔は泣きそうに歪んでいた。しかし、それでも瞳だけは強い意志を灯す。変わらない。彼女は。燐は心の底からそう思った。たとえ、その胸に今まではなかった祓魔特務部のバッチがあっても。訓練生時代以来、触ったことのないはずの銃を片手で構えていても。自分の知る彼女は両手でなければ撃てなかったはずなのに。



「俺を撃つか?」

「燐こそ。私を撃つ?ねぇ、燐どうし」

「帰らねぇよ」



穏やかな笑みが燐から消える。冷たい青い炎に見据えられて、しえみの問おうとした声が止まった。どうして、なんで。そんな思いばかりがしえみの脳内で渦を巻く。しえみが燐を発見できたのは偶然だった。もちろん、彼の足跡は抜かりなく追っていた。あたりをつけて、見回って。そうして見つけた。漂う死臭と彼の向こうに見えたモノ。軍部で囁かれている噂がリフレインする。そんなわけないと思っていて、そんなことあるはずないと思っていて。しかし、現実がそれを否定する。殺気を向けるつもりなんてなかった。銃口を向けるつもりなんてなかった。今も視線を、銃口を、逸らすことができない。嫌なのに。苦しいのに。



「やらなきゃならねぇことがあるんだ。それがなんなのかは言えない。でも、それが終わるまで俺は帰らない。まあ、終わっても帰れねぇかな」



燐は笑う。感情の読めない笑み。悲しそうにも辛そうにも苦しそうにも見えて。燐はいつだってそうだ。なにも背負わせてくれない。全部自分で抱え込んで、溜め込んで。でも、燐はそれが周りを苦しめると分かっている。分かっていてやっている。だから、しえみは余計にどうしてと思う。



「……どうしても、教えてくれないの?」

「なにをだ?」

「全部。突然軍を離れた理由。燐の行ったところには必ず死んだ人が…悪魔も含めてたくさんいる理由。全部燐がやってるの?どうしてそんなことする必要があるの?なんでなにも教えてくれないの!!」



銃口を向けたまましえみは叫んだ。その頬には涙が一筋流れていた。ぽろぽろと瞳から零れていく。泣かせたくはなかった。でも、彼女は優しいからどちらにしても泣かせてしまっていただろう。燐は静かに腕を下ろすと、しえみの腕も下ろさせた。しえみの手には触れずに。



「答えられねぇ。全部」

「どうして……」

「教えられねぇから」

「答えになってない」

「答えてねぇからな」



腕を下げられたしえみは、俯いてしまった。それでも会話は続く。震える肩と足。



「まだ捕まるわけにはいかない。お前にも、勝呂たちにも……雪男にもな。だから」

「り、!?」



しえみはいきなり強い力に引かれた。それが燐の腕だと気付いたのは、身体が完全に燐に抱え込まれた時だった。気付いた瞬間に、しえみはさらに強い衝撃に襲われた。どんなに抗いたくてもその隙さえない。しえみの意識は闇へと沈んでいった。最後にまたどうして、と言って。



「……ごめんな、しえみ」



燐は意識を失ったしえみを抱き締めて、涙の痕が残る頬にそっと触れた。ごめんともう一度呟きながら。











Where are you?
(簡単な願いさえ叶わない)














「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -