小説 | ナノ
あの子の世界は、とても狭い。見てればよう分かった。あの子の世界の中心にはあの兄弟がいる。絶対的なその差がどうにも悔しくて。どうにかして中心にはなれなくとも、自分もあの子の世界に入りたい。そう思ったのはいつからやったか。




「勝呂くん?」

「お、おお…ぼうっとしとったわ。悪いな」




ぐるぐると考えとったら、視界にまさに本人が現れた。可愛らしく小首を傾げ、俺の顔を覗き込む。はっと我に返って問えば、彼女はにこりと笑った。




「ううん、大丈夫だよ。はい、これ」

「おう。しっかし、椿先生も自分でせぇや。なんで生徒にやらせんねん」




杜山さんが手渡してきたんは、数枚のプリントの束。今度の授業で使うらしい。椿先生に先に杜山さんが捕まり、俺が一人でいたところを捕まえられた。まったく迷惑な話や。渡されたプリントをぱちんとホチキスでとめながら、ぶつぶつと文句をついもらしてしまう。




「でも椿先生、用があるみたいだったから……役に立てて、私は嬉しいな」

「……杜山さんはほんまにええ子やな」

「ええ!?そ、そうかな?」




頬を赤く染めて困ったように、でも嬉しそうに笑う。志摩やったら大声上げて鼻の下伸ばすような可愛らしい笑顔。思わず緩みそうになる顔を、椿先生の奇行を思い出して必死に引き締める。




「あの先生、例によって子猫ちゃーんとか叫びながら走って行きよったなぁ」

「子猫ちゃんのお世話大変なのかな?」

「そうや……え?」

「いいなぁ…私も猫とかいつか飼ってみたいな」




杜山さんのきらきらした瞳は、子猫ちゃんが文字通り子猫だと信じて疑ってない。綺麗すぎていっそ眩しいくらいや。




「も、杜山さん?子猫言うんは、ほんまに子猫のことやないで?」

「ええ!?そうなの?…え、じゃあ椿先生の言ってた子猫ちゃんって?」

「あー……なんていうか…説明するん難しいな、これ」




あまりにまっすぐ見つめてくるから、気恥ずかしくて仕方ない。それに、純粋な彼女に教えてもいいんやろか。子猫が人間だなんて言ったら、なにかえらい勘違いを引き起こしそうな気がしてならない。




「ほら、子猫って可愛らしいやろ?自分にとって可愛らしい人のことを、喩えみたいな感じで子猫ちゃんって言うんや」

「可愛らしい人……あ!ニーちゃんとか?」

「まあ、使えなくはないやろうけど……大抵は人に対してや。椿先生の場合は、奥さんやな」

「へえ〜私、そんなこと初めて知ったよ!」




さっきよりも数倍威力のあるきらきらが俺の視界を襲った。眩しすぎて息ができないとか、てっきり迷信やと思ってた。だけど、どうやら本当らしい。動揺を悟られたなくて思わず視線を下に落とした。




「…手、止まっとる」

「あ、ごめんね!」




そして口をつくのは言わなくてもええこと。こういうときの自分の不器用さに腹立つ。同時にぶっきらぼうな言い方だったにも関わらず、気にした風もなく笑って謝る彼女に申し訳なく思う。




「わるい、な」

「え?」

「いや、ほら…自分で言うんもなんやけど、俺口悪いし無愛想やろ?杜山さん、気ぃ悪くさしてるやろなって…」




思わず落っこちてまうんやないかと思うほど目を見開く杜山さん。そんなに驚かすようなことを言ったやろか。




「そんなことないよ。勝呂くん、とっても優しいもん。燐が羨ましい」

「は?なんでそこで奥村?」

「だって、勝呂くんと燐はお友達でしょ?私、友達作るの苦手だから」




やっぱりこの子の世界はまだ狭い。自分が誰かの視界に入っていることを知らない。そこにいるのに、目の前の世界を自分と切り離して見ているような。内向的な性格のために、家にこもりきりだったと聞いたことがある。だから、そうなってしまうのも仕方ない。でも、だったら。




「…そんなん…杜山さんやって俺にとってはもう友達や」

「へ?友達?」

「あー…友達っちゅうか、仲間やな。杜山さんは俺の大切な仲間や」




体を張ってでも守りたい大切な仲間。今はまだそんな関係。それでもええから、俺がいることを知っといてほしい。




「杜山さんにとって俺は仲間やないんか?」

「う、ううん!仲間だよ。だって、いっぱいいっしょにいろんなこと乗り越えてきたもん」

「せやろ?俺だけやない。志摩や子猫丸も同じこと思ってる。奥村のアホだけやなくて、杜山さんも仲間で友達や」

「友達って思っていいの…?」

「当たり前やろ」




そう答えれば、花咲くように、本当に嬉しそうに笑ってくれた。これで少しはこの子の世界に入れたやろか。いや、入れてもらわな困る。でも、ともだち、と呟いたその表情を見た瞬間、そんなことどうでもええと思ってしまう。




「作業、続けよか」

「うん!」




いつか、友達でも仲間でもないこの子の世界の当たり前になれたら。そうなりたいとまたひとつ俺の野望が増えた。











小さな野望
(いつか絶対に)


















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