みじかいの | ナノ


▼ hey

記憶なんてものをないがしろにしちゃあいけないんだ。
ンなことわかってる。

例えばそれが、洗濯後のジーンズのポケットから出てきた、ぐしゃぐしゃになった煙草の包み紙だろうが。
”hey oh”と歌うラジオに嫌気が刺そうが。

子供のころ、絵本の最後のページを破りとった。
こんな結末、俺しか知らなくていいんだ。
知りたいなら俺のもとに聞きに来い。
自分の世界にこのストーリーがあることを許せなかったのだ。

ハウスを出て、積もった雪を見るのが嫌いになった。
雪は白いもんだろ。
泥で薄汚れて、ただただ溶け落ちるまで人々に避けられるもんじゃないはずだ。
こんなの、こんなの、俺だけでいいんだ。

結局そんな子供っぽい感情と感傷なんか1年も経たないうちに忘れ去っていた。
今、この古ぼけたトランクの底からくたびれた紙切れが出てくるまで、すっかり、忘れ去っていた。

あんなにも怒り、喚き、許せなかった話も、今になっちゃ”しょうがない”の一言だ。
大人なんてそんなもんだろ。
”snow”と聞いて素直に綺麗な雪を思い浮かべるのなんか、子供だけなのだから。

笑いたいような、後悔なのか、変わってしまった自分への蔑みなのか。
メロはその紙切れの一文を3度繰り返し読み、ベッドにばたりと倒れこんだ。

「救われない報われないなんてもん、こんなにも嫌いだったか」
「そりゃあ、だって、メロですから」

今更何言ってんのとマットが同じくベッドに倒れこむ。
倒れこんで、覆いかぶさってくる。
待て待て、そういう感傷タイムじゃないんだよ。

頭を押さえつけて、そういえば久しぶりにゴーグルのない顔を見た気もする。

ふとサイドテーブルに置かれたインスタントカメラを手に取って、顔を隠される前にシャッターを押してやった。

なんだよ、泣きそうな顔すんじゃねぇよ。
別にそうじゃないさ。

多分、お互いそう思ったのに気が付いた。

マットが中古屋で見つけてきた、数十年前に製造中止になったカメラだ。
ジャンク品だってのに、同じく製造中止になったフィルムが10枚セットだったせいで新品を買っても釣りがくる価格。
機械オタクは、そういう問題じゃないと即決、数日で発売当初同等の仕上がりにまでしてみせた。

「10枚しかないんだからなー」

そんなことを言いながらマットも、メロからカメラを奪い取って素早くシャッターを押した。
古臭い音と共にフィルムが吐き出される。
夕焼けで少し逆光になってシルエットが影のようだが、ほんのり笑っているのがわかる。

「なかなかセンスあるんじゃん?」
「映像映えする家なのは確かだな」

打ちっぱなしのコンクリート、錆びてペンキも剥げた外階段、古臭い木枠の大窓、埃の目立つコーヒー色のフローリング。
見ろよ、どこもかしこも俺達らしいじゃないか。

「よく思い出せばこの蛇口の形、ハウスのとそっくりじゃない?」
「あぁ……、もう少しくすめば同じだ、まだ新品に近い」

彩度だとか露光だとか焦点だとかそんな概念もなくただ気になったところをシャッターに収めていく。
脱ぎっぱなしのボーダーとソファの背もたれ。二人で脚を組みテーブルに乗せて、そこそこ似ているブーツを隣り合わせる。
そのままテーブルにゴーグルとロザリオを並べる。
セルフィなんかうまくできるわけもなく、顔の半分で切れているのを笑いあう。
午後5時28分を指す時計、特に何もない路地、太陽はレンズ越しに覗かないように。

一通り楽しんで、笑いあって、マットのアルバムにしようという提案を却下する。

「俺たちが写真を残していいわけないだろう」
「ううん……」

せっかく買ったのに、高かったのにとぼやく口に煙草を咥えさせ、窓際に移動しジッポに火をつける。
まだ少し冷たい風が炎をあおって、だが消してしまう強さもなく、灰が黒く散っていく。
一枚ずつ、しっかり燃え尽きるのを見届けて、また一枚。
燃やし終えるころには日も暮れて月が見えていた。

「待て、もう一つ」

消し去るなら今このタイミングがいいんだろう。

「それハウスにあったやつじゃん、持ってたのメロかよ」
「マットも見てなかったのか?」
「まぁね、最後のページに”おれにききにこい”なんてメロしかいないだろうなぁって思ったんだけど」

煙を吐き出してマットがふと笑う。

「見せたくないなら、その優しさを受けとこうと思ってさ。やめたよ」
「なんだそれ」

苦笑しながらも、それもマットの優しさだろうと噛み締める。
聞きに来たところで、知らなくていいんだ!なんて突き放したに違いないのだ。
そして忘れようとしたその事実を思い出し、また怒り出すに違いなかった。

「正義のヒーローは死なないなんて、結局おとぎ話だろ」

じわじわと黒く欠けていくページを見届けて、窓を閉める。

「あーぁ、勿体ねーなんのための写真だよ」

いいんだよ、どうせ全部覚えてるだろ、俺達。
忘れてなんかいなかったんだ。
きっと、あの頃が眩しすぎて目を背けていただけなんだと。



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ついったでフォロワさんの呟いていたのが凄まじく素敵でそのまま盗みました(ごめんなさい)
写真を撮りあって最後に全部燃やすmm でした

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