▼ me,v
果たしてバレンタイン司祭が志半ば、
いかに虚しくいたかはわからない。
「にしたって……」
床に落ちたチョコレートの欠片が見当たらない。
フローリングはウォールナットと決めたのは自分だったが、裸足で歩き回れないことに気が付いたあとは殆ど後悔の代物だ。
あとで掃除するか…と残りの一口を放り込むタイミングで話しかけられるものだから、つい半開きの口のまま顔を向けてしまった。
「まさか自分の名前こんな商材にされるなんてねぇ、オレ絶対嫌だ」
「別にお前の話じゃないんだ」
「ジーヴァスデーって格好よすぎじゃない?こんなお菓子会社に使われるなんて勿体ないなぁ」
不快でしかない白煙が睫毛を掠めて鼻をつく。
せっかくの午前5時35分の澄んだ空気が淀んでいってしまう、そちらの方が勿体ないと思うのだが。
それよりもさっきの間抜け面はバレていないようで、ただ確信も持てないせいで、逆方向を向いて悪態を口に出してごまかす。
「マイルデーにしとけば世界中から感謝されるだろ」
「なんだよ、ひっでぇなぶっ飛べって?」
完全に油断した顔は相棒の前でも見せないようにしている。後々になって引っ張り出されるのは気分が悪いし、こいつに背を向けて刺されるのは癪にも程があるからだ。
「おい、灰を落とすな」
にやりと笑った口の先から煙草の灰が溢れた。
が、落ちた先は運悪くマットの腿に直撃したようだ。一瞬の必死の形相はなかなかにしてレア物である。一点はこちらに入った。先制。
毎年なにかしらケチを付けつつも凝ったチョコレートを送ってくる辺り相当こいつも一般人向けだとは思うのだが、それを言うとどうやら不快になるらしい。大量生産のゲーム画面に道端のばあさんが売っているメジャーな煙草がお似合いのくせしてだ。デパートの地下で化粧まみれの女に紛れて何時間も歩き回る癖して、だ。
ただ他の奴らと違うのは、こいつのそれは俺の喜ぶ顔がどうとか喜ばせたいとかいうのでなく、単に自分の中の基準を満たすものを見つかるまで探す執着心だ。
自分の中のボーダーラインさえクリアすればそれでいい。それ以下は除外し望まない。それ以上にも臨まず除外する。
つまり、
「あ、ねぇ、」
ぼう、と片杖ついて見つめていた奴の鼻先がこちらを向いているのに気が付いたのは数秒後で、つい、しまったと思う。にやりと気味悪く笑っているのは確証だ。
「そんな見つめられたらマットちゃん照れちゃうんだけど」
うるさい。めんどくさい。
「馬鹿言うな…何を言いかけた」
「いいの見つけてないからもう少し待っててってだけさ。いやぁ、メロのそんなぼんやり顔、レア物だ」
どうやらオウンゴールによる一対一らしい。面白くない。
まぁ、つまりは、俺はこいつの中のボーダーライン上にいて、それ以上の奴ではないということだ。更に腹が立つ。
眉根に皺を寄せてるのに気が付かれたのか、セーブ音と共に顔を照らしていた電子的な光も消えて、ソファの上の距離を縮めてくる。
機嫌取りにキスをすればいいとでも思っているのか、それに嫌な気もしない自分も大概だな、と眠気の襲ってくる頭を後ろに回される手に委ねながら腕を回した。
肩の辺りが大分凝っているのか指先も入っていかない。パソコンとゲームのやりすぎだ。確か今現在俺の顔もぼやける視力まで落ちているんじゃなかったか。
首の後ろから耳裏を通って顎先に添えられる冷えた手に甘く噛みつけばふと細くなる目が、セクシーといえばセクシーなのだろう。
「メロ、今オレのこと考えてる」
「……だったら何が悪い」
「眠たそうだねぇ」
全く脈絡がない。軽く目を伏せて引き倒す。
全体重と体温の混ざる感じは好きだ。そのまま埋まっていきそうな感覚と、遠のく意識にほんのり煙草の苦味と、爆弾。
「ぼやけ顔三連発」
あぁもう。これだからめんどくさい。
嬉しそうな顔が本当にムカついて、筋肉の消えかけた脇腹を思いきりつねって涙目をいただく。
あと二点は十時間以内にケリをつけなければ。
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冒頭に対するレスポンスはどっかいきました。
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