仁王 | ナノ


「まさか忘れてはいないと思いますが……」

B組に入って来て早々口を開いた柳生は仁王にとこんなことを告げた。

「今日は幸村君の誕生日ですよ」
「……柳生」

普段どおりの何を考えているのか分からない表情を保ったまま、仁王は自分の机の前に立つ柳生を見上げて重たい口を開く。

「俺はどうしたらええんじゃ」
「知りませんよ」

表情こそ変わらないものの、悲壮感たっぷりな様子で言葉を紡いだ仁王に対し、柳生はどこまでも冷たくそう返した。
わざわざ今日が幸村の誕生日であると教えにくるだけの優しさを持っているのなら、この先もなんとかしてくれればよいのに……仁王がそんな都合の良い考えを持ったことに気がついたらしい柳生は、

「私は仁王くんのドラえもんではありませんからね」
「せめて昨日の帰りにでも教えてくれたらよかったじゃろ……。
紳士が聞いて飽きれるぜよ」
「……仁王くんは紳士という言葉を自分の都合のいい方向へ解釈し過ぎです。
大体、私は何時まで経っても自立することを知らない仁王くんのためを思って……」

ヤバい。
柳生の眉間にシワが寄せられたのを見た仁王は瞬時にそう感じ取った。
これは柳生の説教が始まる前兆だ、しかも確実に長くなる。
朝から説教をくらうなんてごめんだと思った仁王は音を立てて両手を合わせる。

「すまん、この通りじゃ。
……元はと言えば俺が悪いのは分かっとる」

こうして素直に手を合わせれば実際には仁王に甘い柳生がこれ以上強く出ることは出来ないと知っているのだ。
事実、反省した様子の仁王を見下ろす柳生の表情には先ほどまでのような厳しい色は含まれておらず、次に口を開いたときには、

「いえ、分かってくれればいいんです。
もっと前にお教えしなかった私も悪かったと思いますし」

こんな言葉が出てくる始末だった。
してやったりといった様子で仁王が少し口角を上げたことにも気がつかない柳生は、

「最悪どうにもならなければ私のプレゼントを仁王君と二人からのものとしてお渡ししましょう」

そう言って教室を出て行った。
事が上手く運んでよかった、そう思う仁王だが、一連の流れを眺めていた丸井に、

「サイテーだな、お前」

そう言われて少しも心が痛まない程に人間が腐っているわけではなく、一応は柳生という保健が出来たが自分なりに幸村へのプレゼントを考えてみようと決意するのだった。


*****

幸村の誕生日のこと、完全に忘れていたわけではないとのだと仁王は誰もいない屋上で一人ごちる。
年度の最後の方、更に言えば3月だというところまでは覚えていた。
ただ、流石に日付までは覚えていなかっただけだ。
仁王はそのことに関して自分がおかしいとは少しも思っていない。
行事ごとが好きな女とは違い、男であれば友人の誕生日などわざわざ覚えていないのが普通のはずだ。
人の誕生日を知るきっかけと言えば、自分から本人に尋ねるか、本人が誕生日が近づいてきて自分から明かすか、共通の友人から聞かされるかの3パターンしかなく、仁王はわざわざ誕生日を尋ねる程幸村と親しいわけではないし、幸村はテニスをしているときはああだが自己主張の激しい方ではないため、仁王は柳生に知らされない限りこのまま幸村の誕生日のことなど忘れたままだったのだろう。
そう思うと柳生には感謝しなくてはならないという気持ちが湧いてくるが、それは後回しにしよう。
今は柳生に感謝することより、放課後までに幸村へのプレゼントを用意することの方が先決だろうから。

「それにしても……」

今から放課後までにプレゼントを用意することなど可能なのだろうか?
一応立海には菓子類や文具の買える購買があるものの、丸井と違い幸村は菓子を与えてもそこまでは喜ばないだろう。
幸村のことだから一応は笑顔を浮かべて「ありがとう」と礼を述べるのだろうが。

「難しいのう」

八方づまりだ、そう思ってから仁王はふと思う。
そもそも幸村にプレゼントをやる必要があるのか、と。
確かに幸村は同じテニス部の仲間だし、レギュラー全員で出かけるようなときには会話も交わすが、一対一で話したことは殆ど無い。
何かにつけて自分を叱りつけてくる真田との方がまだ関わりはあると言ってもいいかもしれない。
大体プレゼントなど用意しなくてもおめでとうと、祝いの言葉をひと言かけておけば幸村は充分に喜ぶのではないかとも思う。
……そうだ、わざわざ自分が頭を悩ませる必要なんてない。
柳生のプレゼントに便乗することなんてしなくたって、放課後一緒に幸村に会いに行っておめでとうと言えばいい。
そう自己完結した仁王は屋上からグラウンドを見下ろし、持久走に精を出すどこぞやのクラスの生徒達に向かって労いの言葉をかけた。

*****

「祝いの言葉だけで充分じゃろ」

音楽の授業が終わるのを見計らって教室に戻った仁王は、待ち構えていた丸井に結局プレゼントはどうするのかと尋ねられてこう答えた。
するとニヤニヤしていた丸井が瞬時に表情を変えて目を見開く。

「はあ!?
じゃあお前幸村くんにプレゼント渡さねえの?」
「そんつもりじゃが」
「……信じらんねえ」

丸井の呟きに対し、

「去年も一昨年も渡しとらん、おかしくないじゃろ」
「俺は去年渡したぜ」
「ガム一枚やっただけのくせによう言うわ」

仁王にそう言われた丸井は頬をほんのりと赤らめる。
それから、それでも今年は……と続けた。

「なんつーか去年までとは違うだろぃ」
「なんが?」
「立海が負けた」

低いトーンで発せられたその言語に仁王は何も言えなくなる。
王者立海が挑戦者へとその地位を落とされた夏のことを思って、仁王は呟く。

「たしかに、負けたが……」

それとこれに何の関係がある?
仁王が言い切ってしまう前に丸井が口を開く。

「あと一勝すれば勝てた」
「嫌味のつもりか?」
「違うっての。
俺とジャッカルも負けたじゃねえか。
ただ、俺たちが負けたのと幸村君が負けたのは違うだろぃ」

それから丸井が語ったのはこのようなことだった。
幸村は病み上がりだったが、ベストなプレイをした、立海三連覇のために誰よりも必死にテニスをした。
それに引き換え自分やジャッカル、仁王には慢心があった。
だからこそ本当なら勝てる相手にも負けてしまった……丸井はそのことを申し訳なく思っている。
立海三連覇が成し得なかった今、幸村にプレゼントくらいは渡してもいいんじゃないか。

そして最後に丸井はこう付け足す。

「つーか俺、幸村くんとあの青学の一年の試合見てやっぱり幸村くんはスゲーって思ったんだよ。
負けちまったけどさ、やっぱり俺幸村くんのこと尊敬してる。
お前は違うのか?」
「……そうじゃな」

仁王はこくりと首を縦に振った。
仁王はいい加減な性格で、練習も定期的にサボっていたがテニスが好きなのだ。
幸村のことを尊敬していないはずはなかった。

「それなら何でもいいから一応用意しとけよ」
「そうは言ってものう……」
「ジャッカルにだってやってたろ」
「あれは……」

自分用のカツラだったのだがまさかそんなことは言えるはずもない。
幸村をコピーしようと、彼の日常を真似て過ごした数日間……結局日常のコピーは諦めて見た目から入ろうとカツラを買ってしまったが、そこまで努力したのは仁王が幸村に憧れているからに他ならない。

「ん、日常の……?」
「どうしたんだ?」
「いや、おあつらえ向きな物が見つかったぜよ。
即席なら充分じゃ」
「お、よかったじゃん。
んで、それって……」
「たぶん部室にあるけ、今から取りに行ってくるぜよ」

そう言って教室を出ていってしまった仁王が見えなくなってから、丸井は呟く。

「……あいつ、次の授業もサボるつもりかよ」


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