幸村 | ナノ
「―――まったくさあ、」
ぶつり、まるで酒を飲んで酔っ払った父親のように、語尾を延ばしながらぶつりぶつりと真田に絡む。まったく、せっかくの誕生日だってのになんでこんならしくない姿を真田にさらさなくちゃいけないんだろう。
愚痴るのなんて本当は好きじゃないのに、何かを履き違えている気がしてならない元チームメイトに、口は自然と開いてしまうのだ。
「みんなひどいと思うんだよね。久しぶりに会ったのに、プレゼント渡したらはいさようなら、なんて。しかも仁王なんてこれだし。いつ使えって言うのさ。」
これ、と掲げたのは、ピンク色をした、小学生が夏休みに朝顔を育てるときに使うような象の形をした如雨露だ。変にかさばるからかばんに入れることもできず、結局手にぶら下げているのだけど、さっきからちらちらとすれ違う人に見られていて恥ずかしい。仁王のやつ、とつぶやくけれど、その声もどこか虚しい。たぶん、真田が返事をしてくれないことも、虚しさの一因だ。
真田はたぶん、戸惑っている。プレゼントを渡されて、さっきまで俺は喜んでいて、だけど今は真田を相手に文句を言っている。
うれしかったのは確実に本当だった。最近は部活という毎日会うための口実のようなものがなくなってしまって、校舎が大きいせいもあるのか驚くほど会わなかった。だけど部活がなくなってしまった今敢えて教室を訪ねて話すようなことも特になくて、自分たちはいったいどれだけ部活に依存していたんだろう、なんて思ってた。
昔はそれでよかったんだろう。部活という不動の基盤は中学生活の中で揺らぐことはなかった。けれど。
「卒業」を意識させられてしまった。たとえばそれは、ロッカーを空にしたこと。仁王の「お別れ」。そして。
卒業の時期とほぼイコールの、「三月五日」。
いつもいつも、誕生日へのカウントダウンは親しい友人との別れへのカウントダウンだった。けれど、中学にはいって、部活に入れば、別れなどなかった。誕生日を迎えても周りにいるのはチームメイトだった、から。
だけど、卒業によって、今までの関係はいったんリセットされる。またこのメンバーが立海テニス部に戻ってくる保証なんてないのだ。
外部受験だってできるし、部活の種類だって増える。「お別れ」の可能性なんていくらでもあるのだ。
今更焦ったって無意味なのはわかっている。だけど、どれだけ部活に依存していたのかなんて知らなくて、なのに今になってこれを維持したいのだと願っている。
だからこそ、今日にある意味期待していた。ずるいかも知らないけど、チームメイトという関係以上のものが今の今の俺たちの間にあるか、測ろうとしたのだ。
確かに、放課後になった途端にみんながおめでとうという言葉とともにそれぞれがプレゼントをくれた。それで満足するべきだ。
だけど彼らは、それを渡したら何かに急かされるようにさっさと帰ってしまった。
プレゼントがうれしくなかったわけじゃない。けど、プレゼントをくれることが義務だと思ってるんじゃないか、なんて思ってしまって、それを考え始めると止まらない。
俺は、別にプレゼントなんてなくても良かったんだ。
ただ、おめでとう、って笑ってくれて、久しぶりに一緒に帰ろうなんて、そんな失いつつある「いつも」をくれればそれで。
「着いたぞ、幸村。」
「…ああ、ごめん。おばさんたち待たせちゃダメだよね。」
真田は結局、家で夕飯をご馳走してくれるらしい。いつものことじゃない、なんて笑ってしまったけど、よく考えれば長らく真田の家にお邪魔していない。「いつも」なんてあっけないものだ。
いまどき珍しい横開きの扉をくぐった真田にすこし遅れて、扉をくぐる。その瞬間、
『ハッピーバースデイ!』
ぱあん、という乾いた音とともに、色とりどりの紙吹雪が降ってきた。クラッカー、と気づいたのは数瞬遅れて、つまりそれほど驚いたのだ。
「おーおー、珍しく間抜けな顔じゃのう。」
「多分仁王にだけは言われたくねえだろぃ。」
「す、すまん幸村。クラッカー多すぎたか?」
「それよりも幸村君、いつまでも外にいると風邪を引いてしまいますよ。」
「柳先輩、これもっとないんスか?!もう一回やりたい!」
「赤也、遊び道具にするな!たるんどる!」
「まあそう言うな、弦一郎。今日は特別な日なのだから。ほら、赤也。ひとつだけだぞ。」
それなりに広いはずの真田の家の玄関口に、ずらりと並ぶ六人。俺が呆然としているのに気づいたのか、真ん中に立っている赤也を叱っていた真田が、こちらを振り向いてふと、笑った。
「―――これが俺からの、プレゼントだ。」
「それじゃ幸村先輩、改めて、誕生日おめでとうございます!」
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